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「話しをする犬」  作者: クリステル


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秘密

エピソード2まで辿り着いた貴方は作者にとって特別な人です。なのでもう少し我慢して読んで下さい。

貴方の期待は絶対に裏切りませんから。

「おいらドリーっていうんだ。よろしくね、先生。」

バス亭に向かう道すがら、羊君はそう名乗った。

「さて、私も羊君に対して名を告げなければ礼を失する事になるだろうかね、ドリー。」

 告白すれば、出来れば私は、この羊のドリー君と深く関わりたくはなかったのである。

「別にいいよ、先生。人間はみんな先生って呼ぶ事にしてるんだ。それで差し障りはないみたいだからね。」とドリーは屈託もないのだった。

「はて、羊のドリーと言えば、何処かで聞き覚えがあるような  、」

「ピンポーン! おいらがその世界一有名な羊のドリーだよ。」

「すると、あのウィルムット博士の? 何でそのドリーがこんな所にいるんだ? 博士はどうしたんだ?」

 私が驚いて尋ねると、今の今まで大得意だったドリーが見るからにしょげかえって、

「先生はふさぎ込んで病気になっちゃったんだよ。だから、もうおいらを飼えなくなっちゃって、それで、おいらあそこで新しい飼い主を探してたんだよ。」と言うとドリーは私を、うるうるとした非常に危険な目つきで見上げてくるのだった。再三言うようで恐縮だが、私はこういうのに弱いのた。しかしそればかりは、なんとか踏ん張らねばならないと、堅く心に誓うのであった。


 そうこうする内にバス亭に辿り着いた。ラッシュアワーの後なので、バスを待っているのは品の良さそうな初老のご婦人一人だけだった。

「こんにちは、ミセス・アンダーソン。」ドリーは、そのご婦人と顔見知りらしく、気さくに挨拶をしたのだが、ミセス・アンダーソンは、私達一人と一匹に凍えるような冷たい視線で一瞥するだけで、決して挨拶を返そうとする素振りさえ見せようとしなかった。私の気のせいかもしれないが、その一瞥には憎悪さえ宿っていたような気がしたのだった。私は、それがあまり気になったので、ドリーの引き綱を引っぱって、ミセス・

アンダーソンに聞こえないようにバス亭から離れると、ドリーに小声で尋ねた。

「なあ、ドリー。君は一体あのご婦人と顔見知りなのかい?」

「ああ、そうだよ。ミセス・アンダーソンの家の庭の雑草を食べるバイトをしたんだ。」

「じゃあ、なんで先方は挨拶も返さないんだ?」私はいらいらしながらそう尋ねた。挨拶を返されないという事は、ドリーと一緒にいる私の社会性まで否定されたような気分だったからだ。私としては、その辺をはっきりとさせておきたいと思ったのも無理からぬ事だと思うのだが、ドリーは、少し考えこんだ(見るからに、そう深くは考えていない様子だったが、)挙句に、

「んー、多分、気まずいんじゃないかな。」としゃなりと答えた。

「気まずいって、何が?」

「ミセス・アンダーソンの秘密を見ちゃったんだ。」

「秘密って、どんな?」

「スーパーでおいらがラムチョップの売り子のバイトをしている時に、ミセス・アンダーソンが皮なしウインナーをコートのポケットに仕舞い込んで、そのままレジを通さずに店を出る所を。」

「そりゃ、おまえ万引きじゃないか。」あの品の良さそうなご婦人が万引きとは、人は見かけによらないものだと思った時、なにやら強烈な殺気を感じてバス亭の方を振り返って見ると、ミセス・アンダーソンが、顔を真っ赤をして私の方を睨みつけていた。

「コホンコホン。」私は慌てて咳払いをしながら、さらにドリーを引っ張ってバス亭から離れた。

「それで、おまえ、どうしたんだい?」私は好奇心を抑えきれずに、さらに小声でドリーに尋ねた。

「おいら、すぐに店長にその事を話したら、店長は店の外に追いかけてって、ミセス・アンダーソンを問い詰めたんだけど、ミセス・アンダーソンは居直っちゃって、『おたくの店は客と羊とどっちを信用するんだ!』ってすごい剣幕で喚きちらしたもんだから、店長は今度はおいらに当たりだして、おいらクビになっちゃったんだ。」

「ふーん  。おまえもいろいろと苦労してるんだな。」

「ウィルムット先生が病気になってからも、おいら、喰っていかなきゃならなかったんでね。いろんなバイトをしてきてんだよ。」

 告白すると私は、この時点で少なからずこの羊のドリーに同情し、好感を持ってしまっていたのだった。飼い主の保護を失って苦労をしながらも、絶望やニヒリズムに身を任せず、明るさを失わずに日常の闘いを淡々と続けていけるのは、ドリーの持って生まれた善良なる性格のせいであろうと。そう思えば、ミセス・アンダーソンの逆恨みの憎悪の視線攻撃にも、私は心を乱されずにいられるのだった。


 そうこうする内に、バスがやって来て、バス亭からあまり離れすぎていた私達は、危うくバスを乗り過ごしてしまうところだった。ドリーは犬と違って、あまり速く走れないのだ。

 ぎりぎりのところでバスに乗り込むと、私は、最前、ミセス・アンダーソンに感じたのと同じ戸惑いに曝される事になった。乗客は少なく、十二、三人というところなのだが、バスに乗っているすべての人々(なんとバスの運転手も含めてだ。)が私達、一人と一匹に向かって一斉に、ミセス・アンダーソンと同じような冷たい視線(その中には紛う方なき憎悪が含まれていた。)を投げつけて来るのだった。私は、思わずドリーを疑惑の眼差しで見下ろした。

(この全員の分の、筋のとおった釈明があるんだろうな?)という私の眼差しに対して、ドリーは、困ったように肩をすくめて、妙な作り笑いを返すだけだった。

 私達は仕方なく、憎悪の視線の集中砲火を浴びながら、走り始めたバスに揺られながら、中央の通路を通って空いている一番後ろの席に着いた。


 バスはしばらく走ると次のバス亭で止まり、うら若き女性を乗せたのだったが、それが只のうら若き女性ではなく、美しく、そして、冬の厚着にもその下の素晴しいプロポーションが伺えるようなスレンダーで、なんと言うか、その…、男心を誘うような官能的な雰囲気を持った女性なのだ。さらにその官能的な女性が、私達の方を向いてニコリとえも言えない笑顔で微笑んだとしたら、私の視線がその女性に釘付けになったとしても、強ち無理からぬ事と言えるであろう。

「ハーイ、ドリー。」

なんとそのセクシーなレディーが、ドリーに声をかけて、私達の座っている一番後ろの席に向かって、笑顔のままで歩いて来るのだった。

「ハーイ、シンディー。」ドリーが只でさえ長い鼻の下をさらに伸ばして挨拶を返すと、セクシーレディーは一変して中指を突き立てて、

「よくもあたしがあんたの子を孕んでるなんて馬鹿な噂を流してくれたわね!」とそれだけ言うと、ドリーの前方に突き出した横っ面を平手で思いっきりひっぱたいた。ウール一○○%で覆われている分、ポシッと鈍い音がしたが、それはそれで痛そうな音だった。

「痛てえなー。なにすんだよ、この淫売女。動物虐待でグリーンピースに言いつけてやるぞ!」

「やれるもんならやってみな。ふんっ、誰があんたみたいなホラ吹き羊の言う事を信じるもんですか。」

「黙れ、ブス。ウィルムット先生のとこの助手の子を孕んでるのは本当のことだろ。それとも、あれも実験の内だとでも言うつもりかよ?」

ドリーが唾を飛ばしながらむきになって言い返すと、シンディーは真っ赤な顔にさらに湯気をたてて、思いっきり右手を後ろに振りかぶって、ポシッ、さらに左手も振りかぶって、ポシッ、と二回ドリーを引っぱたいて、くるりと背中を向けて前の方の空いている席に去って行った。ドリーの両頬は、ウールの上からも判る程、ピンク色に染まっていた。


 心の疾しい者は、二度否定するというから、恐らくはシンディーが妊娠しているというのは本当の事なのであろうが、私には不思議でならなかった。なぜ、ドリーばかりが人の秘密にこうも立ち入る事になるのか、将又、可能なのか? それは、意図的な結果なのか、将又、偶然の産物なのか? 私がその疑問を考えていると、それを読み取ったように、頬をバスのシートに撫でつけていたドリーが、困ったような顔をして、

「先生、おいら人の秘密が匂いで判るんだよ。」とぼそぼそと言った。

「匂いで?」

「そう。なんか、甘い匂いがするなあって思って行って見ると、シモンズさんが赤ちゃんの皮膚を洗濯挟みでつまんで、せっせとハリネズミをこさえてたりするんだ。人の秘密は甘美な味がするって言うだろ?」

「甘美な味がねえ・・・。」

 ドリーの話が真実だとしても、私にはそんな性分のドリーを、憐れんでやるべきなのかどうか、判断がつきかねるのだった。

 みなさんは、どう思われるだろうか? こんな羊があなたの住んでいる街にいるとしたら。そして、その羊は、札着きのおしゃべり羊なのだ。



読んで頂きありがとうございます。ゴールはすぐそこです。最後まで頑張りましょう。

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