第3話 平家の忠臣の遺言
源平合戦、壇ノ浦の戦いで祖母二位の尼に抱かれて関門海峡に沈んだと思われていた安徳天皇が、じつは生きていた!源氏の落人狩りは凄まじく平家の生き残りを探索していく。そんな中で出会った漁師の少年ハヤテとともに自分の生き方を探る安徳天皇ことイチノスケ。平家再興を願う人や名を捨てて潜んで生きよという人など、いろいろな人と出会う。時には引きこもり、時には勇気を出し、青景の地で生きていく話。でも、育ててくれた祖母や侍女伊勢の言葉に縛られてしまうのが悩み。
源平合戦で死んだと思われている安徳天皇、実は生き残って隠れています!平家再興?紛れて生きる?さあ、どっちだ?
東の空が白んできた。闇との境目が青くなる。
……朝が来たんだ。
潮の流れに乗って、小さな舟が近づいてきた。
帆もなく、棹もなく、ただ波に流されるだけの小舟。
チャポン……チャポン……
船べりに波の当たる音がする。
やがてハヤテも目覚めた。
小舟を見ると身構えた。
「おい! 誰かいるのか?」
ハヤテは錨をあげる。
錨をつなぐ長い綱をひょいひょいと輪にしていく。
そして、櫂をにぎるとすうっと舟をすべらせた。
舟が衝突しないように、そっと舟の横に漕ぎつける。
そして、小舟をつかんだんだ。
ハヤテの舟を操る腕が見事すぎる。
「……すっごいね」
ハヤテはにかっと笑った。
ふたりで舟の中を覗きこむと、そこには誰かがいた。
――お侍だ。
これは、平家の鎧。背中には白い幟
腹に矢が刺さり、肩で息をしていた。
船底には血が溜まって黒くなっている。
侍は血走った目を見開いた。
「なんと……こなたは……帝……さま?」
わたくしは頷いた。
「まだ生きていたんだね。
みんな死んじゃったと思っていたよ」
男は、震える手で懐から何かを取り出した。短刀だった。
「帝さま……我ら平家は滅びませぬぞ……先だっては四宮様が即位されましたが、真の帝は、あなたさま……いつか、再び……」
……ごぼっ……
お侍の口から血が湧きあがった。
びっくりした。泣きたくなった。
ハヤテの後ろに隠れた。
「……そなたに頼みがある‥‥我の最後の願いじゃ……」
ハヤテが侍の口に耳を近づけた。
「……み……帝をお守りしてほしい……あの通り、まだ幼い帝じゃ……まだまだ助けが必要じゃ。
我が身につけておるものは……すべておぬしにやろう
……帝をお守りして……共に……共に……平家再興を……目指して……くれぬか」
時間をかけてお侍はこれだけの言葉をハヤテに伝えた。
そして、侍は大きく目を見開いたまま、動かなくなった。
その手は短刀を差し出したまま。
ああ、お侍が……
わたくしは、人が間近で死ぬのを初めて見た。
体がぶるぶる震えた。
ハヤテが指を一本ずつ開いて短刀を受け取った。
そして、侍の目を閉じてやった。
「……なあ……おまえに受け取って欲しかったんじゃないかな」
ハヤテが短刀を差し出した。
わたくしは、そんな怖いものは欲しくない。
「……ハヤテが持っていて……」
そうして、ハヤテは細い帯に短刀を差した。
怖かったわけはもう一つある。
ハヤテがわたくしのことを、帝だと知ってしまったこと……
空の端が、薄紫色に染まり、橙色のお日様が顔を出しそうだ。
波は静まり、風も凪いでいた。
ぼんやりとした朝靄の中に、源氏のお船の白い旗が見える。
紅い旗は……ひとつも見えない。
ハヤテはお侍の懐から小袋をとり、押し戴いた。
「ありがとうよ、お侍様、これでこいつを守るよ。安心して極楽にいっとくれ」
そして勢いよく小舟を沖に押し出した。
わたくしは遠ざかる小舟に手を合わせ見送った。
ハヤテは慎重に櫂を動かした。
舟はきしむこともなく、ゆっくりと岸辺に近づいていく。
そこは、小さな入り江だった。
岩と松に囲まれ、人の気配はなかった。
「ここなら、しばらく隠れられる……たぶん」
舟が砂に乗り上げると、ハヤテは素早く降り、わたくしに手を差し伸べた。
その手の皮はごつごつとして、硬かった。
濡れた足が、初めて陸の上に立つ。
自分の足で立つ。
……それも、はだしで……
誰も見守ってくれる人はいない。
おばあちゃまもお母様も、侍女たちも姫たちもいない。
褒め言葉もない。
なんだか、変な気分だった。
つまり、何をしても良いのか?
大人に許しを得ないで、何をしても良いのか?
不思議な気分だ。
「よう、陸の味はどうだ?」
「……不思議な気分……うまく言えないけど」
「そうか」
ハヤテが笑う。
けれどその笑みも、次の瞬間に凍りついた。
――がさっ。
いかがでしたでしょうか。
まだまだ修行中の作者です。
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