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第4話  男はイチノスケに矢を放った

源平合戦、壇ノ浦の戦いで祖母二位の尼に抱かれて関門海峡に沈んだと思われていた安徳天皇が、じつは生きていた!源氏の落人狩りは凄まじく平家の生き残りを探索していく。そんな中で出会った漁師の少年ハヤテとともに自分の生き方を探る安徳天皇こと一之介。平家再興を願う人や名を捨てて潜んで生きよという人など、いろいろな人と出会う。時には引きこもり、時には勇気を出し、青景の地で生きていく話。でも、育ててくれた祖母や侍女伊勢の言葉に縛られてしまうのが悩み。

源平合戦で死んだと思われている安徳天皇、実は生き残って隠れています!平家再興?紛れて生きる?さあ、どっちだ?


岩陰から、人影がのぞいた。

それは、弓を構えた男だった。

衣はくすんだ色で、足元には破れた草鞋。背には矢筒。顔にはひげが伸び放題で、目だけがぎらぎらと光っていた。

「おい、こら。そこで何してやがる!」


ハヤテがわたくしを背にかばう。

「こ、この子はただの漂流者だ! 戦から逃げてきただけだ! おらもだ!」

 男はゆっくりと弓をおろし、ふたりに近づいてきた。


「戦が終わって、ようやく静かになったと思ったら……こんなところに小童がふたりとはな」


近づく男の息は、臭かった。

何の匂い?

ああ、お酒だ。

おじさんたちが宴を張ってお酒を飲んでいた。

次の日にはきまってこの匂いがした。


「なにか持っとるか? 金か、干し飯でもええ。……おまえら、命が惜しけりゃ、差し出せ」

ハヤテは唇を噛んだ。


「自分には、何もない。ただ、舟と命だけだ」

「本当だろうな。……それはなんだ。怪しい膨らみがある」

男がハヤテの懐に手を入れた。

「なにをする!」

ハヤテは体をよじったが、大人には勝てない。

「なんだこれは? ほお、おまえは嘘つきか?」

それは、お侍にもらった小袋だった。

男は紐をほどいた。


「か……金じゃねえか。こんなにたくさん。すげぇぞ。……おまえ、この金を盗んだんか? とんでもねえやつだ。これは、懲らしめてやらんといかんな。こっちの白いぽっちゃり童に、正義の一撃を」


男がわたくしに近づく。

ハヤテの背中で、後ずさりした。

一歩、また一歩、男は目と口を大きく開けて、臭い息を吐き出している。


ジャリ、ジャリ


近づくたびに小石のこすれる音が響く。

男は矢筒から一本の矢を取り出した。

そして、その矢じりをわたくしに向けて、弓を引こうとした。

なんということ!


 ……逃げようにも、もう足は震えている。

 ――ああああ、もう!!


息を思い切り吸い込んだ。


 「やめて!」


 小さな声が出せた。

 わたくしは、ハヤテの背から一歩前に出た。


「この人は、わたくしを助けてくれた。わたくしには、何もない。でも……それでも、わたくしは、命だけは渡さない。ええと、それは……盗んだんじゃない。それはお侍さんがくれたんだ。……できればだが、返していただけないだろうか」


声は震えてしまった。 伊勢の言葉を思い出した。

「話をするときは、しっかり相手を見るのですよ」

だから、改めて男をじっと見た。


男は鼻を鳴らし、矢を放った。

ビュン

矢はわたくしの頭をかすめていった。


「ちっ、くだらねえ」


男は小袋を懐に入れた。

そして、弓を肩にかけると、踵を返した。

 「今度見つけたら、殺すぞ。――ここは、落人狩りが出る。気ィつけるんだな、小童ども」

その言葉を残し、男は岩陰へと姿を消した。




 しばらく、わたくしたちは声も出せなかった。

 「……すげえな、おまえ」


 やがて、ハヤテがぽつりと言った。

 「おいら、震えて声も出せなかったのに……」


 わたくしは、そっとうなずいた。

 「怖かったよ。でも……今は、怖くない。ハヤテがいてくれるから」

 「……名前、教えてくれる?」

 「……イチノミヤ。そう、呼ばれてた。でも、もうその名は捨てた」

 ハヤテは、にっと笑った。


「おらはハヤテ。昨日、教えたよな。風のように速く、って親父がつけた。……おまえのこと、何て呼んだらいい?」

「うーん」

「イチノミヤって名を捨てたんだろ? じゃあ、イチノスケはどうかなあ。イッチって呼んでもいい?」


 わたくしたちは見つめあい、うなずいた。

 東の空が、少しずつ明るくなってきていた。


「さあ、腹が減ったな、イッチ。飯が食いてぇ」

わたくしは男が放った矢を拾った。


平家の印がついていた。


いかがでしたでしょうか。

まだまだ修行中の作者です。

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