ドリー
特別な感性を持った人以外には「何ソレ」という話しです。さて、貴方は?
話しをする犬がいるという話しを聞いたので会いに行く事にする。話しをする犬はそこいら中にいるという訳ではないし、私はそういう犬にはめっぽう目が無いのだ。
教えられた道を歩いていると道端の杭に繋がれた白犬が見えてきた。どうやらあれが話しをする犬かもしれない。少し近付くと向こうも私に気付いたようで、首を横着そうに回して私の方を見つめている。よくよく近付いて見るとその白犬はどこか様子がおかしく、犬のわりには少し毛が多すぎるようなのだ。
「メーーーー。」
「なんだ、羊じゃないか。」私が思わず声に出してそう言うと、その羊はなにやら不服を申し立てるようにぶつぶつと呟き始めた。
「メー・メー・メメー・メーメー・メ・メーメー・メー・メー・メメ・メー」
「わかった、わかった。私が悪かったよ。しかし、こんな道端にぽつんと羊が繋がれていれば誰だって意外に思うだろう。それに、私は他に探し物があるんでね。じゃ、失敬するよ、羊君。」私がそう言って立ち去ろうと背中を向けると、羊は尚のこと呟くのだった。
「メー・メー・メメー・メーメー・メ・メーメー・メー・メー・メメ・メー」
私は、その羊の呟きを背中に聞きながら、三歩歩いた所ではたと気が付いて立ち止まり、振返ってまじまじと件の羊を見つめてしまった。
もしや、この羊の鳴き方にはパターンがあって、モールス符号になっているのではないか? 私はそう気が付くと、今度は意識を集中して、羊の声に耳を傾けた。
「メー・メー・メメー・メーメー・メ・メーメー・メー・メー・メメ・メー」
しかし、私にはボーイスカウトの経験も軍隊にいた事もなかったので(今時、モールス符号などというものが必修科目になっているとは思えないが)、羊が何を言わんとしているかは皆目見当もつかなかったのだが、私は再びはたと疑念に捕われてしまった。
もしや、私のお目当ての話しをする犬君も、この羊君のようにモールス符号を介して話しをするのではあるまいな? だいいち、犬の声帯で人語を発っせられるもではあるまい。だとすれば、モールス符号を憶えてから出直して来る他はあるまい。私はそう思い立ち、来た道を引き返そうと、羊の前を通り過ぎ、三歩歩いた所で、叉候はたと気が付いて、羊に向き直った。
「いやいや、危うく騙されるところだったよ、羊君。一体、モールス符号を誰に習ったのか、人間に習ったに決まってるだろう。人語を介してだ。モールス符号を理解出来る知能があるのなら人語を介せない訳はあるまい。」私がそう断定すると羊君は、
「ふへ、ばれちゃった。」と悪びれる様子もなくにやりと笑うのだった。
「人をからかうものじゃない。だいたい君は最前、モールス符号で何と言っていたのだ?」
「てきとーに決まってんじゃんか、先生。羊がボーイスカウトに行く訳ないだろー。」この羊の言い種には心底腹が立ったが、羊相手に喧嘩するのも大人気ないと思い直し、
「馬鹿馬鹿しい。私は先を急ぐんで失敬するよ。」と相手にせずに行き過ぎようとすると、
「まっ、待ってよー、先生。少しくらいお話ししてったっていいじゃんかー。独りぼっちで寂しいんだからさー。」と甘えたような哀れな声で、メーメーと鳴くのだった。
「わかった、わかった。」私はそういうのに弱いのだ。
「しかし、これだけは言っておくが、人をからかうのは無しだ。いいね。」
「わっ、解ったよ、先生。」まるで犬のように、今にも尻尾を振らんばかりに、舌を出してハーハー言っている羊君を見ると、正直ずっこけたくなってしまった。
「で、私にどうしろというのだね?」
「先生、何処いくの? 探し物ってなに?」成程、最前私は相手が羊だと思って(話しをしない羊だ)そんな独り言(私としてはそのつもりだった)を喋ったような気がする。
「話しをする犬がいるという話しを聞いたので会いに行くところだよ。」私は仕方なく正直に答えたのだったが(それが人間の持っている美徳の一つであれば致し方もあるまい。)
「ふーん 。」と腕組みせんばかりに考え込む羊君を見るにつけ、嫌な予感が真夏の夕立ち雲のようにもくもくと膨らんでいくのだった。
「おもしろそうだね。おいらも連れて行って。」
「いやだ。」私は間髪入れずに答えてやった。
「なっ、なんでさー。なんでそんなにはっきり言うのさー。先生、おいらの事がきらいなの? そーなんだ。だからそんなにはっきりと言えるんだ。ひどいじゃないかー。おいらが何したって言うんだよー。」と羊君は、叉候哀れっぽい声でメーメー鳴くのだった。私はこういうのに弱いのた。
「わかった、わかった。連れて行けばいいんだろ。」
私がしぶしぶ彼の同行を了承すると、羊君は何事もなかったかのように、杭に掛けてあった引き綱を口でくわえてひょいとはずして、私に向き直って、
「うー。」と引き綱の先を持てとゼスチャーするのだった。
「君は繋がれていたんじゃなかったのか?」わたしが呆れ返って言うと、
「ひーはらはやふもっへよー。もっへふれはいほほひふははいんははら。」
「わかった、わかった。持てばいいんだろ。」
実のところ何を言っているのかは解らなかったが、仕方なく引き綱を持ってやると、
「真実が見た目通りとは限らないって事だね、先生。さあ、行こ。」と、この羊は、甚だかわいげのない事を言うのである。私は、彼を連れて人中を歩く事が、どんどん不安になってきた。私のお目当ての犬に会うには、バスに乗らなければならないのだった。
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