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第7話 母との別れ

ハヤテは両親を源氏に殺され家を焼かれました。それでも、平家の子イチノスケと行動をともにします。子どもの心は張り裂けそう。生きるために涙をこらえてここまで来ました。

朝が来た。

「おい、チビたち起きろ。朝飯前に出発だ」

親父さんの声がした。


そして、皆は荷物を背負った。

わたくしとハヤテはふたりで棒をかついだ。

棒には布で包んだ荷物がある。

これがとっても重くて肩が痛くなった。

ちょっと生臭い匂いがする。

これを運ぶとご飯が貰えるのだからがんばろう。


歩いて歩いて歩き疲れてお腹が空いたころ、東の方にたくさんの人が見えた。


「ここは? 何なの?」

ハヤテに聞いた。

「……さあ、わからん」


そこは人であふれていた。

煙があちこちで上がり、いい匂いがしている。

この匂いは‥‥‥焼き魚? それと雑炊?


鎧兜よろいかぶとを脱いだ男たちが、あちらこちらで魚の串を頬張っている。

大声で話し、笑っている。


少し行くと、干された衣が風にひるがえっていた。

懐かしい!

色とりどりの女の衣だ!


夢かな?


紅、青、紫の衣が帳のように風になびいている。

少し前の仮御所のようだ。

でも、違うのは……その周りに張りめぐらされている源氏の白い旗だ。

笹とリンドウの紋がついている。


女の衣は竹竿に干されている。


ああ、戦いのときに海の水で濡れてしまったから、ここで干しているんだ。

ということは、平家の女たちが生きているのかもしれない!

お母様や侍女の伊勢や姫たちがいるのかも。

千姫・福姫がいるのかもしれないんだ。

女はひどいめにあわされると言われていたが、どうなんだろう。



「源氏のお仲間か? 食べて行きなされ」

親父さんが腰を下ろしたので、男たちも座った。

わたくしは運んでいた荷物を地面に置いた。

男たちも鎧やら刀やら槍やらをまとめて置いた。


「おい、ちびすけ。貰ってこい」


ハヤテが駆けだした。

ハヤテが後ろを向いて手招きするので、わたくしもついて行った。


「おいらたちは荷運びだから、こういうときは動かなきゃ」

「わかった」


いい匂いがしていた。

魚の串焼きが並んでいた。

尻尾は燃えて煙を出していた。


「よさそうなの、持って行きな」

真っ黒に日焼けしたおじさんだった。

ハヤテと同じように髪の毛は茶色だった。


ハヤテが耳に口を寄せた。

「あの人、どこかで会ったことある。漁師のおじさんだよ。この辺りのね」

「……そう。でも、源氏のお仲間なんだね」

「おい、今はおいらたちも源氏のお仲間だぞ。イチ、いいな?」

「うん」


ハヤテは漁師のおじさんに聞いた。

「お代は?」

「いいんだ。大将からたんまり貰ってる」


ハヤテは焼けた串を両手にたくさん持った。

「イチノスケも持て」

わたくしも串を持とうとした。

「熱い!」

「ははっ。それは熱いよ。火から離れた冷めたのを持つんだよ。ええっと、これとこれ」

ハヤテは冷めた串をわたくしに渡して、熱い串を手に取った。

「ハヤテは本当にすごい。見ただけで、串が熱いかどうかがわかるなんてびっくりだよ」

「ははっ。イチノスケはかわいいな」

ハヤテが目を細めた。


ほっとした。

ハヤテがまだ怒ってるかと思ったから。

だって、ハヤテの父上母上が亡くなったのは、平家のせいだから。

……もう、怒ってないんだ。


「親父さーん、もらってきたよ」

「……どうぞ、召し上がれ」


足りない分を何度か行ったり来たりして、みんなに渡した。

おじさんたちは、美味しそうに魚を食べている。

……驚いたことに、みんなは、魚の頭も皮も食べるんだ。


焼き魚といえば……大皿に載せられて運ばれ、毒見が皮をはずし一口食べる。

苦しまず、吐き出さず、大丈夫だと思っでも、まだまだだ。

侍女が身をほぐし、骨を抜き、別皿に取り分ける。

魚はそうやって食べるものだと思っていた。


「おめえらも食え」

親父さんが言う。

ふたりで、もう一度貰いに行った。

もう小さい魚しか残ってなかったけど、十分だ。

1本ずつ串を取った。


「イチノスケ、焼き魚食える?」

「多分……」


ハヤテが親父さんの後ろに座った。

わたくしも隣に座った。


ハヤテが一口かじった。

見守った。

苦しまず吐き出さず、大丈夫そうだ。

「大丈夫だ。おめえも食え」

わたくしは魚を見つめた。


……どうやってどこから食べるの?

……怖い。

この程度の毒見では、伊勢は許さないだろう。

伊勢は侍女のくせに「毒はどこに潜ませてあるかわかりませんよ」などと偉そうに言っていた。

……魚のどこに毒があるんだろう。


「わかったよ。こっちを食え」

ハヤテは自分がかじった魚を差し出した。

「……ありがと」

交換した。

これなら伊勢も納得してくれるだろう。こんなに食べても平気なんだから大丈夫だ。


「皮も食べられるんだね。あああああ! 骨がある。骨って硬いんだね」

ハヤテがにこにこして見ている。

「イチノスケって、骨も知らないのか?」

「うん」

「やっぱり、……かわいい」

ふたりで笑った。



「さあ、行くぞ」

おやじさんの声かけで3人の男たちが立ち上がった。


「おやじさんはこれから義経様と話すんだ」

「おい、チビすけ、荷物を貸せ」


これまで運んでいた荷物を持ってきた。

親父さんと3人の男たちはその荷物を持ち、ひときわ大きい白い帳のその奥に入って行った。

「あの奥に源氏の義経様がいるんだ」

「殿の戦の功績を伝え、恩賞をもらうだ。大事な時だ」

残った男たちは何も言わず目を閉じた。


ハヤテはといえば、魚だけじゃなく粥の鍋にも立ち寄り話をしている。

子どもとも話をしていた。

その子は源氏方の侍の子のようで、刀を差していた。


ハヤテがかけてきた。

「あの小屋に、誰がいると思う?」

「え?」

「あの小屋だよ」

ハヤテが指さした。


その小屋の前には強そうな侍が2人、槍を持って立っていた。

「あそこには、ケンレイモンイントクコさまがいるんだって」

「えええええええええええ!?」

「知ってるの?」

わたくしは、深く息を吸った。

ハヤテの耳にぴったりと口をつけて囁いた。

「……お母さまだ。建礼門院徳子」

「会いたい?」

「会いたいけど、きっとわたくしは捕らえられて殺される」


 そのとき、小屋から一人の源氏の侍が、女の手を引いて出てきた。

男の髭は長く伸びていた。きっと屋島の合戦にもいた昔からのお侍なのだろう。


「皆の者、この女を貰い受けた。鎌倉へ連れて帰りますぞ。嫁にする」

「おお。それはよい」

男たちは手を打って笑った。


女は女官だった。あおいだ。

葵は作り笑いをしていた。


「鎌倉は遠いぞ。長い船旅になる」

「嫁ご! 東男は気が短い。覚悟しろよ」

男たちは機嫌よく笑った。


「ほうら、麗しき平家の姫だ。よおく見てくれ」

男は葵と肩を組んで、知り合いであろう侍たちに見せて回っていた。


その時だった。

「そのようなことはさせぬ!」

叫びと共に、男が駆け出してきた。

刀がひらめいた。血が飛んだ。

髭の侍も葵も、倒れた。


わたくしは思わず飛び出してしまった。

「うわあ」


斬りつけた男が葵の体を抱きかかえ、すすり泣いていた。

男は見覚えのある平家の侍だった。この中に紛れていたんだ。

「極楽浄土で、また会いましょう」

そう言って、葵は動かなくなった。


わたくしは立ちすくんでしまった。

「うわあ」


すぐに、男は捕らえられた。

「そいつは誰だ。平家の者ではないか」

「平家の印のついた刀だ」

「上様に知らせろ」

源氏の侍たちは怒り狂い、乱暴に揺さぶりながら男を義経様のところに連れて行った。


帳の中から大きな声が響いた。

「殺してしまえ。平家の落人を、一人残らず召し取るべし!」


「殺せ殺せ!」

「許してはならない」

「斬首だ」

「見せしめにしろ」


男は引きずり出され

波打ち際まで引きずられた。


「子どもは見るな!」

知らない大人が腕をつかんだ。


小屋から女たちが出て来た。

女たちはこれまで垂らしていた自慢の長い髪を編んでいた。

衣装もみすぼらしいものだった。

波打ち際で平家の侍の首が斬られるのを見せられるのだ。


しばらくすると、女たちは叫んだ。


「いやあああああああああ」

「極楽浄土へ……」

「なむあみだぶつなみあいだぶつ」


怒りではない。

悲しみだ。


わたくしは知らない大人の胸に顔をうずめて、耳を覆った。

女たちの声を聞きたくなかった。

 

知らない大人は侍だった。

身なりの良い侍だった。

烏帽子をかぶっていた。


「ところで、おまえは誰だ?」と聞かれた。

ハヤテが駆けてきて何か言おうとした。

「お前ではない。こちらの色白でふくよかな童は、誰かと問うておる」


わたくしは、うつむいたまま答えた。

「親父さんの荷運びの手伝いをしております。源氏のお仲間です。……名はハヤテです」

嘘をついた。


そのとき、女たちが浜から泣きながら帰ってきた。

干された衣の間をすり抜ける時、わたくしを何人かが見た。


 「その子……」


 声が漏れた。

 烏帽子の侍が女に問うた。


「知っているのか?」


 「い、いえ! 知りません」


 「知りませぬ」

 「見たこともございません」


 女たちは一斉に、首を振った。

一緒に長い旅をしてきた平家の女たち。

大納言の娘に、妹たちに、下働きのさよもいた。

みんな、みんな、わたくしの家族のような人たち。


その時、小屋の扉が開いた。

お母様が姿を見せた。

びっくりした。

化粧もせず、髪を後ろにしばり、手と足に綱が結んであった。


「憎き源氏方の子でしょ。石を……石をお投げ!」


千姫が、小石を拾って、わたくしに向かって投げた。

続けて、もうひとつ。

そして、幾つもの小石が飛んできた。


……千姫。ついこないだまで一緒に遊んでいた。

すごろくの好きな千姫。

母はちがうが……妹。

あちらでは、福姫がこちらを見ている。


烏帽子の侍が「ふん」と鼻を鳴らした。


――助かった。

女たちは興味ないそぶりで小屋に入って行った。


助かった。

平家の者だとわかったら殺されていた。

ましてや、あの建礼門院の子、帝だとわかったらどんな目にあうかわからない。


でも、侍女の伊勢はいなかった。

もう、死んでしまったのか。


石の当たった額が痛かった。

「行くぞ。ちびすけ」

親父さんがいた。

荷物は減っていた。

先ほどまでとは違う荷物を背負った。


「この場所はみもすそ川というらしい。そのいわれは、またおいおいに話してやる」


親父さんが妙に急かしてきた。

「早くしろ。行くぞ」


……さようならお母様、姫たち、侍女たち。

もう会うことはないだろうが……どうぞ、お達者で……


一歩を踏み出したとき、涙がこぼれた。

「泣かないぞ。泣かないぞ」

心の中で何度もつぶやいた。


母と子だとわかったら、わたくしはきっと殺される。そんなぎりぎりの状況を書きました。みもすそ川という地名は本当にあります。関門海峡、対岸の九州が見えるところです。海で入水自殺を図った平家の標語たちですが、潮に乗って流れ着いたところ。色とりどりの裳裾もすそが打ち上げられ、それはそれは美しくも悲しい景色だったそうです。

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