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第32話 悲劇の前触れ

 例年通りの冬休みも無事に終わって、僕達は高二の最後の学期を迎える事になった。


 そして、その事件が起こったのは、3年になれば受験一色という事で、来月に控えたバレンタインデーをターゲットにした男女の駆け引きが活発になった頃だったよ。


「おい、弘樹、俺は決めたぜ!」


「英知、どうしたんだよ?」


「”結歌”に告白するぜ!」


「英知?」


「うん?」


「アホか!」


 秋の大会以降剣道部の部長も引退したことでボケたのか? 色呆けと言えるかも知れないけどさ!


「何でだよ! 昔は付き合っていたんだぜ、復縁したっておかしくないだろ?」


「英知って、本当にアホな子だよね?」


 ”浅木結歌”の笑顔に魅了されて告白した男子生徒の中には、再告白した奴だっている。そして今回はその全員が”撃墜”されたんだよね! それに、先沢英知は”浅木結歌”の親友である仙道咲耶の彼氏なんだよ? 他の生徒なら兎も角、先沢英知は絶対に”浅木結歌”に告白しても失敗するって、誰だって分かるよ!


「何だよ、もう良いよ!」


 結局、英知はそれっきりこの話をしなくなったんだ。もし、この時僕がもう少し詳しく事情を聞いていればあんな事にはならなかったと思う。でも、他の男が自分の好きな女の子に告白すると聞いて真面目に相談に乗るお人好しは居ないよね? (怪我をさせて告白を妨害するとかなら考えないでも無かったけどさ!)


 + * + 


 アホな子から相談というか義理を通す意味での告白宣言をされた翌週の月曜日、教室に入ると呆けた様な英知の姿が先ず目に入ったんだ。予想通り玉砕したらしいけど、ここまで露骨に呆けるのは珍しいよ。不自然に左の頬に手を当てて頬杖をついている所を見ると、”浅木結歌”にしつこく迫り過ぎて殴られたかな?(”浅木結歌”は合気道の心得もあるそうだよ、護身術としてだろうけどね)


 そして、自分の席に座る直前、何故か委員長と目が合ったんだけど、何か言いたげな委員長は結局何も言わずに目を逸らしてしまった。その時になってはじめて僕は嫌な予感を覚えたんだ。でも、その時にはもう終わっていたんだけれどね……。


 + * + 


 その日の昼休み、僕は委員長に呼び出されて屋上に居た。真冬の屋上と言う事と、去年の事故の為に一応立ち入り禁止になっている事でそこには僕達以外の生徒は居なかった。


 原因不明の校舎の一部崩落と言う事故の為に、簡単に校舎の修繕を進められなかったらしい。手抜き工事とかも疑われて出入りの業者から選定し直しと説明されたけど、予算不足というのもありそうな話だって噂だよ?(ごめんなさい、校長先生!)


「委員長、話って何かな?」


「あの、あのね……」


 呼び出したのは委員長の方なのに、中々切り出してくれない。


「英知の事だよね?」


「うん、エイチ、先沢君の事……、私ね先沢君に振られちゃった」


「委員長?」


 どちらかと言えば、委員長に熱を上げていたのは英知の方だった筈だよね。


「委員長が振ったんじゃないんだよね?」


「うん、結歌に告白するからって……」


「そうか……」


「ゴメンね、私、もう結歌の友達じゃいられない……」


 クソッ、この事態がこのタイミングで来るのは必然なのかも知れないけど、最悪だ!


「ゴメン、ゴメンね……」


 俯いたまま、ゴメンと繰り返す委員長、じゃないね、仙道咲耶という女の子を見ていて少しおかしいなと思ったんだ。仙道咲耶は基本的に賢い女の子だった、考えてみれば僕と”浅木結歌”を引っ付けようとした事もあった気がする。


 この事態を予想していなかったとは思えないよね? もし、英知に惚れこんでしまったとしても、”浅木結歌”に振られた英知を振り向かせる努力が出来るだけの”強さ”を持っていた筈なんだよ!


「ねえ、仙道さん、本当にそれだけ?」


 仙道さんは僕が尋ねると、ピクリと肩を震わせた。そして搾り出す様に声を出して、何が起こったのか教えてくれたよ。


「金曜日の放課後にね、…呼び出されて…、別れようって言われたの…」


「うん……」


「それでね、先沢君に昨日呼び出されてね……」


「まさか!」


「うん、また付き合おうって言われたの……。ねえ、私って先沢君にとって、何時でも取替え出来るアクセサリみたいな物なのかな……」


「仙道さん……」


「う、うっ、うわーん。エイチの馬鹿、天原君のヘタレ、結歌なんて大っ嫌い! うえーん……」


 仙道さんは何かを吐き出す様に、人目も憚らずに泣き出してしまった。僕の中には英知に対する”殺意”に近い怒りが湧き上がっていたよ。でもその怒りは直ぐに静まってしまった。僕が英知に怒りを向ける資格なんて無いって気付いてしまったからね。(どう言う皮肉か、それを思い出させてくれたのは怒った表情ばかりが思い出される僕が振った魔姫殿下だったよ)


「うっ、うっ、うう……」


 次に嗚咽を繰り返す仙道咲耶というごく普通の少女を抱きしめて慰めたい衝動にも駆られたけど、僕にはその資格さえも無いんだよね。僕が出来たのは仙道さんが泣き止むのをその場で待ち続けるのと、彼女が風邪を引かない様にちょっとだけ裏ワザで暖めてあげる事だけだった。


 僕が、”浅木結歌”に対してもう少し能動的になっていたらどうなっていたんだろうなんて事を今更考えるなんて、仙道さんの言う通りヘタレなんだなと思い知らされたよ。


 + * + 


 その日の放課後、剣道部に顔を出して、元部長として指導役をやっている英知に試合を申し込んだ。こっちも本気だったから、3本勝負を申し込んで最初の1回で3本とってさっさと帰って来てしまったよ。数が合わない? 試合がはじまって直ぐに、”小手”と”面”と”胴”を決めただけだよ!(真面目にやる気もなかったし、呆けた英知では話にならない)


 まだ、半分呆けた様な英知が本気になりそうだったけど、相手にしないのが僕の考えた仕返しだよ。英知が去年獲得した高校日本一と言う名誉を正面から打ち砕いておいたんだ。


 考えてみれば、僕はあの時のキョウガと同じ様な事をしたんだよね。これから英知に付け狙われたりするのかな? でも、僕の償いを委員長は分かってくれると思うよ。僕にとっての一番の友人を敵に回すなんて馬鹿な事をしちゃった訳だからね。


 僕は、少しトイレに寄り顔を洗って気持ちを入れ替える事にした。蛇口を全開にして荒っぽく顔を洗って、顔を上げると、目の前の鏡に”彼女”が映し出されていた。


 ”彼女”を象徴する笑顔が無いけれど、その美しく成長した姿は見違え様が無いよ。兄として、見せてはいけない物をさり気なく隠して同意を示す様に1度頷いて見せた。今更こんな召喚方法を取るのは実に彼女らしい、彼女にとって勇者を召喚する正しい方法はこれなんだろうからさ。

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