ep4:顕現するは酒場の魔人
その後、ティアと分かれて別行動をしていたヴェインを探した。
というのは嘘で探すのは面倒だったので放置だ。
夜遅くまでやっている酒場に入る。休みの日や仕事終わりに行くことが多い場所だ。
きれいでは無いにしろ、木製の机、樽ジョッキ、微妙な味と弱い炭酸の酒に、塩味がきつい料理が異世界っぽくて気に入っている。
いつも通り独りで席につこうとしたとき、見知った顔が目についた。
「いい飲みっぷりだな!気障な貴族かと思ったがそういうふうに酒を飲めるならぁ俺等は大歓迎だぜ!」
「このような低品質の酒は雑に飲むのが一番です。低品質の料理も合わさって最低で最高ですね。はは、ははは!」
「ちげぇねえや!がははは!おら!もっと飲めや!」
明らかに場違いの人間、いや魔人がそこにはいた。
口の端からこぼしながら豪快に酒を飲み、ガン!と机にジョッキを叩きつけている。
・・・本気で叩きつけると机含め床まで割れるので、加減はしているようだ。
「おや、オクタルではないですか。皆さん!私の主のオクタルですよ!」
「執事かなんかだったのかぁ?まあどうでもいいか!オクタルだっけ?おめえもこっちに座れや!」
イヴェンに見つかり、流れで彼の隣りに座っていた筋肉隆々の男に手招きされた。
ジョッキを持っている手だったので、中の酒が盛大に飛んできたがまあご愛嬌だろう。
「こんなところで何してんだよ?仮にも魔・・・身分は隠してるんじゃないのか?」
「はは、オクタルが会談に行く間暇だったものですから、手慰みにと。それからどうせここの愚物は今日のことなんて覚えてませんよ。それに私の人間のフリも上手でしょう?」
この酒場で一番安い酒をあおり、次の注文までしている。
この魔人、意外と人間世界に慣れている。
「今日は私の奢りです!皆さん好きに食べて飲んでくださいね!」
「うおおおおおおお!よくわからねえ青もやしの兄ちゃんありがとうなああああ!」
立ち上がりながら大声で発声すれば、返ってくるのは大歓声だった。
というかこの世界にももやしはあるのか。さすがスーパーフード。
それはそうと。
「イヴェン、第一目標は達成した。上々の成果っていっていいくらいだ。ただ、ティアが旅に同行することになったし、俺は勇者として扱われることになった。」
その言葉を聞いてイヴェンは満足そうに頷いた。
「そうですかそうですか。それは重畳です。あの女が付いてくるのは業腹ですが、まあ想定内ですし。そのために色々明かしましたからね。出発はいつになるのですか?」
「二日後になりそうだ。イヴェンも準備しとけよ。」
「二日後!それはまた悠長なことで。しかしまあ、これも人間の限界でしょうかね。しきたりや風習など緊急時には捨て置けば良いものを」
目を細めながら何かを考えているようだったが、あいにく俺には読み取れなかった。
「まあいいでしょう。私に準備など必要ありませんので、オクタルが出発できる頃には合流しますよ。」
「合流場所とかはどうする?」
「私に必要だと思いますか?」
・・・まあそれもそうか。
今日の夕方にこちらの場所を知っていなければああも待ち伏せなどできまい。
俺の位置を知るなにかがあるのだろう。
「わかればよいのです。それではオクタル、お勉強の時間ですよ。」
「・・・こんなときにもやるのか?そもそも酒が入って、あーはいはいそうだよなイヴェンはそんなんで酔わないよな。」
普段細い目が見開かれると少し怖い。
そんな彼が提示したお勉強とは、つまり魔術の勉強ないし構築である。
魔術というものは魔法を行使する際のプログラミングコードのようなものだ。
これらを理解し、魔法陣を構築、魔力という電気を流すことで魔法が発現する。
つまりは理解、構築、適正な魔力の供給により魔法は生み出される。
この理解と構築を時間があるたびにやるという話だった。
「今日使った灯る火という魔法を例にお話しましょう。一般的な灯る火は初級魔法と現世ではされています。適切な魔術の構築に適正な魔力を供給、そうすることで蝋燭の火程度の火球が生み出されます。ここまでは良いですね?」
現世、という言い方に引っかかるがおおむねティアから教えてもらった内容と一致する。
しかし実際に魔法として発現したのはバスケットボールくらいの火球だった。
「ええ、その違いが私がもつリソースの違いというものです。考えてみてください。魔人です。魔の人、つまりは魔術魔法はお手の物ということです。」
「具体的にはどう違うんだ?」
比較対象の魔法を知らないため、特に違いがわからない。
「結論から申しますと、魔術の構築からして違います。現世での灯る火はだいぶ変化しているようですね。どこかで途絶えたものを無理やり再構築したような違和感を感じます。」
つまり欠陥品ですよ、と串料理をたべながらイヴェンはそういった。
「原初の魔術。現代魔術の起源とされている構築方法です。あまりの複雑さ、効率の悪さ故に省略可や断絶がこの世界ではされてきたのでしょう。」
イヴェンが言うにはこの世界の人間は魔力操作が魔人より劣るらしい。
そのため、原初の魔術は使える人が限られたそうだ。
スマート化といえば耳触りが良いが、威力は下がるとのこと。威力と構築方法のトレードオフということだ。
「オクタルは魔力の操作に問題はありません。知能は高くないですが、学ぶ力が高いようです。知識を自分のものへとする過程、その過程の方法が確立されているのでしょう。元の世界では学者だったりしますかね、はは。」
断じて学者ではないし、頭もいいとは言えないが、この学ぶための力、というのは義務教育による勉強そのものの訓練にあるのかもしれない。
ありがとう義務教育。
聞けばこの世界の住人は何かを学ぶことが少ないため、文字や言葉で理解することが苦手のようだ。
それでこそ実践で覚えていくことのほうが多い。
「魔力の操作、魔術の理解、構築は問題ありません。後は魔術を動かすための魔力量ですが・・・こちらは契約により私の魔力魂を繋いでいるので問題ありませんね。」
「理屈は理解した。灯る火は教えられたとおりに動かしただけだからな。次からは意識どおりに動かせる。」
黒い炎になってしまうのは、イヴェンの魔力魂、つまりは魔力タンクに繋いでいるためだ。どうしても彼の魔力の特色が色濃く出てしまう。
見た目の邪悪さを抜けば、現状強そうな魔物を一撃で屠れるコスパの良い魔術だ。
「それはなによりです、それでは次に燃える火を教えましょうか。こちらが原初の魔術、こちらが現代燃える火として伝聞されている魔術です。違いがわかりますか?」
羊皮紙に刻まれた魔術、基本的には魔法陣の形となる。次等級と呼ばれる初級魔法の次の魔法は初級の魔法陣に加え、新しい魔法陣が重ねられる。
等級が上がるにつれ、魔法陣の数が増えるため、等級の高い魔法を発現する場合構築に時間がかかっていく。
「うーん、結構違うんだけど言葉にしづらいな。」
パット見ちがうことくらいはわかる。しかしどう違うかと言うとここの線が違う、文字が違う、ということくらいだ。
悩んでいると意識の外から回答があった。
「こことここ、出力制限がかけられてる。あとここの魔術文字がめちゃくちゃ、意味をなしてない。・・・それから魔力の属性変換の機構が狭い、変換効率がぜんぜん違う・・・。こうみると今の魔術が燃える火の形を保ってるのが不思議なくらい・・・。」
騒がしい酒場に合わない、小柄な女の子が机に身を乗り出しながら上目遣いでこちらを見ていた。
物語の展開を考えるのは難しいですね。
ともあれ第4話、お読みいただきありがとうございます。
引き続き更新できればと思います。