ep8:混沌、完全体、不完全
獅子の眠り亭の食事場で、俺達は情報の整理をしていた。
雑貨屋の店員に話を聞いた後、各所で聞き込みを始めた。
そして、現在この街で起こっている不可解な出来事について、ある程度情報を集めることに成功した。
「子どもの神隠し、か。イヴェン、この件に魔人が関わっている可能性はあるか?」
街の子供達が次々と神隠しのように消えている。
現に雑貨屋の店員の子供も神隠しにあってからもう一月がたつという。
「まあ、おそらくそうでしょうね。少なくとも、ひとりはいるでしょう。」
不機嫌そうな顔を隠そうともせず、心此処にあらずといった感じだ。
「一刻も早く解決せねばな。幼い子どもを狙うなど、卑劣極まりない。」
ティアの言う通り、事態がこれ以上悪化する前にどうにかしてやりたい。
とはいえココノエに危険が及ぶ可能性がある。
慎重に行動をしなければ。
目線に気づいたのか、ココノエが申し訳そうな顔をした。
「私は平気。誘拐のようなことも経験してる。だから対策もある。いざとなったら魔法でなんとかする。」
彼女は今や原始魔術まで使えるのだ。
俺ほど精密に、何度も使えるわけではないが、逃げるくらいの隙は確保できるだろう。
「一応俺の側にいろよ。魔人がもし攫おうとするなら全力でやり返してやろうぜ。」
「ん。」
小さな手を握りしめて戦う意思を示していた。
「小さいこどもを狙うような魔人に心当たりはあるか?」
魔界から来ているのだ、魔人の知り合いや有名な魔人くらいはいるだろう。
思い当たる節がないかイヴェンに確認をしてみた。
「んー。思い当たる節はあるのですが、どちらかと言うとこの街に遺っている魔力溜まりにでして。」
魔力溜まりは魔法を発現した際の名残のようなものだ。
各魔法使いがそれぞれ少しずつ違った魔力溜まりを残す。
そのため、事件などがあれば参考にすることもあるという。
魔力を見ることができる者が珍しいので、あまり使われることはないが。
「あの魔人はそんな趣味を持っているのかと思いましてね。まあ、こちらの世界に来てからそんな趣味を得たのかもしれませんが、ははは。もしかしたら…」
イヴェンの言葉は続かなかった。
イヴェンの首元に金色の短剣が当てられていた。
雑に切られた長い銀髪をゆらし、冷たい目でイヴェンを見やる男が後ろに立っている。
「おや、やはり貴方でしたか。暫く振りですがその後いかがでしたかな?」
男に振り返らずに話しかけるイヴェン。
おおよそ想定していた人物だったのだろう。
旧知の仲らしいがそれが意味することは。
「そのうるさい口を閉じるためにこれがあることを忘れるな、混沌卿。貴様がここにいる理由を言え。」
「ははは、脅しとしては0点ですねえ。失礼、名前を忘れてしまいました。確か…一傷卿でしたか?」
突きつけられているナイフなど気にすることなく、振り返る。
ニタニタと笑う姿は余裕の表れか。
「名前などどうでもいい。俺の嫌いな顔がいたからな。殺す前に聞いてやるだけだ。」
「100年前のことをまだ引きずっているのですかぁ?元・無傷卿。」
「今殺してやる。」
「無理に決まっていますよ。それにここは食事の場です。そんな無粋なものはしまってください。」
「食事の場ならナイフは作法だ。…とりあえず話を聞いてやる。」
「貴方にそんな返しができるんですねぇ。感動しましたよアグロ。」
剣呑な空気とともにナイフも消した男。
今の会話を聞くに、アグロという魔人らしい。
混沌卿やら一傷卿など、気になる単語は出たが。
「イヴェン、説明してくれ。」
横から話しかけた形になるが、アグロは特に気にすることもなく席に座り、目の前の料理を食べ始めた。
それ俺等の料理なんですけど。
食べる姿は言葉遣いからは想像もできないくらいに綺麗で、逆に不安を掻き立てる。
「彼は一傷卿のアグロと申します。以前魔界で知り合った仲でしてね。気性は荒いですが、魔人の中では比較的理性的ですよ。」
ナイフを突きつけていた奴が理性的というのも不思議な話だが、魔人とはそのようなものなのかもしれない。
「アグロ、こちらはオクタルです。その他を覚える必要はありませんが、オクタルだけは覚えておくといいですよ。」
話を振られたアグロが食事の手を止め、こちらを見据える。
少しの間の後、鼻で笑った。
「ふん、俺の相手じゃないだろ。お前の駒なら魔術師としか考えられん。駒を覚えてほしかったら剣聖でも連れてこい。」
「オクタルはこれからですからね。長い目で見てくださいよ。」
どうやら興味そのものがないらしい。
俺、ティア、ココノエにも敵意はみせなかった。
とってみるか、コンタクト。
仮にも勇者を名乗っているんだ、物怖じはしたくない。
「オクタルだ。イヴェンとは契約関係にある。俺達がここにいる理由を知りたがってたな?」
「…魔人と対等に話そうとするその気概だけ認めてやろう。だが調子にだけは乗るなよ、人間が。」
「…ああ、わかったよ。話を聞いてくれて感謝する。…俺達はこの街で起きてる子どもの神隠しについて調べてたんだ。なにか知らないか?」
本題はここだ。
アグロが主犯であれば、ここで戦闘になる覚悟もしなくてはならない。
とにかく情報がほしい。
そしてアグロは意外にもあっさりと結論を話し始めた。
「詳しくは知らん。ただこの街に住む雑魚がそんなことを始めたと俺に言ってきていた。くだらんと一蹴したが。」
「そうか…。そいつの場所を教えてくれないか?」
「は、そこまで教える義理なんて無い。自分で探すんだな。」
全く持ってそのとおりだ。
とはいえ大きな情報を得ることができた。
子供をさらう何者かは存在する。
あとはそいつを探すだけだ。
それからアグロはイヴェンに向き直り、口を開く。
なんてことのない会話のようなものだったが…。
「イヴェン、お前が何をしようとしているかは知らないが、足掻くのはよすんだな。お前は一生…」
「私が?一生?」
何が琴線に触れたのか、最後まで聞き取れなかったためわからない。
アグロが何かを言おうとした瞬間、イヴェンが立ち上がって詰め寄っていた。
胸元を腕で引き寄せ逆の手で魔力を練り上げている。
「その先を言ってみろ!!!お前を!!この手で!ぐちゃぐちゃに引き裂きぃ…!」
魔力を練り上げた腕を顔の側まで寄せ、叫ぶ。
「目の前で喰らい…!その魂を汚物に詰めた瓶に押し込め、地獄の底に…」
ここまで取り乱したイヴェンは初めて見た。
いつもは飄々と物事を受け流し、余裕のあるニヤケ顔で冗談を言うのだ。
すると時間が飛んだかのように表情が切り替わる。
怒りは霧散し、飄々とした顔でニコリと笑った。
「ふう。……失礼。取り乱しました。いまのは忘れてください。」
これだ、これがいつものイヴェンだ。
だからこそ際立つ先程の怒り。
あれはなんだったのだろうか。
「…ちっ。クソ、気分が悪い。」
乱雑に腕を振り払い、アグロはその場から消えた。
残された俺達の時間がしばらく停止したようになる。
「やれやれ、おや?皆さんどうしたのです?食事を続けましょう。」
静寂を破いたのはこの空気を作り出したイヴェンだった。
俺もティアも、ココノエもおそらく先程の内容が気になるっているが、藪からもうヘビが見えているのだ。
むやみにつつくこともない。
「ティア、ココノエ、大丈夫か?」
「あ、ああ。…魔人というものは恐ろしいのだな。アグロという魔人が来てから体が硬直して動けなかった。」
「ん…。生きてる心地がしなかった。オクタルはよく耐えられたと思う。」
そうだったのか…?
あまり俺自信そういったものは感じなかった。
「聞きたいことも聞けましたしね。お手柄ですよ、オクタル。」
「…。とりあえずは方針が決まった。魔人かはわからないけど裏で誘拐を行っている人物は存在する。まずはそれを探していこう。」
この人物というのも魔人だったら…。
魔人の底知れなさに不安を感じ、その後の食事の味はわからなかった。
神木です。
8話でございます。今回もお読みいただきありがとうございます。
魔界のことを少し出せたのと、イヴェンのことを少し出せたのが嬉しいですね。
ヒロインたちも置いてけぼりにならないように気をつけます。
引き続きどうぞよろしくお願いします。