第12話 偽気功
「えっと、貴女が道場主ですか?」
「正確には違うがねぇ、師範代をやっている宮田幸江だよ」
師範代か、女性がやってるのははじめて見るね。年齢的には40~50代と言った所だけど、何故かもう少し上に見えるかな? 昔は美人だったんだろうね、今はあまり化粧とかはしないのかな?
「では、宮田さん。僕をここの門下生にしてくれませんか?」
「はぁ、そう来ると思ったけどさぁ、坊ちゃんは高校生だろ?」
「はい、4月で2年生になります」
「とりあえず、ここが普通の剣道場じゃないのはわかるよねぇ? 高校生なんか入れたらどんな事になるか想像出来るかい?」
「想像は出来ます。世間に露出すると拙い位なら、でも!」
「でも? 死んでも心配する家族は居ないと言うなら考えてもいいけどねぇ」
「いえ、僕が言いたいのは、僕にはちょっとした特技があるんです」
「特技ねぇ、それを見せてくれるかい?」
そう来るだろうね、ただ見せるのでは効果が薄いかな? 僕はここで強くなりたいんだから……。
「門下生に加えて下さると約束してもらえるなら。腕試しをしていただいても構いませんよ」
「ほう、結局そうなるんだねぇ。新宮、任せるよ」
「はい」
「馬鹿、竹刀にしな!」
普通に木刀を持って来る所が凄いね、ヤル気満々じゃないかな? 普通にそのまま話が進むと、全国ニュースレベルの問題になりそうだよ!
そんなに刺激した積りはないんだけど、これで僕も防具を着けないんだから嫌な展開になりそうだね。(演出の都合上って言っても信じてくれないだろうね)
「お願いします!」
「君は防具を着けないのか?」
「はい、それがここの流儀なのでしょう。門下生を目指す僕が防具を着ける訳には行かないですし、動きが制限されるのは避けたいです」
「口だけは達者な様だね」
「新宮さんの突きを避けるには、必要な事だと思います」
「誘っているのかな? 良いだろう」
ふう、獰猛な笑みが浮かんだ所を見ると上手く乗ってくれたみたいだ。突きが来ると分かっているなら、効果的だよ!
宮田さんの合図で立会いがはじまった訳だけど、新宮さんは大上段に構えた僕の喉元に向かって突きを放って来た。面をしているとかえって見難いんだけど、双方が防具を付けていないのは有り難いね。僕は小声で唱えておいた身体強化の効果を喉元に集中させて衝撃に備えるだけだったよ。
「ぐっ」
やっぱり自分で受けるとタイミングが難しく、意外に伸びた竹刀の先を上手く受け切れなかった。自分の口から苦悶の声が漏れるのを無視して、僕は驚いた新宮さんの頭に竹刀を叩き付けた。
少ないマナを効率良く使う訓練も欠かさなかったけど、さすがに一回の実戦で上手くは行かないね。
”ベキッ”
新宮さんが反射的に避けてくれたので、竹刀は新宮さんの左肩に命中し、嫌な音を立ててへし折れてしまったよ。やり過ぎた気もしたけど、竹刀の打撃程度では打ち身程度だろう。普通は滅多に折れないんだけど、僕の場合は力加減をミスすると簡単に折れるんだよね、竹刀ってさ。
「有難うございました!」
僕は、喉の痛みを無視して強引に礼を言い、さっさと構えを解いてしまう。竹刀を変えて再戦とかは無意味だろうしね。
「お、おい、大丈夫なのか、君?」
いや、いきなり急所に突きを入れようとする人に心配されるとかおかしいよね? まあ、避けられる事が前提だったんだろうけど、手加減は無かったと思うよ?
「はい、大丈夫ですよ。僕はちょっと特異体質で、身体が人並み以上に丈夫なんですよ」
「喉だぞ?」
まあ、喉は人間の急所で鍛えるのも難しいから、当然不審に思うだろうね。
「気功という物の一種らしいんですけど、身体能力を高められるんですよ」
「気功ねぇ、硬気功という訳かい?」
「はい、別に勉強した訳ではありませんが、半年程前から使える様になったんです」
ちょっと違うんだけど、効果は変わらない。あちらは、どちらかといえば、見世物的な物が多い気もするけどね。
「良いね、遠慮無く打ち込めるって訳だ」
「あの、ちゃんと痛いので気軽にやるのは勘弁して下さい」
これで、ここで僕は対戦相手に困らない訳だね、でも、このままだと打ち込まれるだけだよ? 僕の話を聞いた他の門下生の目は、獲物を見付けた肉食獣と言うより、新しい玩具を見付けた子供みたいだ。概して、肉食獣より子供の方が残酷な事するんだけどね! あ、寒気が!
「新宮さん、肩をちょっと見せてもらえますか?」
「ん? ああ」
僕は新宮さんの肩を魔法で治療する事にしたよ。僕と違って本当に丈夫らしく軽度の打ち身だったから、治療魔法がよく効いたよ。
「おお、肩が軽い。軟気功って奴なのか、馬鹿に出来んな」
「僕の場合はちょっと特殊だと思いますよ?」
「来島流にも気功をやっている連中が居るらしいんだが、ちょっと怪しげだったからな」
「へぇ、そんなのが」
「新宮、余計な事をぺらぺら喋るんじゃないよ!」
「すみません、師範代」
新宮さんが、宮田さんに叱られたよ。体格だけ見れば小柄な宮田さんが叱るのは違和感があるけど、迫力だけで言えば当然に思える。さすがは師範代と言うべきなんだろうね。師範さんはどんな人なんだろうか?
「全く、嫌な子だね。今更ここに来るなとは言えないじゃないか」
「済みません、どうしてもこの道場で修業したくって……」
こうなるだろう事は読んでいたよ。骨折を直ぐに直すとまでは行かなくても、全治1月を全治2週間に短縮出来ると分かれば、門下生は放っておかないだろうね。
それだけ痛い目をみる回数が多くなるんだけど、ここの門下生がそれを苦に思う訳も無い。ある意味”馬鹿な人達”なんだろうね。そして僕もその馬鹿の仲間入りだ。
「さすがに高校生とかに念書を書かせても意味は無いしねぇ」
「念書ですか?」
「ん? ああ、死んでも責任とりませんよってねぇ」
「……、必要ならサインでも判子でも!」
それ位の覚悟が無ければ、ここには向かい入れられないか……。本当に馬鹿の集団だね!
「坊やがそう言ってもね、親御さんが黙っていないだろうよ。坊やが天涯孤独とかなら話は早いんだけどねぇ」
「両親とも健在で、一人っ子だったりもします……」
「仕方ないねぇ、いざとなれば道場自体を移動させるさ」
「師範代?」
「そんな顔をするもんじゃないよ。実際良くある事でね、こんな民家を改造したのを道場にしているのもそんな理由からさね」
すっごく物騒な話を聞いた気がするね! 不自然に道場に柱があるのは気付いていたけど、古い民家を最低限の投資で道場っぽくしたと言うのが本当らしい。
「それで、坊やの名前を教えてくれるかい?」
「はい、西校の天原弘樹と言います。よろしくお願いします!」
「おや、最近聞いた名前だね? ああ、お漏らしの……」
「別に僕が漏らした訳じゃありませんよ!」
県予選でちょっと気迫を放ったら、対戦相手がその……、それなんだよ。相手の名誉の為に公にする積りはなかったんだけど、噂にはなっちゃってるんだね。
「知り合いに関係者が居るんでねぇ。坊やがあの”天原”だったとはね、良い意味で拾いモンだったかもねぇ」
「ありがとうございます」
何故か、師範代に気に入られたみたいだ。それが良い事かどうかは分からないけどね。
「おっと忘れていたけど、天原がここで修行したいと思った理由を話してもらおうかねぇ。さすがに誰かを殺したいだと色々面倒だからさ」
「どうしても、勝ちたい相手がいるんです!」
何も考えず”自分の目標”を言ってしまったけど、ちょっと恥かしい内容だった気もする。大爆笑されるかと思ったけど、先輩達の反応は微笑ましいというか、懐かしい物を見る感じだったよ。道場破り(と勘違いされそうになった)の時もそうだけど、もしかすると先輩達も僕と同じ様な事をしたんだろうか?
「男って言うのは、馬鹿ばかりだねぇ」
師範代がぽつりと漏らしたけど、その表情は何故か少し辛そうだった。
こうして、僕は修兵館の門下生兼、治療士兼、雑用係兼、叩かれ役になった訳なんだ。最後のは、ちょっとあれだけどね!
真面目な話をすると、僕は近くの道場で雑用係のバイトをすると両親に報告したよ。母さんは誤魔化せたけど、父さんは微妙だった。真実は分からないだろうけど、何か感じている気がする。
同じ様な事を中学生の頃にやったら、絶対事情を詳しく聞かれただろうね。今は黙認と言う形だけど、何かあれば面倒になる気もする。僕に出来るのは、僕が通っている道場の場所を誤魔化しておく位だった。




