ショートストーリー 雷光
風呂場の小窓が、ぴかりと光った。
――もしかして、雷?
明るかった空は、いつの間にか暗くなっていた。浴槽の中で脱力していた私は、思わず身体を縮込め、次に来るであろう轟音に身構える。
でも、聞こえてくるはずの音は一向に聞こえてこない。
――まだ、ずいぶん遠くなのかな。
身体の力が抜ける。同時にふっ、と小さく笑いが漏れた。
雷のことを「稲の妻」だなんて、恐ろしい筈の自然現象にすら、昔の人は随分と小洒落た名を付けたものだ。落雷が多い年は稲穂が良く実るからそう呼ばれるようになったんだよ、と教えてくれたのは、誰だったっけ。もっとも、極端な天気の崩れなんて普通になってしまった今時じゃ、「ゲリラ雷雨」なんて味気ない名前の方が、よっぽどお似合いだ。
そんなことを考えながら浴槽の縁に頭をもたげ、ぼんやりと天井を見上げる。
ぴかっ!
天井に光が躍る。
首を竦め、今度こそ聞こえて来るであろう音に身構える。でもやはり、あの、腹に響くような恐ろしい音は聞こえては来ない。私の耳に届くのは、もう長い事手入れをしていない庭の、雑草たちが立てるガサガサという音だけ。
――雑草の音だけ?
そういえば、雨音も、風が吹き抜ける音も聞こえて来ない。
それじゃあ、あの光は。
ぎい。
玄関がそっと開けられる。
「早く先に行けって」
「しっ、静かにしろよ。ばれたらマズイだろ」
廊下をぎしぎしと軋ませ、足音がこちらに近付いて来る。
「やべ、ガチで出そうじゃん」
「静かにしろって、俺等、不法侵入してんだぞ。ちょ、おい、ちゃんと足下照らせよ……で、どこが現場なんだっけ?」
「風呂場だってよ。突き当りの右側って聞いたぞ」
――またか。
二人分の声と足音。
やがて浴室ドアの半透明な樹脂パネルの向こうに、懐中電灯の明かりがちらちらと見えて来た。徐々に大きくなる光の輪とは裏腹に、どんどん小さくなる話し声。
すぐ向こうに感じる気配。
ぎし……と小さくドアが軋む。
一体何人目だろう。本当に腹立たしい。私がお前達に何をしたと言うのか。
人の家に文字通り土足で上がり込み、私の死にざまを笑いものにしようとしている、糞忌々しい奴等。冗談じゃない。お前達の娯楽になるなんて、まっぴらごめんだ。お前達が好き放題に私の静寂を乱すなら、私だってお前達を好きにしていい筈だ。
ドアの隙間から漏れ聞こえて来た忍び笑いに、私の中で膨れ上がった怒りが雷光の様に爆ぜる。
――さあ、どっちから〇〇てやろう。