ep:EX1 お茶会の招待状
とある貴族街の喫茶店に一際目立つ3人が座っていた。
一人は深海を表したかのような深い青の三つ編み、着ている紺の燕尾服と泰然自若とした佇まいが貴族の執事筆頭であるようだった。
一人は黒く細身のドレスを身にまとった、気品ある黒髪の女性。
一人は仏頂面を隠そうともしない黄色い刺繍の入ったコートを羽織った、長く雑に着られた銀髪の男。
目立つには目立つ、しかし近寄りがたく聞き耳すら無粋に感じる雰囲気が底にはあった。
実際は個室をあてがわれており、遮音の魔術も組まれているため、会話内容等が漏れることはないのだが。
「イヴェン、そういえばあなた魔界に戻らなくていいの?勘違いした魔人が貴方の街を乗っ取ろうとしているわけだけど…。」
「あんな街どうでもいいですよ。人民は軒並み契約済みですしね。」
ティーカップを傾け、紅茶を楽しみながらイヴェンは続ける。
「ただ…、私がなめられるのは不快ですね。混沌の追従者に対応させますか。」
片手間に魔法陣を構築し、魔力を流すイヴェン。
魔法陣からは一人の魔人が現れた。
全身をローブで覆っているため、性別も顔もわからない。
ローブの質は上等なもので、重厚感のあるものだった。
裾が長いので、跪く際に裾が床に付いてしまっている。
「他の混沌の追従者に伝えなさい。───身の程をわきまえない愚物に制裁を。わかったなら早く行きなさい。」
「…。」
魔人は無言でその場を去った。
「は、哀れみすら感じるな。契約に縛られ、消耗品のように使われる。」
すでに誰もいない空間を見下しながらアグロが口を開く。
その目には蔑みがあった。
「契約魔術ねえ。私もオクタルくんと契約するためにイヴェンにお願いしたけれど、奴隷契約を結ぶのは気が引けるわぁ。」
「お二人が混沌の追従者であったときは随分と楽をさせてもらいましたとも。」
「その話を掘り返すな。反吐が出る。」
アグロもエイドラも元混沌の追従者だった。
基本イヴェンの契約は、対価がある代わりに無理難題を押し付けられる。もしくは無理やり契約をさせ、服従させる。
二人も例にもれず、イヴェンと契約をさせられた過去があった。
「貴方方にとって無理なお願いではなかったでしょう?」
「契約完了後もこうして付き合いがあるのは貴方に対して恨みがないからよ。オクタルくんとの契約を手伝ってくれたし。」
「低級の契約魔法なら使えるでしょう。私の契約魔法が必要だとは思いませんがね。」
「やっと見つけた最高の素材なのよ。現に三人の魔人と契約を結んだ人間なんて過去にいないわ。契約対象が魔人ということを含めてもね。私を殺すまで逃がしてたまるものですか。」
茶菓子を食べた際に付いたクリームを妖艶に舐め取り、恍惚とする表情を見せるエイドラ。
その評定は恋する乙女のようだった。
「俺は別にお前のことを許してない。…が、俺には俺の目的がある。有効活用させてもらうからな。」
「ええ、ぜひそうしてください。上級魔人筆頭が協力者であることの心強さは他にありませんから。」
正直なところイヴェンは正面からの戦いでアグロに勝てるとは思っていない。
彼の抜きん出た身体強化と戦闘センスには多くの混沌の追従者を費やすこととなった。
結果として契約に成功し、目的への進捗が大幅に進んだことはプラスだった。
アグロが契約を爆速で完了させたことは想定外だったが、その後の関係が悪くないのは重畳だ。
イヴェンは普段のニヤケ顔を正し、真剣な顔つきで両名に向き合う。
「アグロ、エイドラ。───協力感謝する。俺にできることは何でもする。引き続き力を貸してくれ。」
「いいわ。私も協力してもらってる身ですもの。かわいそうな男の手を引くのも、女の役目よ。」
「ふん、別にお前のためなんかじゃない。」
その返事を聞き、イヴェンはふと笑みをこぼし、再びいつものニヤケ顔に戻る。
照れ隠しのように紅茶を一口のみ、話題を変える。
「あとはウノがこっち側にきてくれればいいんですけれどねえ、どう思います?」
「うーん、あの子は難しいんじゃないかしら、そもそも魔界から出てこないでしょう?」
「俺もアイツのことは知らん。興味があって会いに行ったが…あいつ自身は雑魚だろ。興味が失せた。」
二人の反応を聞き、しばし考えるイヴェンであったが、すぐに切り替えてしまう。
「まあ、彼はおいおいですね。いずれ必要な人材です。──おや、これはこれは、魔界と連絡が付いたようです。お二人も余興にいかがですか?」
いつの間にかいたフードの魔人が水晶を差し出す。
その向こうにはある上級悪魔が写っていた。
☆
「メルダ様!メルダ様!」
喚き散らす声で目を覚ます。
大声で起こされたことに不快感を感じる。
大声を出した者を見やると、そこには慌てた様子の魔人がいた。
こいつは確か…秘書に命じたやつだったか。
「どうした騒がしいな。喫緊の要件じゃなければころすぞ?ほら言え。」
「はっはい!どうやら街の一部区画で暴動が!ここ何十年となかったのですが!」
「くだらん、暴動程度お前らでなんとかしろ。死にたいのか?」
くだらない内容に辟易とする。
街の暴動ぐらい部下がなんとかするものだろう。
「そ、それが!暴動を起こしているのは謎のフードの集団でして!」
「何?どこのバカだ、全く。魔力の色は?」
暴動と言うより侵略だろうか?
家主が不在の街をのっとってから百年近く立っている。
俺の街だ、誰にも渡してなるものか。
「黒です!魔力の照合はうまくいきません、相手は未知数です!」
「黒だと!?」
黒の魔力、それはこの街を支配してしばらく残っていた魔力溜まりの色。
もともと支配していた魔人が何者かはわからないが、遅いお帰りということだろう。
「糸を出す!それまで中級魔人を送り対応しろ!」
「はい!すぐに!」
そう言い残し、秘書の魔人は走り去っていく。
寝ぼけていた頭を覚醒させ、全身に魔力を行き通らせる。
部屋に貼っていた網目状の糸に手をつけ、思い切り流し込む。
「このメルダに楯突いたことを後悔させてやる。魔糸操作!」
「メルダ様!メルダ様!」
「要件だけ言え!」
今度は何だ!!!!
糸の操作に意識を持っていかれるため、対応している暇はなかった。
「別区画からも同様の集団が!第三、第七、──第一まで!!!」
くそ!どうなっている!
なぜ急に?!この物量をどこに隠していた!
焦る気持ちを無理矢理に押さえつけ各地に配置している中級魔人へと糸を接続する。
魔力を流し込み身体強化と最適な行動を取らせる。
各地の魔人へのリンクは取れた。
これで状況を押し戻せるだろう。
「ごきげんよう、主不在の城で王様気取りの魔人君。状況はいかがかな?」
突然知らない声に話しかけられる。
その方向を見れば、血だまりに沈む秘書の姿と、高級感のあるローブを身にまとった者が水晶をこちらに向けていた。
水晶の中にはニタニタと笑う魔人の姿があった。
「…きさまがここの元支配者か。しかし残念だったな。もう俺が対応に出てる。時期に事態は終息するさ。」
「ああ、この操り人形ですか。ははは、あまりにも貧弱。見せてあげますよ、格の違いというものを。」
糸の操作に集中しているため、水晶の奥の魔人と対話をするのはあまり得策ではないが、心理的な同様を誘っているのであればあまりにも愚かだ。
「はん、魔界から逃げた魔人ごときに何ができるというのだ。私は上級魔人メルダだ。お前の居場所も探し出し、必ず滅ぼしてやる!」
「おやおや、集中しなくていいのですか?どれ、一つつぶして差し上げましょう。」
「何を…っ!!?」
第七区画に伸ばしていた中級魔人のリンクが途切れる。
こちらからリンクを切らない限りは途切れることはないのにだ。…対象者の死を除いて。
「馬鹿な!曲がりなりにも中級の魔人達だぞ!俺の魔力も流している!こうもたやすく…っ?!」
「どうしました?また一つ消えましたか?おや、また一つ、あらあら貧弱ですねえ。」
「くそ!くそくそくそ!!!どうなってやがる!」
一つ、また一つとリンクが切れていく。端のほうからじわじわと。
絶望という風が、希望のろうそくを絶やしていくように。
気づけば街の8割が黒い魔力に染まっていた。
「ほらがんばってください。詰みになる前に。弱いことそのものが罪なんですがね。はは、はははは、ははははは!」
心底楽しそうに笑う魔人を見て戦慄する。
得体のしれないローブの集団、次から次へと切れていくリンク。
「クソが!なんで!こんな!急に!」
「どうして?理由?そんなものありませんよ。気まぐれです気まぐれ。ははは。」
気まぐれでこの戦力を送り込めるのか。
あまりの戦力の差に絶望していたその時、手足とも言える中級魔人へのリンクがすべて消えた。
「打つ手なし!!!!!残念でした!!!!!はは、ははははは!ははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
目の前のローブ姿の魔人に手を伸ばされたのを見たのが最後、メルダの視界は闇に染まった。
その日、イヴェンの混沌の追従者が一人増えることとなる。
神木です。
2章に行く前にちょっとした閑話をば。
魔人たちの弱肉強食さ、イヴェンの深堀り、アグロとエイドラとの関係を書きたいなと思ってました。
イヴェンの立ち位置があまり示せていなかったので後半はちょっとした戦闘描写を。
キャラの肉付けを頑張っていく次第であります。
引き続きお付き合いください。