ep2:善と悪、前途多難。
ああ、全くもって嘆かわしい。
思考を停止している者、本能のままに動く者、地べたに這いずる者。
使えない奴らだ。
人間は?こちらもまた駄目だろう。協力など到底できまい。
「俺だけでは無理…か。であれば…。」
深い紺の燕尾服を翻し、男は暗闇に消えた。
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「ティア!!!!!無事か!」
慌てて火の下へと駆け、目的の者の安否を確認する。
襲われていたのはフロンタイン邸ではなかったが、その周辺の民家であった。
「なんとかな!しかし私だけでは…っ!」
多くの魔物に囲まれ、魔物の攻撃を剣でいなしながらティアは応えた。
魔物は大型の狼が、鳥の頭蓋骨を被っているような姿をしていた。
双眸から覗く赤い光が、その魔物の不気味さを強く印象付けている。
聖騎士を目指す彼女は近隣住民を放って置くことなどできなかったのだろう、戦闘力を持たない住民の姿はそこにはなかった。
現状彼女の無事を確認はできたが、おそらくこのままでは数に押し切られる。
協会付きの聖騎士が現場に向かってきている頃だろうが、それまで持つかは怪しい。
介入するしかない。
震える手をティアから比較的離れた魔物へ向ける。
「うぉぉおおぉあぁあぁっ!」
ティアの周りの魔物の気を引くため大声を出す。
手のひらに魔力を集中させ、攻撃魔法をイメージする。
魔力、魔法の細かいメカニズムは省くが、俺は魔力を操ることは可能だ。
そのため初級魔法と呼ばれる比較的簡単な魔法であれば使える。
初級魔法の一つ
「灯る火!」
手の先に生まれた黒炎が、バスケットボールほどの大きさの弾となった。
ティアから一番離れている魔物を弾着点として指定し、魔法を実行する。
「ギャンッ!!!」
魔物は避ける動作を見せたが、間に合わず直撃、魔法の威力により即死した。
周辺にいた複数体も爆発に巻き込まれ、炎が燃え移り暴れまわった末に絶命した。
「っ…!?…聞きたいことができたがそれは後だ!残りを掃討するぞ!」
ティアの指示に従い、残り数体となった魔物を一体ずつ処理していく。
基本的にはティアが斬り伏せていった。
☆
「グル…ギュッ…ッ」
ティアが最後の一体の首に剣を突きたて、この世界に来てから初めての戦闘が終了した。
ティアに視線を向け怪我がないことを確認する。
…深い切り傷程度のものはあれど、大怪我はしていないらしい。
とりあえず安心した。
「オクタル、怪我はないか?」
「ああ、前線はティアが張ってくれたからな、俺は傷一つ無いよ。ティアこそ大きな怪我がないようで良かった。」
ティアがこちらに寄りながら安否の確認をしてきた。
ほとんど彼女に頼っていたようなものなので、俺に怪我は一つもない。
「そうか…ならよかった。それから助かった。君がいなかったら今頃どうなっていたことか…。ありがとう。」
問題ない、と手を軽く振りながら礼を受け取る。
ティアはそれから…と口を開き
「君が使った魔法…あれは何だ?灯る火は私も使えるがあのような威力はないはずだ。そして黒い炎というものも見たことがない。………君は…」
ティアの言う通り、灯る火は初級魔法であり、攻撃魔法というよりは生活魔法に性質が近い。
明かりが欲しい時、種火を作るときなど、その程度の魔法だ。
言い訳を考えていると…
「私が少し助力をしたまでですよ。」
紺色の燕尾服を着た魔人、イヴェンがどこからともなく現れ、口を挟んできた。
「貴方が…?オクタルの知り合いだろうか?」
遠巻きに自己紹介の流れを作るティアに対し、イヴェンは軽く首を傾け、微笑みながら
「自己紹介ですか!ええ、もちろんいいですとも。自己紹介は大切です!ははは。では名前からお伝えしましょうか、私の名前はイヴェンと申します。長い付き合いになると思いますのでお見知り置きくださいね。」
心底楽しそうだ…。
さすがに魔人だということは伝えないらしい。
聖騎士を目指しているティアとしては、魔人は敵対関係にあるので教えない方が良いが…。
「イヴェン殿、助けていただき感謝する。オクタルに助力をいただいた様だが、一体どのようなことをされたのだ?」
「ああ、まだ自己紹介の途中ですよ。私は魔人です。オクタルをサポートする立場にあります。手始めに魔力魂の連結と魔術の構築のお手伝いを…」
まるで自慢をするかのように胸を張りながら、言葉を続けていく。
しかしそれが続くことはなく…
「………オクタル、なぜ止める。」
そりゃ止めるでしょうよ!
いやわかるよ?聖騎士を目指すものとして魔人は敵でしかない。
ただ躊躇がなさすぎるだろ!
ティアは剣を振りかぶり、袈裟斬りをイヴェンにする寸前であった。
なんとか間に入り込み止めなければざっくりといっていた。
…もしくはイヴェンの反撃を食らっていただろう…。
「…聖騎士だけでなく人間の敵ってのはわかるよ。けどイヴェンがいなかったらティアを助けられなかったんだよ。一回話を聞いてみてもいいだろ?」
「野蛮な女です。人間ごときが不快ですよ。一度死んでみますか?」
そこ、煽るのをやめろ。
ティアが今度は突きの構えを見せてる。
これ俺ごと行く気だぞ。
「大丈夫だ。君の臓器は避ける。」
「…せっかく無傷で済んだんだから余計な傷を負いたくないんだけど?」
「ふっ、魔人を倒すための傷だ。むしろ名誉だろう?」
「冥土が見えそうなんだけど?」
冥土の土産が魔人の魂ってのもどうなんだ?
あの世に魔人もいそうなもんなんだけど。
「サポートすると言う面では私はメイドのようなものですがね。ははは。」
後ろから声がするが無視をする。
そもそもメイドより執事だろう。
ちなみに実は女の子、というのはない。
「そもそも魔人に性別なんてないようなものですよ。」
そうだろうか…。
イヴェンはぱっと見は男に見えるし、切れ長の目をしたイケメンなんだが。
顔の横に細い三つ編みが有るが、それ以外は髪の毛は短髪だしな…。
…って違うだろ。
逸れた話を戻すべく、ティアに視線を向ける。
「イヴェンは悪い魔人じゃない…って言っても説得力はないな。目的があって俺のサポートをしてくれてるんだよ。そしてそれは人類の利になって損にはならない。だから話を聞いてくれないか?」
悪くない魔人って何だ。
というかイヴェンは良い悪いで言えば悪い魔人だろう。
じっとこちらを見つめるティア。
そしてとりあえずは話を聞くきになったのか、ため息を付きながら構えていた剣を下ろしてくれた。
「…納得は言っていないが了承はした。オクタルがいなかったら私は死んでいただろうしな。話を聞こう。」
「それでこそ調和を重んじるマグノリア教の信徒です!信仰など反吐が出ますが。愛すべきは対話ですよ。信じるべきは言葉です。魔人の言葉に信憑性があるかは知りませんがね。ははっ、ははは。」
「オクタル、そこをどけ。そいつを斬れない。」
なんか聞いたことあるなそのセリフ…。
イヴェンは性格に難がある、あり過ぎるかもしれない。
その予兆を感じ取りながら再びティアをなだめることになるのだった。
第2話を読んでいただき、感謝しかありません。
よろしければ感想等いただけると嬉しいです。
このお話は1話を3000文字から5000文字を目安に執筆していきます。
どうぞお付き合い下さい。
追記:オクタルが使う始源魔法の読み方を変更しました。頭にジェンとつきます。