18話 キノコ狩りで……
源平合戦、壇ノ浦の戦いで祖母二位の尼に抱かれて関門海峡に沈んだと言われていた安徳天皇が、じつは生きていた!源氏の落人狩りは凄まじく平家の生き残りを探索していく。命を助けてくれた漁師の少年ハヤテとともに生きていく。平家再興を願う人や「を捨てて潜んで生きよ」という人など、いろいろな人と出会う。でも、育ててくれた侍女伊勢の言葉に縛られてしまうのが悩み。源平合戦で死んだと思われている安徳天皇、実は生き残って隠れています!「逃げ上手の若君」目指しています。
わたくしはイチノスケ。
去年までは安徳天皇と呼ばれていた。
今は青景の地で、親父さんやじいさまたちと地頭屋敷で暮らしている。
今日は水汲みと牛の世話を終えたら
きのこ採りにつれて言ってやるとじいさまが言ってくれた。
わたくしは嬉しくて、粟のご飯を鼻もつままずに飲み込んだ。
ハヤテもノリも竹かごをしょって張り切っている。
山道をたくさん歩いた。
山では鳥のさえずりが心地よい。
体が痛いと言いつつも、じいさまは先をどんどん歩く。
さまざまなきのこが顔を出している。
茶、白、丸いもの、細いもの
――冬の間、毎日同じ粟の粥や雑炊を食べていたわたくしは
美味しさに飢えていた。
「じいさま、これは食べられるの?」
わたくしが、黄色いきのこを獲って見せた。
「ああ、それはうまいぞ」
「じいさま!これは?」
かさが網のような面白い形のきのこだ。
「ああ、それもうまい。おまえたち、紅い炎のような形のきのこは触ってはいけない。
カエンダケ、やけどするぞ」
……紅いキノコはダメ!
くっ! 平家の色じゃないか。
「今日の雑炊は、きっと美味しいね」
ノリが目を合わせてにっこりした。
「そうだね」
……ああ、美味しいものが食べたい!
京の暮らし、屋島での暮らし、彦島での暮らし、
そして船での暮らし
どれもみんなそれぞれ大変だったけれど
食事はわたくしの好みのものだった。
もちろん、毒見で冷めてしまっていたけれど。
「じいさま、これは?」
ハヤテが差し出す。
じいさまが眉をひそめて近寄る。
「これはいかん。傘の裏が赤いじゃろ。毒じゃ毒」
その声は、いつになく厳しかった。
ハヤテはすぐにその毒キノコを捨てた。
毒キノコと食べられるキノコを見分けること。
それは、生きるための知恵だ。
今日の夕ご飯が美味しくなるかどうか
ここでのがんばりにかかっている。
茶色のぬるぬるするキノコはナメコだ。
かさのひらいた茶色の者はチャナバ。
シイタケもわかる。
じいさまは、体が痛むといい帰ってしまった。
昼下がりの山の中、ハヤテとノリもそれぞれ探している。
わたくしはキノコを探して、いつの間にかみんなと少し離れてしまったようだ。
ふと、カツン、と鋭い音がした。
その瞬間、背後の木に、矢が一本、突き刺さった。
ふりかえると1頭の鹿が逃げていくところだった。
「逃げろ、イチ!」
ハヤテの叫びが、山に響いた。
振り返ると、木の陰から人影がにじみ出てくる。
草をかき分け、現れたその男の顔を、イチノスケは知っていた。
――その名を、幼き日あの日、幾度も聞かされた。
「……悪七景清! 」
間違いない。
「……悪七景清殿! わたくし、屋島で会いました。あの……」
沈黙の中、男は、重い口を開いた。
「そなたはもしや天子様?!……おお、おお、生きておられたのか。……某の事は知らぬことにしてくだされ。ただの逃げる者じゃ」
わたくしはハヤテとノリを紹介した。
「わたくしの大事な人です。ハヤテとノリ」
景清はうんうんとうなづき、微笑んだ。
その姿は、鎧をまとった勇将ではなかった。
髪は乱れ、衣は破れ、かつての武勲のかけらもない。
屋島での英雄悪七景清――
見事な弓で見る者をうならせた。
今の姿は、落ちぶれたといえばそうなのだろう。
でも、あの大変な冬を生き延びた
すごい人だと思った。
景清の案内で、大木の洞へと身を寄せた。
空洞の中は、意外にもあたたかく、地面にわらが敷かれていた。
ハヤテがとったキノコと、景清が採った山の芋で、汁が炊かれた。
ほのかに漂うキノコの香りに、わたくしのおなかはぐぅと鳴る。
「こんどは鹿かイノシシの鍋を食わせてやろう」
景清おじさんが言った。
「久しぶりに人と話せて嬉しいよ。人と言ってもただの人じゃない、天子さ……」
これ以上はノリに聞かせたくなかったので、おじさんの口にしーっと指を立てた。
一口すすった。
「美味しい。きのこって最高だ」
てづくりの箸を手渡された。
ノリがそれを見て目を輝かせた。
「すごいです! よくできています!」
景清はそれもまた嬉しそうで、「みんなに箸をあげよう」と枝を削り始めた。
景清は、手を動かしながら話した。
「ああ。毒キノコと言えば、京でも毒で殺された公家がいたな。食うことも、生きることも……命がけなんじゃ」
わたくしは、膝に置いた両手を見つめた。
平家のお味方は、今どのくらい生きているのだろう。
じいさまのように怪我をしても治った人もいる。
あの日、小舟で死んだ侍もいた。
「……命って、大事」
景清が静かにうなずく。
「かつて、わしらは刀で命を奪う側におった。
だが、今は……ただ、一日でも長く生きるために、逃げるだけじゃ」
わたくしも同じ。
みつからないように隠れて生きている。
キノコの香りと枯葉のの湿った匂い。
ハヤテが立ち上がった。
「帰らなきゃ!」
「そうだな」
景清おじさんは、わたしたちが帰るのが寂しいようだ。
帰ったら、じいさまに相談だ。
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