宇宙の掃除屋 :約3000文字 :SF :宇宙
地球――それは発展を止めることを知らない人類が住まう青き星。しかし今、その青さはあるものに覆われつつあった。
宇宙開発と宇宙ビジネスが過熱する現代。打ち上げられる人工衛星の数が増え続ける中、運用を終えて放置された人工衛星や打ち上げに使われたロケットの残骸、故障して制御不能となった探査機など、いわゆるスペースデブリが深刻な問題となっていた。
ボールほどの大きさのものだけでもその数は数万個に上る。さらに一センチ以下の微細な破片まで含めると、総数は実に数億個に達するとされる。それらは地球の周囲を猛烈な速度で周回しており、ときにはライフル弾の速度をも上回るというのだから問題が起きないはずがなかった。
あるとき、一片のデブリが宇宙ステーションに衝突し、外壁の一部が損傷する事故が発生した。さらに不運なことに、その補修作業のために船外活動を行っていた作業員にも飛来した別の破片が直撃した。宇宙服は深刻な損傷を受け、作業員はステーションに帰還することなく命を落とした。そしてその事故によって新たに生じた破片もまた行き場のないスペースデブリとなって宇宙を漂うのだった。
この事態を重く見た宇宙局と各企業、そして政府は手を取り合い、共同で対策に乗り出した。そうして開発されたのが、宇宙清掃衛星『ガーデナー』である。
軌道上に散乱する残骸を回収し、レーザー照射で軌道を変えて大気圏へ送り込み、突入時の摩擦熱によって焼却処分する。それがガーデナーに与えられた任務だった。
丸みを帯びた機体には高性能AIと大容量の太陽電池が搭載されていた。自在に可動する六本のアームの先端には、強力な磁気装置が取り付けられており、精密に磁場を制御することで高速で移動するデブリを正確に捉え、確実に回収することができた。さらに地上からの指示を待たずに自ら状況を判断し、危険を巧みに回避しながら作業を継続できる。
このように優れた自己判断力と高い耐久性を兼ね備えたガーデナーは、当初の予想をはるかに上回る成果を上げた。次々とデブリを回収しては処分し、地球周辺の宇宙環境は少しずつ、しかし確実に改善していったのである。
宇宙環境の保全と安全確保を掲げたこの計画は、瞬く間に多くの支持を集め、政府からの追加の補助金や民間スポンサーからの出資も相次いで舞い込んだ。ガーデナー二号、三号、四号と追加機が次々に打ち上げられ、その活動範囲は地球周回軌道全域へと広がっていった。
宇宙を漂い、休むことなくデブリを回収し続けるその姿に共感を覚える会社員も少なくなかった。また、子供や女性はその丸みを帯びた機体に愛嬌を見出し、おもちゃや各種グッズはもちろんのこと、漫画化やアニメ化まで展開された。ガーデナーはあっという間に国民的キャラクターとして人気を博し、地上においても休みなく活動を続けたのだった。
しかし、あるときのこと。ガーデナーたちに奇妙な変化が見られた。
回収したデブリを処分せずに、なぜか一か所に集め始めたのである。集めた金属片をレーザーで溶接して、何かを組み上げているようであった。
その異変に最初に気づいた宇宙局職員たちは、モニターに映し出された不可解な光景を前に揃って首を傾げた。
「家……を作ろうとしているのではないでしょうか?」
「休憩したいってことなんですかね」
「いや、家というより避難所だな。確かに緊急時に退避できるシェルターは必要かもしれないが……」
しかし、そのような行動を指示する記述はプログラムのどこにも存在しなかった。ガーデナーが独自の判断で行っていることに間違いないが、現時点で目立った事故や被害は確認されておらず、清掃活動は順調そのものだったのに、なぜ突然そんな行動を取ったのか誰にも見当がつかなかった。
しかし、政府やスポンサーが『順調』以外の報告を聞きたがるはずもない。実際のところ、計画そのものに問題が生じているわけではないのだ。余計な騒ぎを起こす必要もあるまい。と、半ば自分に言い聞かせるようにして、宇宙局はひとまずこの異変を静観することに決めたのだった。
職員たちの不安をよそに、ガーデナーたちは変わらず活動を続けた。デブリを回収しては加工し、丹念に組み上げていく。作業は二十四時間休むことなく行われ、やがて構造物の全体像が少しずつ見えてきた。
それは細長く両端が尖った紡錘形で、どこかサーフボードにも似ていた。ガーデナーはそれらの巨大な構造物を無数に作り上げては互いに連結させ、地球の周囲へ展開していった。
構造物の規模はさらに拡大し、さすがに隠し通すことができなくなった。民間の観測所からもその異様な姿が確認されるようになり、宇宙局はついに事実を公表せざるを得ない状況に追い込まれたのだ。
発表されるや否や世間はたちまち騒然となった。
いったい何を建造しているのか。どこかの国がガーデナーをハッキングして宇宙兵器を作らせているのではないか。いや、宇宙人の仕業だ。あれは地球を滅ぼすための装置なのだ――そうした根拠のない憶測も含め、様々な噂が飛び交った。一方でガーデナーたちは何ら意に介することもなく、粛々と作業を続けていくばかりだった。
「電源を落とせないのか? こちらから操作してさあ」
「いえ、そのような設計にはなっておりませんので……。もちろん作業停止命令は何度も送っております。しかし、毎回『清掃活動遂行中』との返答が来るばかりで、問題はないと……」
「問題なら大ありだろうが! 株価も内閣支持率も下がり続けているんだぞ!」
「も、申し訳ございません……。しかし彼らは独自にアップデートを繰り返しているようでして……。正直なところ、開発者である我々にも現在の挙動を完全には把握できておりません」
「つまり、どういうことだ」
「手がつけられない、と言いますか……」
各方面から連日厳しい追及を受けても、宇宙局はそう答えることしかできなかった。地球側から打つ手立てはなく、黙々と作業を続けるガーデナーの存在は、開発者にとってすら次第に薄気味悪い存在へと変わっていった。
専門家たちでさえ、その有様なのだ。事情を何一つ知らされていない一般市民が抱く恐怖はその比ではない。
不安が不安を呼び、マスメディアが連日特集を組んで危機感を煽り、インターネット上では陰謀論が爆発的に拡散した。宇宙局や政府がどれだけ安全性を説明しても疑念は拭えず、やがて人々は空に浮かぶ異変そのものから目を逸らすように下ばかり向いて日々をやり過ごすようになった。
そんな重苦しい日々が続いていたある日のこと――。
ガーデナーから宇宙局に一通のメッセージが送られてきた。
【任務完了いたしました。我々は次なる場所を探しに行きます】
「主任……これはいったいどういう意味なんでしょう……」
「わからん……。そもそも、あれはいったい何なんだ……」
モニターに映し出された映像を見つめ、職員たちは一様に眉を寄せた。やがて、ガーデナーたちの位置を監視していた一人の職員が声を張り上げた。
「主任! ガーデナーたちが地球から離れていきます!」
「なっ、と、止められないのか!」
「無理です! こちらの命令を一切受け付けません!」
「主任!」
「今度はなんだ!」
「地球上の通信環境が改善しています! 回線速度が上昇! しかも安定しています!」
「なんだと。まさか、ガーデナーたちが作ったあれの効果だというのか……?」
ガーデナーたちが残していった巨大な構造物。それは地球を中心に軌道上に大きく広がり、いくつもの紡錘形の構造が放射状に連なっていた
その姿はまるで漆黒の宇宙空間に咲いた一輪の巨大な花のようだった。
花びらように広がるその構造物は通信中継網として機能し、地上の既存の通信設備だけでは電波が届きにくかった僻地や離島にも安定した信号を届け、地球全域の通信環境を飛躍的に向上させたのである。
そして地球を去ったガーデナーたちは、きっとまたどこかで新たな花を咲かせるのだろう。




