ep6:魔人許すまじ
店の外で待っている人物に気づき、声を掛ける。
「ココノエじゃん、もしかして仕事を終わるの待っててくれたのか?結構待っただろ、遅くなってゴメンな。」
「大丈夫。200年も生きていれば時間感覚も麻痺する。待ってないも同義。」
そういうもんだろうか。
正しくは198年だが、200年と言わないのはやはり気にしているということだろう。
「イヴェンに指定された時刻にまだ時間があるな。ちょっとそこら辺まわるか。」
時間にして2時間ほどだが、せっかく待ってくれていたんだ。先程店主からもらったお金でなにか買ってあげることにしよう。
「歩幅が合わないので肩車を所望する。」
肩車・・・。
OUTと告げるイヴェンの顔がフラッシュバックするが、そもそも幼女と二人で行動する時点で今更だろう。
ご希望とあらば仕方ない。
ココノエの前に背中を向けてかがんでやる。
背中に僅かな重みを感じながら、首にまたがったのを確認して立ち上がった。
「おぉ~、これが2メートルの景色。絶景。」
俺が179とかだからココノエの座高を合わせるとそれくらいあるのだろうか。
頭の上ではしゃぐ彼女に少しだけ癒やされながら
「んじゃ、露店をめぐりながらむかうとしますか。」
「うい~。」
ココノエとの散策は思いの外楽しかった。
年の離れた従兄弟の世話くらいに思っていたが、298年も生きているのだ、俺よりも大人だった。
外見に合わせた言動も行うことはあったが、こちらが素なのかわからない。
ただ、常識と知識は年数に裏付けされたものだと言っておこう。
道中の建物の名前や意味、歴史などを教えてくれた。
「いやあ、ココノエは博識だなあ。旅に連れて行って他の国の歴史とかも教えてほしいくらいだ。」
「ココノエねえさんと呼ぶように。」
「っす、ココノエ姉さん!見直しましたぁ!」
ココノエ姉さんと呼ばれ、嬉しそうに体を揺らす。それにつられて俺も少し揺れる。
「オクタル、旅するの?」
「あー、言ってなかったけど世界中を旅しようと思ってるんだ。イヴェンと教会の聖騎士との三人で。色んなところの聞き込みをして、魔人を討伐していければってな。」
「魔人を・・・。」
なにか考えているのか、無言になるココノエ姉さん。その表情は肩車をしているので見ることはできない。
「でも魔人って強いだろ?だからイヴェンに魔法を教わっててさ。少しでも強くならなきゃな。」
「怖くないの?」
まあ、確かに怖くないといえば嘘になるし、そもそも魔人を倒していくのは建前でしか無い。魔王を倒すのが目的であり、魔人を倒すことに執着はない。
ただ、魔王を倒すために強くならなくてはいけない。
そのため、各国に潜んでいる魔人を討伐することで、俺を強化する目的がイヴェンにはあるようだ。
魔王を倒す、というのもティアを助けるために必要だった力の代償のようなものだ。
「俺を助けてくれたイヴェンとの約束だしな。今のところアイツのことは嫌いじゃないし、受けた恩を返したいってのが原動力かな。」
「ん、偉い。出発はいつ?」
「明日には出発予定だな。明日の午前中に必要なものを揃えて午後に出る予定。」
旅支度はある程度済んでいるが、食料の確保とかはまだだ。
午前中ティアと揃える予定になっている。
「わかった。明日出発のときについて行っていい?」
幼女が仲間になりたそうに揺れている。
驚きはしたが、すぐ断らずに理由を聞いてみることにした。
「危険な旅になるぞ。そうまでしてついて来たい理由は?」
「イヴェンっていうひと。おそらくこの現在において廃れた魔術を知ってそう。・・・この体は魔人によって成長を止められた。だから解呪の方法も知ってるかなって。あとこんな体にした魔人に仕返しをしたい。」
聞けばその体が正しく年齢と一致しているとき、つまりは190年前程になる。
ある魔人にココノエの街が襲われ、そのときにかけられた魔法による呪いが、ココノエの成長を止めてしまったらしい。
家族はその時に亡くなり、代わりに世話をしてくれた唯一の親族も時の流れには耐えられなかった。
それ以来彼女は一人ぼっちだった。
引き取り手はいなく、やけに大人びた子供は不気味に思われ敬遠された。
その頃には40を超えていたため、自分で生き抜くすべを身に着けていた。
トラブルを避けるために独りで生活し、今も町の郊外に廃屋を改造して住んでいるという。
旅が危険だと彼女に言う気持ちは特に無い。
298年も生きてきたのだ、処世術は身について余るほどだろう。
懸念点といえば出会ってまだ二日というところだ。
でも、知り合ってしまった。
彼女のことを多少でも知ってしまった。
他人と言って切り捨てるのには難しく、すべてを受け入れるほど親しいわけでもない。
「だめ・・・?」
ただしここは異世界で、元の世界のものさしでは到底図りきれない。
仮にここがゲームの世界だったら俺はどうした?
ゲームの仲の勇者は、こういう場合迷わず連れて行くし、悩みも解決する。
なにかの縁でこの世界に召喚されたんだ。
正しいと思ったことをやっていこう。
このとき、俺のこの世界での生き方が決まったような気がした。
ゲームのようで現実で、セーブもロードもない世界で
後から正しかったと胸を張れるような選択をしよう。
そう決めてからは決断は早かった。
「わかった。もともとやめたほうがいいとは思ってても、来てほしくないとは思ってないんだ。一緒に行こう。」
ぎゅっと額を抑えていた小さな手のひらに力が入る。
「それに仕返しってのが気に入った。いいじゃん仕返し。ココノエ姉さんを可愛らしいままにした魔人を懲らしめてやろうぜ。」
「ちゃんと成長してたらオクタルもメロメロ。魔人め許すまじ。」
この可愛らしくも強かなお姉さんを独りにはしない。
人生の一部でも、良かったと思える手伝いをしよう。
悔いのない選択をしよう。
☆
「ずいぶんと仲良くなったようですね。その小娘と。」
肩車をしながら予定の場所につくと、不機嫌そうなイヴェンにそう言われた。
誰と仲良くなろうがイヴェンには関係ないだろう・・・。
「小娘じゃない、198歳。」
「ははは!残念!私から見れば小娘ですよ!こう見えてもお前よりも年上です。」
直ぐ側に来て下からココノエを煽るように見上げている。
見てくれは幼女を煽る大人なのでかなりみっともない。
「あー、言ってなかったけどこいつ魔人なんだよ・・・。理由あって一緒に行動してる。」
魔人に良くない感情があるであろうココノエを牽制するように、ほっぺたを両手でむにむにする。
「む、むあ、なにをする。別にきにしてない。違う魔人だったし。・・・魔人がこんなに堂々としてるのは驚いたけど。」
悪戯をした手は払いのけられてしまった。
やわらかな触感に名残惜しさを感じつつも、先程話した内容をイヴェンにも伝える。
「イヴェン、ココノエも旅に連れて行くことにしたよ。」
「そうですか。わかりました。残念です。小娘の家を魔法の誤射というていで燃やし、住処をなくした小娘を連れて行く計画が頓挫してしまいました。」
えっ、そんな事考えてたの?!
「確かに私の家の近く・・・。やはり許すまじ魔人。」
「家を焼かれなくてよかったな、ココノエ姉さん。未遂だったから許してやってくれ。」
「許す魔人・・・。」
ちょっと面白いのが悔しい・・・
持ちネタにする気か?
街の郊外なのであるのは道と所々に小屋、林がある程度だ。
林の中にココノエが住んでいる家があるらしい。
「別にお前の許しなんて必要ありませんよ。あまり調子に乗るようなら燃やしますよ。」
「おのれ魔人めぇ・・・。」
額に爪が食い込む。
ちょっと痛いんでやめてくれませんかね。
ココノエ姉さんノリが良すぎる。
定番のやり取りになる気配を感じつつも、本題にはいるよう促した。
「原初の魔術の構築ですが、実際にオクタルと小娘で比較してみましょう。昨日お見せしたスクロールです。燃える火が刻まれてますが、これを発現してみてください。」
手渡されたスクロールには昨日見た魔法陣が書かれていた。
この世界のスクロールは従来の役割に加え、カンペとしても使用される。
スクロールに魔力を通すだけでも、刻まれた魔法陣に魔力が流され、魔法が使える。
本来魔法は、空間に魔法陣を構築し魔力を流すことで発現するが、それをスクロールに書いてあるもので省略するというわけだ。
「ああ、もちろんスクロールに魔力は流さないでください。魔法陣の構築からお願いしますよ。」
スクロールの魔法陣を凝視しながら、掲げた手のひらの先に魔法陣を構築していく。
もともと覚えている灯る火の魔法陣に、別の魔法陣を重ねていき、なんとか完成させる。
「燃える火!」
完成した魔法陣に魔力を流しこみ、黒炎の塊を発現する。
大きさは両手で抱える位の大きさだ。
これを何処かに放つわけにはいかないので、魔力の供給を止め、黒炎を霧散させた。
「・・・む、むむ、できた、燃える火」
ココノエも遅れて魔法の発現に成功する。
何度か魔法陣が崩れていたため、構築に失敗していたのだろう。
発現の確認ができたオレンジに揺らめく炎を、俺同様霧散させる。
「やっぱり違和感がすごい。現代のやつならすっとできるのに。・・・燃える火」
時間にして1秒かからない程度か、高速で魔法陣を組み、燃える火を発現させる。
しかし・・・。
「ちっさ。」
拳大の火球がココノエの手のひらに現れていた。
「おや、オクタル。小娘が小さいからって口にするのはよくありませんよ。」
こっ、こいつ!!
思ってもないことを言いやがって!
「オクタル、わかってる。大丈夫。オクタルは小さいのが好き。」
悪ふざけが加速していく。
このままではロリコンのレッテルを貼られてしまう!
「小さいのは好きだが、今は火球の話だ。ココノエ姉さんが発現した燃える火はずいぶん小さいんだな。」
ココノエ姉さんの前で小さいのは好きじゃないとは言えなかった。
ここは俺の負けを認めよう。
「これが原初の魔術と現代の魔術の違いですね。一目瞭然でしょう?現代の魔術と比べて発現に手間が必要なのは認めますが。」
「でもオクタルは結構早かった。これはすごいこと。」
「オクタルは魔力操作のセンスが高いようです。身体能力はあまりないようですが、それでもそれを補うくらいには魔法の才がありますよ。」
よせやい、褒められても何も出ないからな。
「小娘も人間にしては魔法の扱いが上手いです。」
ココノエ姉さんのことも褒めている。
イヴェンが他人のことを褒めるのはあまりない。
ココノエ姉さんもまんざらではないようだ。
ただ、気を良くするのは少しだけ早かったらしい。
「まあ、魔人である私の前ではお遊戯も同然ですがね。ははは。おや?そんな低レベルなところで喜んでいるのですか?先が思いやられますね。オクタルももっと強くならないと魔王は倒せませんよ。小娘も生意気にも付いてくるのであればこれくらい呼吸をするように発現してください。ああ、なんて弱くて惨めな種族なんでしょう。せいぜい努力をして、種族の差に絶望してくださいね。はは、ははは、はははは。」
・・・。
「・・・ココノエ姉さん、どうぞ」
「マジ魔人許すまじ。」
魔人許すまじ。
神木です。
第6話、お読みいただき感謝感激雨あられです。
原初魔法に本格的に取り掛かるオクタルですが、もう少し強い能力を渡してあげたい・・・。
執筆時、遅々として進まないので時間の流れが遅く見えますが、読んでみると意外と場面展開が早くて驚くことが多いです。
原初の魔法の魔術名に少しだけ手を加えてみようかと思ったお話でした。
追記:章設定を見つけました。区切りの目処はなんとなくついているので、おおよそ固まってきたらつけようと思います。