第13話 試し切り
僕が”修兵館”に通う様になってから、半年以上が経った。僕の生活は、高校か家か道場かの三択になっている気もする。高校の部活は基本的に参加していない、退部はしていないけど事実上の幽霊部員だね。例外があるとすれば、道場の方で急用が無くって帰りに委員長達と一緒に帰る時位だよ?
クラス替えがあって、”浅木結歌”とは別のクラスになっちゃったから、例え10分でも一緒に居られる時間は貴重なんだよ! 誰だ、クラス替えなんて制度を作ったのは!
「弘樹、今日も道場の方か?」
何故か、英知と委員長は同じクラスなのにね。神様って居ないのか、僕が嫌われているんだろうか?
「うん、今日は道場の方だよ。ちょっと外せないんだ」
「お前も頑張るな。道場の雑用係なんてやってるから腕が鈍るんだぜ?」
「僕があそこで習っているのは、剣道以外の物だからね」
「何だよそれ」
英知が不思議そうな表情を浮かべている。見学したいとか言い出さない様にしているから、抽象的な表現になるのは仕方が無いよ。きちんと自分の力と気力を制御出来る様になったはずだから、剣道のルールに沿った試合では英知以外とも互角の勝負が出来るけど、逆にルールが足枷になる時もあるんだ。(英知が腕が鈍ったと評する部分だね)
「上手く言えないけどさ、精神的なものだよ」
「精神的?」
「ああ、体育会的な乗りとかかな?」
「剣道部だって立派な体育会系だぞ」
「それは認めるけどさ、緩いだろう?」
「そうなのか、まあいいや、礼儀に厳しいとかあんまり向かないからな、俺の場合」
英知の場合は、剣道の作法は完璧だけど普通はだらしないよ。別に問題を起こすほど要領は悪くないけど、2年に上がって服装とかも乱れて来た気がする。まあ、あの委員長が彼女なんだから心配は無用だと思うけどね。
「今日は面白い物が見えるらしいんだ」
「ふーん?」
よし、良い感じで興味を無くす事が出来たみたいだ。英知なら修兵館に来ても何とも思わないだろうけど、委員長とかには刺激が強過ぎるよね?
”浅木結歌”がどう感じるか疑問だけど、顔色1つ変えないかな? いや、最近の彼女は何処と無く感情を表に出す事があるような気がするけど……、どんな反応を示すか想像出来ないね。
あ、”浅木結歌”が嬉しそうにしているって話をしたら、英知は鼻で笑ったんだよね! 委員長の方は、ちょっと自信無さそうだったけど”そうかも知れないわね……”とか言って同意してくれたよ、多分ね?
+ * + * + * +
僕が何時もの裏路地を歩いていると、珍しくワンボックスカーが”修兵館”の前に停まっていた。車一台通るのがやっとの道ですれ違うスペースも無いから、本当に珍しいね。
近寄ると、先輩の山喜さんと近田さんが車から何かを降ろしているのが見えたよ。
「こんにちは、山喜さん、近田さん。手伝いますね」
「おう、天原か、これを道場に運んでくれ、先に着替えるんだぞ?」
「はい、って、これ真剣ですよね?」
「そうだよ、良いから運び込め! 高校生が刀を持って突っ立てるのは問題だからな!」
それはご尤もです! せめて道着なら良いけど、制服は拙い気がするね。
僕が真剣2本を道場に運んで着替え終わると、既に荷物の運び込みは終わっていたよ。こう言う仕事は下っ端の仕事なんだけど、体力仕事は皆さん得意だから直ぐに終わっちゃうんだ。
道場には、五振りの日本刀と試し切り用の竹入り巻藁が20本位、そして何故か鎧兜まで鎮座していたよ。まさかと思うけどこれを着て切られたりするのかな?
鎧を身に着けた僕が切り殺されるのを想像しちゃうよ! さすがに自分の首を切られたら繋げられないと思う、腕を切られたなら何とかくっ付ける事は出来そうだけどね?
打たれる痛みは耐えられると思うけど、切られる痛みはどうなんだろう? (別に興味がある訳じゃない、心構えの問題だよ!)
+ * +
「さて、はじめようかねぇ」
師範代の一言で道場が静まったよ? 何をはじめるかさえ知らない僕は黙ったままだったけどね。
「じゃあ、試し切りからだよ。誰がやるねぇ?」
「「おう!」」
いきなり先輩達がハモったよ! 僕は切られる事を想像しちゃって出遅れたけどね。まあ、考えてみれば当然日本刀で竹入り巻藁を切るんだよ、それなら別に良いかとも思う。
「といっても今回は人数が多いから、未経験者を優先だねぇ」
「「……」」
喜んだのは僕の前は雑用係をやっていたらしい山喜さん、近田さんの2人だった。ぞれは兎も角、何で僕が睨まれるんだろうね? 怪我を治しちゃいけないみたいだ、治療の手を抜いちゃうぞ?
この道場にも真剣(素振り用だよ? 何故か二振りだけどね!)と刃引きた練習用の物(こっちは本当に使うよ!)もある。藁束を切るのってそんなに楽しいかな……。(こんな事を考えるから、道場でも微妙に浮いちゃうんだよね?)
僕達が藁束を使って試し切りを終えると、師範代が使った刀の検分をはじめた。僕も最初の一回は上手く切れなかったんだよね、藁束とは言え馬鹿に出来ないよ!
「山喜、お前は刀の扱いが荒い様だね、道具なんだから使ってなんぼのものだけど、上手く使いこなしてやらなければねぇ?」
「はい、精進します!」
「それと、天原、お前には迷いがみえる。その時になったら躊躇うんじゃないよ!」
「はい、ありがとうございます!」
武器を持つとそれなりに気が引き締まると思うんだけど、まだまだなんだな。ちゃんとした拵えの日本刀で物を切るなんてそんなに経験する物じゃないと思うけどね。
やっぱりよく見ている、あれ? 試し切りの最中、師範代はずっと目を瞑っていた気がする。音だけを頼りなのか、本当に刀から何か読み取っているんだろうか?
ふと、僕の使った日本刀を手に取ったまま師範代が立ち上がって、そのまま滑る様に鎧兜の方に近付いていったよ。くっ、凄い気迫を感じるよ、全く気負った所は見えないのに!
「ハッ!」
鋭い呼気と共に日本刀が兜に振り下ろされた。さすがに漫画の様に上から下まで断ち切るとかはなかったけど、刀は見事に兜を割ったと言うより切った。
鎧兜といっても、端午の節句(こどもの日だね)に飾る玩具の様な鎧兜じゃない。博物館とかで見そうな、本物の鉄兜が細いイメージがある日本刀で切られるって、ある意味凄いよ!
師範代は、別の刀を取って同様に鎧の方に切りつけた。刃は折れる事無くザクザクと鎧にくい込んだんだ。後で確認したけど古びてはいても本物の鎧兜だったよ!
「ふむ、桐谷の跡取りも一人前だね。百地、桐谷の旦那に、良い出来だと伝えておくれ」
「師範代が直接若旦那に言ったらどうですか?」
「ふん、慢心は直ぐに刀身に現れるからね」
それだけ言って、師範代は道場を出て行ってしまったよ。普段は気だるげな空気を纏っている師範代だけど、やっぱり修兵館の師範代なんだね。今になって呼吸を思い出した感じで身体の緊張が抜ける。
アイツとは違って鋭い、鋭過ぎる気迫だったけど、あれを感じられただけでここに居る価値はあるよね。そうか、先輩達が目の色を変えたのはあれを目指しているからなんだ!
同じ事を男がやると”兜割り”に見えるけど、小柄な女性がやると”兜断ち”って感じだ。
「百地さん、この修兵館の師範ってどんな方なんですか?」
「うん? 天原は知らないのか? まあ、子供だから誰も話さないな」
「まあ、大人とは言いませんけど、高校生ですよもう直ぐ17です」
「ほら、子供だろう? 自分が子供だと言われて、怒る辺りがな」
「そうですね、先輩方は師範代から子供みたいだって言われても気にしていないですからね、殴らないでくださいよ!」
百地さんが拳を振り上げる振りをしたので、一応抗議しておくよ! やっぱり子供じゃないか!
「この道場と言うより、来島流には色々問題があるのさ。師範代のプライベートにも関わるんですな、気軽に話す訳にもいかんのさ」




