第8話: 「未来への方程式、二人で解く希望」
夏の日差しが眩しい7月末、泉澄月と天羽柚香の高校生活にも変化の兆しが見え始めていた。進路を決める時期が近づき、クラスメイトたちの間では将来の話題で持ちきりだった。
放課後の教室で、澄月は柚香の隣に座った。
「天羽さん、進路のこと、考えてる?」
柚香は計算用紙から顔を上げ、少し考え込むような表情を見せた。
「もう決まってる……海外の大学で量子コンピューターの研究をするつもり……」
その言葉に、澄月の胸に小さな痛みが走った。
「そっか……すごいね」
澄月の声のトーンが少し下がったのを感じ、柚香は不思議そうに首を傾げた。
「泉くんは……」
その質問に、澄月は少し戸惑いを見せた。
「僕は……まだはっきりとは決まってないんだ。でも、人の役に立つ仕事がしたいな」
柚香はじっと澄月の顔を見つめた。
「人の役に立つ仕事……」
その夜、二人はマンションのベランダで星を眺めていた。
「ねえ、泉くん……」
柚香が静かな声で呼びかけた。
「なに?」
「私ね、昔は人間関係なんて無意味だと思ってた……でも、泉くんと過ごして、少し考えが変わった……気がする……」
澄月は驚きの表情を隠せない。
「そうなの?」
「うん……泉くんの"人の役に立つ"という考え方、最初は理解できなかったけど……今は、その価値がわかる気が……する……」
柚香は一瞬言葉を切り、深呼吸をした。
そして何か躊躇する様子を見せていたが、やがて決意したように澄月に向き直る・
「私、"人の役に立つ"んじゃなくて、"泉くんの役に立ちたい"と思う……」
澄月は驚きのあまり、言葉を失った。
柚香は頬を赤らめながらも、真剣な眼差しで語り続けた。
「驚くには値しない……なぜならこれは、科学的に考察した結果……泉くんと一緒にいると、私の脳内でドーパミンとセロトニンの分泌が増加する……心拍数も平均して毎分10回ほど上昇する……」
柚香は少し言葉に詰まりながらも、懸命に気持ちを伝えようとする。
「そして、泉くんの笑顔を見ると、私の体温が0.3度ほど上昇する……つまりこれは、典型的な……その、恋愛反応だと思う……」
澄月は柚香の真剣な告白に、胸が高鳴るのを感じていた。
「天羽さん……」
「まだあるの……」
柚香は遮るように続けた。
「私たちの相性は、遺伝子レベルでも93.7%の確率で適合しているはず……。それに、私たちが一緒に生活することで、お互いの長所を補完し合える可能性は私の計算では97.2%……」
柚香は息を整えると、最後にこう付け加えた。
「つまり、科学的に見て、私たちは……お互いにとって最適な相手だと結論付けられる……」
言い終えた柚香の顔は真っ赤だった。澄月は柔らかな笑みを浮かべ、柚香の手を優しく握った。
「天羽さん、ありがとう。僕も同じ気持ちだよ」
柚香の目が輝いた。
「本当に? じゃあ、私の仮説は正しかった……?」
澄月は柚香を優しく抱きしめた。
「うん、大正解だよ。これからもずっと一緒にいよう」
柚香は澄月の胸に顔をうずめながら、小さくつぶやいた。
「わかった……澄月くんからは一生分のデータを取らせてもらう……」
「その言い方はなんだかちょっと怖いな」
澄月は微苦笑する。
星空の下、二人の新たな物語が始まろうとしていた。天才美少女と普通の男子高生。全く違う二人が出会い、互いの価値を見出し、そしてこれからも幸せな同居生活を続けていく。
その後も、柚香の珍妙な発言や奇抜な行動、そして澄月のサポートは続いた。しかし、二人の間には確かな絆が芽生え、日々の生活はより一層温かみを増していった。
朝日が差し込むリビングで、柚香が突然立ち上がり、澄月に向かって真剣な表情で言い放った。
「泉くん、私、朝食の最適化アルゴリズムを開発した……」
澄月は慣れた様子で微笑みながら答える。
「へえ、どんなアルゴリズム?」
「まず、栄養バランスを考慮した食材の組み合わせを量子アニーリングで計算し、その後、調理時間と味の相関を機械学習で最適化する……」
柚香は得意げに説明するが、澄月には半分も理解できない。
それでも、彼は優しく頷きながら聞いている。
「すごいね。でも、天羽さん。お味噌汁の具は何がいい?」
その質問に、柚香は少し考え込む。
「理論上は乾燥ワカメが最適だけど……私はお豆腐が好き……木綿の方……」
澄月は柔らかく笑う。
「じゃあ、今日はお豆腐にしようか」
その日の午後、澄月が勉強していると、突然柚香が部屋に飛び込んできた。彼女の髪は静電気で逆立っていて、白衣は焦げ臭い。
「大変、泉くん! 小型核融合炉の実験中に予想外の反応が……」
澄月は慌てて立ち上がる。
「え? 核融合炉? そんな危ない実験もしてるの!?」
しかし、柚香の目は興奮で輝いていた。「
でも、これで新しい理論の証明ができるかもしれない……!」
澄月はため息をつきながらも、柚香の熱意に押され、一緒に実験室に向かう。結局、その日は消防車を呼ばずに済んだが、二人で協力して事態を収拾するのは大変だった。
夜、星空の下でくつろぐ二人。柚香が静かに呟く。
「泉くん、ありがとう」
「何が?」
「いつも私の突飛な行動に付き合ってくれて……それに、私の言葉を真剣に聞いてくれて……」
澄月は優しく微笑む。
「柚香さんと過ごす毎日は、本当に面白いよ。僕も感謝してるんだ」
柚香は少し照れたように俯く。
「私ね……泉くんと過ごすようになって……人との関わりの大切さがわかってきた……みたい……」
「それは良かった」
澄月が答える。
「僕も柚香さんから、好きなことに打ち込む情熱をいっぱい学んだよ」
二人は静かに夜空を見上げる。柚香が突然、「あ!」と声を上げた。
「どうしたの?」
「今、流れ星を見た……。確率的には……」
澄月は柚香の言葉を遮り、優しく手を握った。
「確率じゃなくて、願い事をしようよ」
柚香は少し驚いたが、すぐに柔らかな表情になる。
「そうだね……」
二人は目を閉じ、それぞれの願いを心に描いた。開いた目が合うと、二人は微笑み合う。
言葉にはできないが、二人の間には確かな絆が育っていた。天才と凡人、正反対の二人が織りなす日常は、時に波乱万丈だが、かけがえのない温かさに満ちていた。
その夜、柚香は自室で日記を書いていた。
「今日も澄月くんと素敵な時間を過ごした。彼との関係性を表す方程式はまだ完成していないが、それでも私の人生に不可欠な存在になっていることは間違いない。明日はどんな発見が待っているだろう? 澄月くんと一緒なら、きっと素晴らしい日になるはず……」
(了)