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第7話: 「雨の日は想定外!?」

 梅雨の季節、じめじめとした空気が街を包む6月のある日。泉澄月は朝からぼんやりとした気分で目覚めた。


「今日は雨か……」


 窓の外を見ると、灰色の空から細かな雨粒が降り注いでいる。澄月は大きく伸びをしてから、リビングへ向かった。


 そこには既に天羽柚香の姿があった。彼女は珍しく窓際に立ち、雨に濡れる街並みを眺めている。


「おはよう、天羽さん。珍しいね、こんな早くに起きてるなんて」


 柚香は澄月の声に振り返った。


「おはよう……なんだか雨の音で目が覚めた……」


 彼女の表情には、どこか物思いに耽るような雰囲気が漂っていた。


「雨の日って、なんだか不思議な気分になる……」


 澄月は柚香の横に立ち、一緒に窓の外を眺めた。


「そうだね。でも、雨にも良いところはあるよ。植物が喜んでるし、空気もきれいになる」


 柚香は少し驚いたような顔で澄月を見た。


「そんな風に考えたことなかった……」


 朝食を終え、二人は学校へ向かう準備を始めた。


「あれ? 傘がない」


 玄関で澄月が困った顔をする。


「僕の傘、どこにいったんだろう」


 柚香は自分の傘を手に取りながら言った。


「私の傘だえで十分……。一緒に入ればいい……」


 その言葉に、澄月の顔が赤くなる。


「え? で、でも……」


「それが科学的にもっとも美しい解……」


 柚香のいつもの発言に、澄月は苦笑いを浮かべた。


 雨の中を歩く二人。小さな傘の下で、否応なく体が密着する。


「ご、ごめん。狭くて」


 澄月が謝ると、柚香は首を傾げた。


「別に気にしてない……。それより、人間の体温って面白い……。こうして近くにいると、熱伝導の様子がよくわかる……」


 相変わらずの科学的思考に、澄月は笑いそうになるのを必死に堪えた。


 突然、強い風が吹き、傘が反転してしまう。


 激しい雨が降り注ぐ中、泉澄月と天羽柚香の二人は小さな傘の下で歩いていた。突然、強い風が吹き、傘が反転してしまう。


「きゃっ!」


 転びそうになった柚香の声が聞こえた瞬間、澄月の体が反射的に動いた。彼は咄嗟に柚香の体を抱き寄せ、自分の体を盾にするように回転しながら倒れた。


 二人の体が地面に叩きつけられる。冷たい雨水が跳ね、澄月の背中に痛みが走る。しかし、彼の腕の中では柚香の体が守られていた。


 雨粒が二人の顔に容赦なく降り注ぐ。澄月の髪から雫が伝い落ち、柚香の頬を濡らす。彼らの息遣いが白い霧となって立ち昇る。


 澄月は柚香を腕に抱えたまま、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。彼の茶色の瞳に、柚香の姿が映り込んでいる。


「大丈夫? 天羽さん?」


 澄月の声には、明らかな動揺と心配が滲んでいた。彼の腕の中で、柚香はゆっくりと目を開けた。


柚香の黒髪が雨に濡れて顔に張り付き、その大きな瞳には混乱の色が浮かんでいた。彼女の唇が小さく開き、震える声で答える。


「ん……大丈夫……みたい……」


 二人の体が密着したまま、互いの鼓動が伝わってくる。澄月の胸の内で、心臓が激しく脈打っているのが感じられた。


 柚香の頬が、雨のせいだけではない赤みを帯び始める。彼女の目が澄月の顔をじっと見つめ、そこには普段見せない感情の揺らぎが浮かんでいた。


 周囲の喧騒も、降り注ぐ雨音も、二人の耳には遠くなっていく。時間が止まったかのような瞬間が流れる。


 澄月は、自分の体の下で守られている柚香の姿に、不思議な高揚感を覚えていた。柚香もまた、初めて経験する近さと温もりに、科学では説明できない感覚を抱いていた。


 心配そうに尋ねる澄月。柚香は少し呆然としていたが、すぐに我に返った。


「平気なんだけど……でも……」


「でも?」


「今、私の心拍数、異常に上がってる……。なぜだろう……」


 柚香の真剣な眼差しに、澄月は言葉を失う。二人の視線が絡み合う。雨の音だけが、静かに周りを包んでいた。


「あの、その……」


 澄月が何か言おうとした瞬間、通りがかりの人の声が聞こえた。


「きみたち、大丈夫?」


 我に返った二人は、慌てて立ち上がる。


「す、すみません! 大丈夫です」


 澄月が慌てて謝ると、柚香はじっと自分の胸に手を当てていた。


「やっぱり、心拍数が……興味深い……」


 そんな柚香を見て、澄月の胸も高鳴っているのを感じた。


 ずぶ濡れになった二人は、仕方なく家に引き返すことにした。


「着替えないとね」


 マンションに戻り、澄月は自分の部屋に向かおうとした。


「あの、泉くん……」


 柚香の声に振り返る。


「どうしたの?」


「さっきの……あれは何だったの……」


 真剣な眼差しで問う柚香に、澄月は言葉に詰まる。


「それは……たぶん……」


 澄月の言葉が途切れる中、柚香がゆっくりと近づいてきた。


「もう一度、確かめても……いい?」


 柚香の言葉に、澄月の心臓が大きく跳ねた。


「いや、あれはそういうんじゃないから!」


 澄月が慌ててよく意味のわからない否定をする。

 雨の音が静かに響く部屋の中で、二人の距離がゆっくりと縮まっていく。


 この偶然の出来事が、二人の関係にどんな変化をもたらすのか。それは、まだ誰にもわからない。


 ただ、雨の日の密着が、二人の心に確かな温もりを残したことは間違いなかった。


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