第30話 狂竜の養い子
第30話 狂竜の養い子
「リセイ様、出陣の準備はお済でして?」
「シクシクシク」
「おい、何時までめそめそしてるんだ、リセイ!」
「メソメソメソ」
キョウガとダリヤがその女性に話しかけたけど、返って来たのは実にウエット(ウイットじゃないよ!)に満ちた声だったよ。ここ竜王の城としては標準的な部屋だけど、何故か暗く陰って見えるのが不思議だね?
「シクシクシク……?」
部屋の隅に膝を抱え込むように座っている女性が問題のリセイさんなんだけど、どう見てもキョウガに比肩し得る竜には見えない。キョウガによれば、プラーナの量と守りの堅さでは竜族随一かも知れないそうだよ。(見た通り攻撃には向かないらしいけどさ)
「えーい、鬱陶しい!」
キョウガが速攻で切れて、取り出した曲刀(竜器なんだろうな)をリセイさんに投げ付けた。だけど、その曲刀はリセイさんに当たる直前で何かに阻まれるように跳ね返ってしまった。傍目から見ると刃傷沙汰に見えるけど、竜族の2人にとっては単なる”ツッコミ”にもならないらしい。(竜族は漫才師に向かないらしいね?)
「知らない気配がします、誰ですか? シクシク」
「この者はあたくしの姪に当たる”アマハ”ですの」
アマハラから前3文字を取った偽名だよ。せめて”天羽”とか想像してください! ヒロコとかは絶対却下だからね! このリセイさん、何歳かは怖くて聞けないけど、結構若く見えるのは確かだね。泣き黒子が特徴的で、僕的には見掛けだけで言えばモンゴロイド系の親しみ易い顔立ちをしていると思うよ?
これを言っちゃいけないだろうけど、泣き顔が良く似合うと思う。おまけに雰囲気的に”いぢめる?いぢめるの?”と聞かれているみたいで、いじめっ子の餌食になりそうだ。一見キョウガの餌食になりそうだけど、口より手が先に出るタイプのキョウガはリセイさんを苦手としているらしいね。
「アマハさん? シク……」
「そうですわ、お話したでしょう。この者が、貴女と共に狂竜コウヒョウを討ちますわ!」
「おじ様を……。アマハさん、貴女もコウヒョウおじ様を殺したいんですか?」
リセイさんの生い立ちを聞いていたから、こんな問いが来るのは想像していた。僕の中では方針が決まっていたから、迷わずに答える事が出来るよ。
「僕が狂竜を殺したいかと聞かれれば、全然そんな気持ちは無いって答えるね」
「では!」
「同時の僕の力で狂った竜を殺せるかと聞かれても、無理だって答える」
「あの……?」
僕の言葉で一瞬希望を見出したリセイさんだったけど、続く言葉で僕の意図が分からなくなったらしい。別の僕はリセイさんの味方をする為にここに居る訳じゃないからね。こう言う女性は助けたくなるけど、狂竜を正気に戻すのは不可能らしいんだ。
狂った竜にマナをぶつける程度では逆効果らしいよ。そして効果があると思われる精霊を狂竜の中に送り込むと言うのは最悪で、竜は即死、精霊も存在を失ってしまったらしい。これはまだ人間と精霊が親しく交信していた頃の話だと竜王自身から聞いたよ。精霊と竜が争わないのはこの話が原因なのかもね。(利己的だけどジルを狂竜になんて考えたくも無いよ!)
実際、狂竜を元に戻す試みは気の遠くなるほど昔から行われていたけど、現在まで成功例は無く、それ以上に竜族の習性として惨たらしく生き延びるより潔き死を望む物らしい。
実際魔王という駒を手に入れるまでは、狂竜には衰弱死という誰にも利点が無い死に方しか待ていなかったんだ。そして、狂竜コウヒョウもその道を辿っているんだ。
どうやって衰弱死させるかと言えば、狂竜の攻撃性を逆手に取る訳だよ。具体的には”何か”に目晦まし(幻術みたいなもの?)をかけてそれを竜だと錯覚させて”何か”を延々と攻撃させる訳だよ。普通に拘束しても竜と言うのは死なないし、何時までも拘束し続けるのはかなりリスクを伴うらしいから、本当に苦肉の策だったんだろうね。
「そしてね、リセイさん。狂竜コウヒョウは殺されるべきだと思うよ」
「なっ! 貴女におじ様の何が分かるっていうんですか!」
リセイさんがはじめて本気で僕に向き合ってくれた瞬間だと思う、さすがに竜族感じる圧迫感が半端じゃない。妙に重い感覚を感じる、重力が倍にでもなったとでも例えれば分かってもらえるかな?
キョウガの方は黙って僕とリセイさんのやり取りを聞いているけど、ダリヤは気圧された様に1歩下がったよ。(でもそのし直後に2歩前に出るのが魔姫ダリヤなんだけどね)
「いい加減な事を言ってすみません、リセイさん」
「えっ? 何を?」
簡単に謝罪するのは僕らしいけど、それで終わらないのも天原弘樹なんだよ!
「リセイさん、両親に捨てられた孤児の貴女を拾って育ててくれた優しくて強い貴女の”お父さん”は、自分がもしもの時どうして欲しいか娘に語りませんでしたか?」
「そ、それは……」
「例え言葉にしていなくても、コウヒョウという竜を一番知っている貴女には、コウヒョウが何を望むか分かっているんじゃないかな?」
コウヒョウには連れ合いが居たらしいけど、随分前に亡くなった。多分強すぎるプラーナを扱いかねて本当の両親に捨てられたリセイさんを拾って男手1つで育てたコウヒョウの事は、兄であり唯一の肉親である竜王より詳しいだろうね。
キョウガがそのまま歳を経た様な竜王は自分の弟を”真面目な堅物”と評したけど、それだけならこのリセイさんが育てられるとも思えないからね。
「……」
「リセイさん、コウヒョウはどんな結末を望むんですか?」
横でキョウガとダリヤが、”アイツって性質が悪いぜ!”とか、”意外と口も達者ですのね、これは是非手に入れたいですわ”とか言っているけど、とりあえず黙っていて下さい!
特にダリヤ、妙な事を考えないで欲しいよ。別に口が達者と言う訳じゃなくって、リセイさんの気持ちが少し分かるだけなんだ。そして、キョウガやダリヤには理解出来ないだろうね、きっと。
「キョウガ、私がおじ様、コウヒョウを討ちます!」
「良く言ったな、だけど。止めは俺の役目だ、お前には向かねーよ」
「キョウガは何時もそうね、ありがとう」
「へっ、俺が自分の力をお前に見せ付ける絶好の機会なだけだぜ!」
おお! キョウガがデレたよ! 本当に子供みたいな竜だよ! あっ、ダリヤがむっとしているけど、魔族と竜族じゃ所詮結ばれぬ仲だよね?
「アマハさん、これを受け取ってもらえますか? こちらも謝らなくてはいけないみたいなので……」
「これは?」
リセイさんが何処からとも無く取り出したのはA4ファイルサイズの薄っぺらい物だったよ。形的にはアクシリア王国で見掛けたスモールシールドかな、丸っこい三角形の板とも言えなくは無いね。
「魔王様以外に竜器を渡す事は出来ないので、加工はしてありませんけど、私の鱗です」
キョウガはお気軽に竜器を渡していた気がするよ? でも次期魔王候補だから大目に見られているんだろうね。 魔王の姪(という設定)と紹介された訳だから、有り難くもらうべきなんだけど……、ねえ?
「あの、私の鱗じゃ駄目でしたか、ご迷惑でしたか、汚いですか? やっぱり……」
はぁ、折角やる気になってくれたのに、今度は自虐モードだよ?
「あ、いえ、ちょっと持ち運びには向かないなと思っただけですよ?」
「あ、そうなんですね、確かに魔人の方には大きいかもしれませんね。ここをこうして……」
見る間に、持ち歩くのが邪魔そうな鱗が、縮んで親指の爪程の大きさになってしまったよ。本当に器用だね?
「ここに穴を開けておいたので、装飾品にでもして下さい。少し竜器っぽくなっちゃいましたけどね」
「リセイさん、これがあれば僕にも気闘術が使えますか?」
「それはやってみないと分かりません、プラーナを感じられないのなら魔人の方でも……」
「構いません、時間があれば、是非教えてください!」
「止めとけって、ヒ、アマハには無理だぜ!」
キョウガが僕とリセイさんが近付きすぎて嫉妬した、じゃないね、文字通り僕には無理なんだろう。僕とジルは何処かで繋がっているし、そこにはマナが存在するんだからね。でも、これは僕の為じゃないんだ、自分に自信が持てないリセイさんの価値を認識させる為なんだよ?(僕にとっての剣道がそうだった様にね)
「僕は何時か、キョウガを越えたいと思います。例え気闘術自体を扱えなくても、何かの助けになるかも知れないんです」
「キョウガを? 凄いですね、私もアマハさんみたいな強い雌になりたいです!」
メス……? いや、ちょっと、ねえ?
「もう止めだ!」
僕には何も感じられなかったけど、キョウガが何かをやったらしい。
「あれっ、アマハさんの肌の色が? 髪の毛も?」
「えっと……」
「声も低くなって…ます?」
チッ、キョウガめ、幻術を解いたな。服装以外は変装をしなかったのは、キョウガが何とかすると言ったからだよ。服装も誤魔化せと言ったんだけど、魔人の女の衣装なんて分からん!と妙に説得力のある事を言われたんだ。
「ごめんなさい、リセイさん。貴女に刺激を与えない為の細工だったんです」
「いえ、大丈夫です。ちょっと驚いただけですから」
確かに少し驚いただけにしか見えない。男性恐怖症というのは嘘じゃない筈だよね、ダリヤまで嘘をつく必要も無いしさ。
「うん、大丈夫」
「あの?」
リセイさんが僕の手を握り締めてそんな事を言ったよ。まるで僕の手の感触を確かめるみたいだった。
「雄にもちゃんと私の事を分かってくれる人が居るのね……」
いや、何と言うか雄とか雌とかどうも生々しいので止めて欲しいんだよね。何だかリセイさん的には良いシーンっぽいので口を挟めないだよね……。
後になって分かった事なんだけど、竜族の中では性別は雄雌が普通らしい。魔獣に性別は無いらしいし、精霊は男性体女性体って呼び分けていたね、確か。
+ * + * + * +
狂竜退治自体は別段話す事は無かったよ。狂竜コウヒョウは竜の幻術がかけられた塔にひたすら激しい攻撃を加えていて、射程ぎりぎりから僕が魔法で強引に片方の翼を傷付けた事でほぼ決着がついたと言っても良いだろうね。
無意味な攻撃を2ヶ月近く行っていた狂竜の首にダリヤの携える竜器が突き刺さるのは本当に直ぐの事だったよ。僕を乗せて飛んでいるリセイさんはその最後を目も逸らさず見詰め続けていたんだ。
物悲しい狂竜の断末魔の雄叫びが消えると同時に、狂竜の巨体も跡も残さず霧の様に消えて行った。本当にそれだけのあっけない最後だったよ。正確には、ダリヤの竜器に貫かれた竜の急所(逆鱗に当たるのかな?)の鱗が一枚だけ遺される事になった。
リセイさんはそれを加工して、ネックレスにしたんだ。ついでにと言う事で、僕に譲られたリセイさんの鱗もネックレスにしてくれたよ。リセイさんが”お揃いですね!”とか言うものだから、キョウガが物欲しそうにしていたけど、絶対アイツには渡さん!
それはそれとして、竜大陸ヲーロスに滞在するのを3日と定めた僕は、リセイさんから気闘術の指導を受けたんだ。日本に戻った時を考えると、向うの一晩程度なら混乱して駆け出して気付いたら知らない所にいて、何とか朝には帰って来れたと言い訳する積りなんだからこの期間が限界だったんだ。
気闘術がそんなに簡単な物では無いと思うけど、あちらでの多少の問題の発生と引き換えにしても意味がある物だと思ったんだよ。僕個人にとっても師匠役のリセイさんにとってもね。




