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ep9:その手に握るは自由への渇望

その夜、俺たちは作戦を立て実行に移した。


ココノエをティアと一緒に街中を歩かせ、この事件の主犯を釣り出すというものだ。

古典的な部分は否めない。

ティアには鎧を脱いでもらい、街の地図を見ながら歩いてもらうことで街に不慣れな観光客、という演技をしてもらっている。


「ココノエ姉さんはさすがの演技力だな。…ティアは警戒心がここからでもわかるぞ、大丈夫か…?」


俺は少し離れたところから着いて行っている。

怪しい動きがあればすぐに動けるよう準備は忘れないようにしよう。



しばらく歩き続け、夜も更けたところ。

地図上では町長の住む豪邸の前だった。


ティアとココノエは馬車の手入れをしている人物に話しかけられた。

鼻下にヒゲを蓄え、ペッタリとした髪の毛の恰幅の良い男がにこやかに話している。


気づかれないように少しずつ近づき話を聞こうとすると、ティアとココノエがこちらを手招きしてきた。


「どうした?何かあったのか?」


「今話していた人がこの街の長らしいんだ。事件もあって女性二人で歩くのは危ないと声をかけられてな。館に招かれたのだが…安易に信じるわけにもいくまい、オクタルを呼ぶことにしたんだ。」


最後のあたりは小声で伝えてきた。

ティアは警戒心を解いていないらしい。

彼女の良いところの一つだ。

俺が信じたいものを信じていても、彼女が最大限警戒をしてくれることで大怪我をしなくて済むだろう。


「OK。それでいいと思う。じゃあ話をつけてきてくれるか?」


「承知した。」


再び町長と話し始めるティア。

警戒心はさほど表に出さず、館への招待を承諾していく。

その返事に満足したのか、町長はにこりと微笑みながら門を開き、俺たちを招き入れるのだった。



「オクタルと申します。この度はお招きいただき感謝いたします。何ぶんこの街の状況に疎いものでして。そのようなことが起こっているなんて思いもよりませんでした。」


応接室に通され、町長から状況の説明を受けていた。

子どもたちが日に日に攫われていること。

中でも幼い子供が対象になりやすいこと。

ココノエはその条件に当てはまってしまうので、心配で声をかけたということ。


事前に集めていた情報とあまり変わらないが、改めて聞いておく。


「私としましても、街がこのようなことになってしまい、日々心を痛めております。捜索隊を組んだり、手は打っているのですがどれも鳴かず飛ばずでして、ええ。」


「心中お察しします。」


判断の付き辛いことに、心痛な面持ちは嘘偽り無いように見える。

だからといえ、出されたお茶と茶菓子には手を付けないが。


「本来であればもっと活気に溢れた街をお見せできたのですが、ええ、本当に悔やまれるばかりです。」


外で遊ぶ子供の姿というものが見られなかった。

大人達もどこか疲れたような顔をしており、窓も閉め切っているような街並みに活気は見られない。


「ところで…お茶をお召し上がらないのは、警戒心故でしょうか?」


しまった…、確かに出してもらったお茶を全員が飲まないというのは不自然だったか。


「いえ…そういうわけでは。お話に集中してしまいまして。お言葉に甘えていただきます。」


意を決してお茶に口をつける。

アールグレイのような渋みを感じる、癖のある紅茶だった…。

ただ、毒が入っている様子もなく、少なくとも即効性の毒は入っていないようだった。


ティアとココノエには念の為飲まないように目で示しつつ、会話を続ける。


「そもそもそういう事態だということを今知ったくらいですからね。驚きと…事件への不快感で食欲がわかないんです。」


「そうですか…。どちらにせよ警戒するのは良いことです。しかし、気をつけなければいけないのは食べ物や飲み物だけではありませんよ。」


ドサッと左肩に重さを感じる。

横を見てみればティアが俺に寄りかかっていた。


「…すまない…。とてつもなく…眠気が…。オクタル…逃げ…。」


その言葉を最後にティアの意識がなくなる。

その隣のココノエも、糸が切れたように崩れていた。


「なっ…これは…っ…。」


次第に俺の頭も働かなくなっていく。

意識とは裏腹に、体の機能が停止していくのを感じる。


「次からは空気にも気をつけると良いですよ。次があるかは分かりませんがね。」


強烈な眠気に抗いきれず、俺の意識はそこで途絶えた。



闇。

目を開きたくないほどの微睡みが、ギリギリで夢から俺を離さない。


一人の男を見た。

その男は、形も声も姿もわからない。

男であるかも定かではない。

しかし怒りと悲しみだけは感じられた。


それは自由への渇望。


怒りの先は鎖に、悲しみは繋がれた足に。

拳大の石で鎖を何度も叩く。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


鎖は千切れるどころか欠けもしない。

それでも男は諦めなかった。


男はこちらに気づき、にこりと笑った…ような気がした。

そしてその石を持つ手を振りかぶり──────



「さっさと起きろ雑魚。」


腹にトラックでもあたったのかと言うほどの衝撃を受けた。

そのエネルギーはその場に留まることはせず、俺の体を吹き飛ばすという結果を生み出す。


「…っぐぅっ!!!がっ…!ごっ………。………おぇえぇぇぇ…。」


びちゃびちゃと血を吐く。

これ、内臓いってるだろ…。


体の中から、生命の危機を知らせるような熱を伴う鈍痛と、体中の鋭い痛みに意識が覚醒していく。


「お゛…お゛めぇ゛は…」


エネルギーの発生源は、握った拳を解きながら俺の目の前に佇んでいた。

ほどいた拳から黄色い魔力が霧散していく。

…魔力が見えている…?


「治癒魔法を使えるだろ。さっさと治せ。殺すぞ。」


ほっといても死ぬぞこれ…。

言われたとおりに治癒魔法を自分にかけ、重症部分から治していく。


体の回復とともに落ち着きを取り戻すことができた。

腹パンを文字のごとく出血大サービスで喧嘩をセット売りしてくれたのは、魔人アグロだった。


「助けてくれたのか?」


殺されかけてはいるが、起こしてくれたのだ。結果として助けられている。


「イヴェンの駒がこんなところで死ぬな。」


「…よくわからないがありがとう。助かった。……っ!?ティアとココノエは!?」


あたりを見渡してもティアとココノエはいなかった。

石造りの壁と俺を閉じ込めるためだろう格子がはめ込まれていた。


「くそっ!探しに行かねえと!灯る火(ジェン・トーチ)!!」


火の玉を生み出し、格子に投げつける。

こんなところさっさと出て助けに行かなくては。


しかし魔法は格子に触れる寸前で霧散してしまった。

ほのかに格子が光り、灯る火を無効化したように見えた。


「なんだと…、くそ、燃える火(ジェン・ファイア)猛る炎(ジェン・フレイム)!くそ、くそ!なんでだよ!」


発現した魔法は全て霧散していく。

叫び声が虚しく響くだけだった。


「アホが。デタラメに魔法を当てようがこの壁は抜けん。魔法防御の魔術が張られている。」


じゃあ…ここからでられないのか…?


氷水を血管に流されるような絶望がするすると這い寄ってくる。

特段鍛えてもいない、筋力でどうこうできるものではない。


どうするか考えていると、どんっと衝撃を受け弾かれる。


「…………身体強化くらい使えるようになれ。いいか、一度しか見せない。死にたくないのなら、死ぬ気で覚えるんだな。」


隣に立ったアグロが無表情で魔法陣を組み立てる。明らかにゆっくりとだ。

アグロの黄色の魔力が魔法陣に流れ、また体に戻っていく。

体を薄く覆うように黄色の魔力が揺らめき、竦むような威圧感を放っていた。


そして手のひらを格子に向けると、次の瞬間アグロの体がぶれた。

突風が巻き起こり、俺の顔を撫でていく。

アグロの手のひらの先は小さな穴が空いていた。


「全てを壊すことはしない。助かりたいなら自分で何とかしろ。」


再びアグロの体がぶれ、次の瞬間にはそこにはなかった。

独房に俺だけが残る。

静寂の中今の状況を再確認した。


アグロが開けた小さな穴は人が通るには小さすぎる。

そして攻撃魔法ではこの格子は抜けない。


つまりは俺が身体強化を使って抜くしかない。


「…なんで助けてくれたかはわかんねえけど…、やるしかないよなぁ!!」


頬を両手であとが残るほど叩き、気合を入れる。

ピリピリと痛む両頬が、俺の気持ちを昂らせていく。


奴の魔法陣はしっかりと見た!確か…この構築を応用して、魔力を逆流する機構を…それから…くそ、どれだどれだどれだっっ!


記憶を全力で掘り起こし、少しずつ魔法陣を構築していく。


ちくしょう!重なり合う魔法陣は5個だった!!上級魔術じゃねぇか!

この機構を基礎に、変換、変換、変換!!


「これでぇ……!どうだ!!!」


完成した魔法陣に魔力を流し込む。

問題がなければ魔力が逆流してくるはずだ。


戻ってこい…戻ってこい……!来た!!


「うぉぉおおぁああ!!!」


魔力が体を覆ったのを確認し、握った拳を振り抜く。

耳をつんざくほどの爆音と巻き起こる土埃に目を細めた。


…手応えは…ありだ。


行く手を阻んでいた憎たらしい格子は粉々に砕け散り、ここから抜け出せるほどの穴が空いた。


「…絶対に助けてやるからな。」


振り抜いた拳をそのままに、救助の決意をした。



「ふん、お前の駒も少しは見込みがあるらしい。」


「そうでしょう?オクタルには大魔術師になってもらうのですから。」


「…ガキが趣味のあいつを倒せたら、ひと噛みしてやる。」


「ええ、お願いします。雑魚と戦っても意味はないですからね。一度強者を知ってもらいたいですから。はは、ははははは。」


月夜に魔人の笑い声が響く。

神木です。


皆さん台風は大丈夫でしょうか。

防災準備をしていたら執筆が遅れました。


ともあれ9話、お読みいただき感謝します。

フィジカルが強くないとお話にならないのでこれを。

オクタルには逆境を吹き飛ばしてもらいましょう。


そして!なんと!この作品に評価をつけてくださった方がいました!しかも6ですよ!

過分な評価をいただいて感涙しております。

評価をいただけるのはとても励みになります。

感想もお待ちしておりますので、引き続き養殖勇者をお願いします!

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