第1話 追放された騎士の名は
どうしてこうなったと考えている暇なんてなかった。
ただ言えるのは俺の人生はもう後戻りができないということだ。
これから俺は断罪の門を潜り抜け未踏領域の地に踏み入れるのだろうから、この呪われた篭手と共に。
「かの追放者に試練を与えよ! さもなくば死を与えよ! 永久の地で眠りにつくが良い!」
酷い有り様だ。王の言葉には失望よりももっと大きいなにかを感じる。それもそうか、王国の大切な聖なる篭手が外れなくなってしまったのだから。
俺の左手首に装着された聖なる篭手になぜか呪われた俺はもうどうすることもできなかった。
「良いか! 皆の者! ここからはより一段と他言無用とする! 違反した者の末路は理解しておろう?」
ハハ。俺もこうなるんだったら試しに来たりするんじゃなかったな。俺の名前が意味深過ぎてもう嫌な気分だよ、全く。
「オホン! では……これよりかの追放者を異界の地に送ろうぞ! さぁ! 断罪の門を潜らせよ! かの追放者を!」
しつこいな。俺にも名前がある。できればそっちで呼んで欲しい限りだ。とはいえもうお別れか。なんの一言も許されないなんて余りに酷い現状だ。
気付けば俺より格下の兵士が見下げた態度で近付いてき今にも持っている槍が背中を突っついてきそうだった。ぐ。俺だってやり直せるならやり直したいのに。
でももう無理だと諦め歩き始めた。誰にもなにも告げれぬまま勝手に開く断罪の門から明るい光が溢れ出していた。これが俺の唯一の希望だなんて信じたくもない。
なによりも信じたくないことは聖なる篭手が外れなかった他に魔法剣が出現しなかったことだ。なんでも正常に選ばれていれば魔法剣は出現していたはずだった。なのに。
「待たれよ! かの追放者よ!」
王の気紛れか。呼び名が変わっていないところをみればまだ許されてはいないらしい。足を止めつつしみじみと思っていた。
「最後に……お主の名を聴いておこう。追放された騎士の名は?」
ハハ。やはり俺の名は覚えられていないらしい。あれだけ持て囃されたときに覚えられたとてっきり思ってしまったのが運の尽きか。
ここはもう潔く教えておこう、また戻ってきたときに名が忘れられていなければいいのだが。そうだな。俺の名は。
「ゼルク……です。ゼルク」
く。ごめん、父さん母さん、こんな俺で。まさか聖なる篭手が引き抜けなくなることで名誉に傷がつくなんて思いもしなかった。
しかも許して貰える期待は薄い。もうこうなったら俺は異界の地でも生きながらえるしかない。どうやって? ハハ。俺は騎士だぞ? 剣もないのにどうしたらいいんだ。
肝心の剣は地位と名誉と共に失った。奪われた代償が大き過ぎることに誰か異論を唱えて欲しい。
「そうか。ゼルクか。……今すぐに楽にしてやりたいが聖なる篭手を穢す訳にもいかんのでな。すまんが自力でなんとかしてくれ。もしお主が本物の勇者ならばきっと天命は自ずと傾くはずじゃ」
そうだ。まだ諦めるな。俺には幼馴染みとの約束があるんだ、一緒に魔王討伐をしに行くという約束が。けっして軽はずみでこうなった訳でもない。それに篭手さえ呼応させられればこっちのもんなんだ。諦めるな、俺。
「ではゼルクよ。達者でな」
ようやく俺の名を覚えてくれた。本当は心優しい王なんだな。でも俺が不甲斐ないばかりにこの王国を不遇にしてしまった。もうこうなった以上は責任を負ってまた歩いて進むしかない。
こうして重たい一歩を前に出してみて初めて命の重たさも分かる。こんなにも辛い旅立ちがあっていいのだろうか。これが俺の人生で一番の分岐点だ。
もし運命をやり直してもきっと俺は幼馴染みのためにこの道を歩み続けるだろう。たとえ王が俺を忘れても仲間は生きた証を残し続けてくれるはずだ。そのときのために俺は頑張ろうと思う。
こうして自動で開かれた門についに足を踏み入れた俺は立ち止まることもなくただ真っ直ぐ突き進んでいた。まるで門より先は外なのかと思えるくらいに明るく思わず顔の上に右腕を被せ影を落とさせた。
そのまま歩いて出たとほぼ同時に断罪の門は閉じ始めた。外の明かりに慣れたと感じた俺は腕を下げさせ外の景色を目に焼き付けようとした。
ここからだ。ここから先は異界の地であり元の辺境の地ではない。断罪の門は魔法の力で別の場所に移動できるようにしている。つまりだ。元に戻るには断罪の門を開かなければいけない。
今はできないのだから諦めるにしても定期的に開く日もくるだろう。なぜなら肝心の篭手がこっちにあるのだから。あちらも血眼になって探してくるだろうに。
それまで俺は諦めない。俺はいずれこの篭手を開花させて魔法剣を手に入れて見せる。王の言ったとおり絶対にこれは俺への試練だ。俺が乗り越えなければ意味はない。
ならこうしてはいられない。今の俺にできることは水の確保が最優先だ。幸いなことに必要最低限の設備は整っている。どうやら避難所として造られていたは間違いではないらしい。
こうして俺は来たこともない未開の地で生活することになった。果たして剣もない俺に過酷な野宿生活ができるのだろうか。それは自信に満ちた俺ですら分からないことだった。