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第4話:「成長期の方程式は不定解」

 朝の光が差し込む部屋で、泉澄月は慌ただしく身支度を整えていた。


「天羽さん、急いでください! もう学校に遅刻しちゃいますよ」


 澄月の焦った声に、天羽柚香はゆっくりと顔を上げた。


「学校? あぁ、そうだった」


 柚香は無造作に制服を手に取り、着替え始めた。なんの躊躇もなくパジャマを脱ぐと、その下はまさかのノーブラだった。澄月は慌てて目をそらす。まあ実に立派なおっぱ……いや、そうじゃなくて!


「ちょ、ちょっと! 僕がいるのに着替えちゃダメって言ってるでしょ!」


 柚香は首を傾げた。


「なぜ? 同じホモ・サピエンスでしょう?」


「あ、もうそのホモなんとかは判りましたから、そっちの洗面所で着替えてきてください!」


 澄月の顔が真っ赤になる。柚香はそんな澄月の反応を不思議そうに眺めていた。


「興味深い……人の羞恥心は実に不可解……」


 そう言いながらも、柚香は洗面所に向かった。数分後、制服姿で戻ってきた彼女を見て、澄月はほっと胸をなでおろした。


「よし、じゃあ行きましょう」


 二人が玄関に向かう途中、柚香が突然立ち止まった。


「あれ……なんだか胸のあたりがきつい……?」


「え?」


 澄月が振り返ると、柚香の制服のシャツが明らかに張り詰めていた。


「も、もしかして……」


 澄月は恐る恐る尋ねた。


「天羽さん、ひょっとして成長期……ですか?」


 柚香は首を傾げた。


「成長期? なるほど……確かに最近の食生活の改善で、栄養状態が良くなったのかもしれない……。それで体に変化が……」


 彼女は科学者のように冷静に分析を始めた。一方、澄月は困惑の表情を隠せない。


「とにかく、今日の放課後に新しい制服のシャツを買いに行きましょう」


 柚香はうなずいた。


「必要であればやむを得ないわね……この現象も興味深いデータになりそう……」


 学校に着くと、クラスメイトたちの視線が柚香に集まった。普段は目立たない彼女が、今日は妙に輝いて見える。


「天羽さん、なんだか今日きれいだね」


 クラスメイトの桐谷椿が声をかけてきた。柚香は首を傾げる。


「そう? 特に何も変わってないけど……」


 椿は柚香と一緒に登校してきた澄月をちらりと見て、にやりと笑った。


「ふーん、そうなんだ」


 澄月は冷や汗を流しながら、この状況をどうにかしなければと焦っていた。


 授業中、柚香は相変わらず難解な数式を解いていたが、時折胸元の窮屈さに手を当てている。澄月はそんな彼女の姿を心配そうに見守っていた。


 昼休み、澄月は柚香を屋上に連れ出した。


「天羽さん、大丈夫ですか? きつそうだけど……気分とか悪くなってない?」


 柚香は少し困ったような表情を浮かべた。


「確かに少し窮屈……。でも、これも人体の成長過程を観察する貴重なデータ……」


 澄月はため息をつく。


「そうじゃなくて……みんなの視線とか、気にならないんですか?」


 柚香は首を傾げた。


「視線? 別に……。私の研究のさまたげにならなければ、どうでもいい……」


 その言葉に、澄月は思わず笑みがこぼれた。


「天羽さんらしいですね」


 柚香は不思議そうな顔で澄月を見つめた。


「泉くんは気になるの?」


「え? あ、いや、その……」


 澄月は言葉に詰まる。柚香の真っ直ぐな視線に、胸の鼓動が早くなるのを感じた。


「私のこと……」


 柚香が言葉を続けようとした瞬間、突風が吹いた。彼女のスカートがふわりと舞い上がる。


「わっ!」


 澄月は思わず目を閉じた。しかし、その一瞬の光景が、彼の脳裏に焼き付いて離れない。


「どうしたの? また顔が赤い……」


 柚香が心配そうに澄月の顔を覗き込む。その仕草に、澄月の心臓が大きく跳ね上がった。


「い、いえ! 何でもありません!」


 澄月は慌てて言い訳をする。柚香はますます首を傾げた。


「人間って本当に不思議……。こんな些細なことで顔色が変わるなんて……」


 彼女は真剣な顔で分析を始めた。


「体温の上昇、心拍数の増加、顔面の血流量の変化……これって、何かの生理現象?」


 澄月は言葉を失った。この天才美少女に、どう説明すればいいのだろう。


「あの、天羽さん。人間には、科学では説明できない感情というものが……」


 彼が言葉を続けようとした瞬間、チャイムが鳴った。


「あ、授業の時間……。戻りましょう」


 柚香は何事もなかったかのように教室へ向かう。澄月は複雑な表情で彼女の後ろ姿を見つめていた。


 制服の下に隠された秘密。それは柚香の体の変化だけでなく、二人の関係の変化も意味していたのかもしれない。しかし、その事実に気づいているのは、今のところ澄月だけのようだった。


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