ep13:呷る盃 血と盟約
「殺せって…また物騒だな。」
「あら、割と本気よ?契約してくれるならそこら辺も教えるのだけれど。」
ふふ、と妖艶に笑うエイドラに思わず見とれてしまう。
「ああ、見返りが足りないかしら?そうね…私の身体と魔術なんてどうかしら?人間の平均と比べても魅力的に映るはずなのだけれど。」
胸に手を当てしなをつくるエイドラは…目の毒だった。
モデル顔負けなスタイルに、耳にしっとりと残る艶のある声は、脳を直接揺さぶるようだ。
「それは、別にいい。魔術、魔術について教えてくれ。例えばいま俺にかけようとしてる魔術とかな。」
クラクラする気持ちをなんとか押さえつけて、そう答える。
館の魔人が使っていたものとは別の真っ赤な魔力がこちらの足元に近づいてきていた。
「ざーんねん。私の誘惑に耐える人間は久しぶりに見たわ。うん、魔術はよしておきましょう。」
そう言うと魔力は霧散し、魔力溜まりとしてその場に残るだけとなった。
「いまのは服従の魔術よ。誘惑に負けた対象を使役する魔術ね。」
「いや怖いわ。契約する気あんのかお前…。」
危ねえ…。
魔力の流れが見えていなかったら今頃やばかったな…。
軽く睨むが、エイドラは柳に風といったように微笑む。
まっすぐこちらを見つめる瞳に飲み込まれそうになるが、鋼の意志でそらす。
「もちろんあるわよ。少し試しただけ。ある程度わかったからもう試すことはしないわ、エイドラの名にかけて誓うわよ。」
「どうだかね…。」
半信半疑で横であくびをしているもう一人の魔人を見やる。
「うん?ああ、安心してください。魔人にとって己の名前は重要な要因なのですよ。エイドラがそういうのであればそれに嘘はないはずです。イヴェンの名に誓いましょうか?ははは。」
胸元から懐中時計を取り出し手入れをしながら、心底どうでもいいように教えてくれた。
信じていいかはわからないが、まあ信じなければ話は進まない。
「誘惑に耐える男は久しぶりだもの。それこそそこにいるイヴェンくらいよ。私としても貴方を気に入っているのよ?」
指を俺の胸に押し付けくるくるとまわすエイドラ。
彼女の花のような香りが鼻腔をくすぐる。
「…っ。契約するうえで要件がいくつかある。まず魅了を振りまかないこと、服従の魔術を身内に遣わないこと。俺が指示する以外で人間に害を与えないこと。この3つさえあれば契約する。」
エイドラから距離を離しながら、イヴェンにも伝えてある内容を提示する。
エイドラは少し困ったような顔を見せ、概ね了承してくれた。
「最初の魅了を振りまかないことは難しいわね。オンオフができないのよ。でも貴方のためならいいわ、頑張ってみる。」
「まあイヴェンみたいに付かず離れずを保ってくれればいいよ。」
あらあら、と声をだしながらエイドラは微笑んだ。
うーん、まだ完全に信用したわけではないんだけど、どうも警戒心が保ちづらいな。
「それじゃあ契約をしましょう。私が要求するのは一つ。私をどれだけ時間がかかってもいい、殺すこと。それに対する見返りは私が持つ全てと、お嬢ちゃんの解呪よ。」
「了承した。…オクタルだ。周りに危害を加えないというのなら契約する。」
契約成立ね、と手を握ってくる。
細い手がするりと手のひらを越え、腕、肩に回る。
あまりに自然な動作に抵抗ができなかった。
お互いに抱きつくような形になってしまう。
伸びた腕は首に回され、耳元に湿った熱を感じる。
イヴェンのときにはなかった行為に戸惑いを隠せず、とりあえず彼女を離そうとしたその時
首に鋭い痛みが走った。
「ちょっ、エイドラ、何をして。」
首の痛みはすぐに消え、それから血の気が抜けるような肌寒さを感じる。
…というか血は実際に抜けていた。
「ん…っ、ぷはっ…。うん、ごちそうさま、オクタル君。」
一瞬の出来事だったため呆気にとられたが、彼女の笑みから除く牙を見て理解する。
「吸血鬼…!」
「あらご存知?比較的珍しいはずなのだけど」
俺の世界ではメジャーだからな吸血鬼。
勝手に血を吸われた動揺と、リアル吸血鬼を見れた左手の疼きがせめぎ合っている。
「てか、あれ…吸血鬼って、俺吸血鬼になったりしてない?大丈夫?」
「そこは大丈夫よ、はたから見たら吸血鬼には見えないから。」
「何も大丈夫じゃない…!」
え、俺吸血鬼確定?もう昼に行動できない?
「ちょ、本当にやばくないか?太陽に弱いとか行動制限がかかりすぎるぞ。」
「なんのことを言っているのかしら…。少なくとも太陽に弱いとかはないわよ。吸血鬼の特性としてはそうね、再生能力が上がるのと、不死になることかしら?デメリットはそうね…、不死になることかしらね、ふふっ。」
エイドラいわく、太陽に弱い、杭で心臓を貫かれたら死ぬ、などの弱点はないそうだ。
そんな弱点があったら殺してほしいなんて言わないとのこと。
まさか不死属性が俺につくなんて…。
…ココノエ姉さんにプロポーズするか?
死なない一生を一人で過ごすことの辛さを想像しつつ、ココノエの辛さを改めて理解する。
「安心していいわよ、私が死ねばあなた達も解呪されるもの。だから頑張ってね?」
そう言われ理解する。
契約を結んだ段階でココノエの解呪をしてくれるのではなく、契約を達成した段階で解呪すると言っていたのだ。
殺してしまっては解呪ができないと考えていたが、そういうからくりらしい。
「私は吸血鬼の始祖、吸血鬼の祝福を与える魔術が使えるわ。それから精神系統の魔術もね。オクタルくんとお嬢ちゃんにかけた祝福はそれよ。これは私が死ぬまで解けないけれど強力な祝福なの。吸血をする際に付与するか選べるわ。あと、吸血鬼の祝福は不老不死だけじゃないわ、たくさん勉強しましょうね。」
そう言いながら、エイド等はあらかた権能を教えてくれた。
不老不死、暗視能力、変身、回復能力向上…、挙げたらきりはなさそうだ。
人間であった俺のイメージでどれだけうまく使えるかは疑問だが、使えるものは覚えて損はないだろう。
「…眷属をつくるって奴隷契約みたいな感じするな。」
「まあそういうものもあるけれど、私はあまり好きじゃないわ。お嬢ちゃんを吸血鬼にしたのもかなり悩んだのよ?実はオクタルくんで4人目だし、私は貴方の母みたいなものだと考えてくれていいわ。ママって呼んでもいいのよ?」
ティアの目線が鋭く俺に突き刺さる。
…これは冗談でも言えないだろう。
「すまん、親離れは済んでてさ。デイドラでいいだろ。」
ティアとココノエが見るからにホッとする。
まあ成人のママ呼びがきついのは俺も理解できる。
「これから何十年、何百年という付き合いになるかもしれないわ。だから…よろしくね?」
☆
かたんと小さな揺れが心地よい車内。
流れる景色は平凡そのもので、草原や小さな川がちらほら流れる程度だった。
道は舗装はされていないが、数多くの流通により草は生えていなかった。
窓から射す日差しが眩しい。
エイドラの言っていた通り、日差しにさらされた瞬間灰になることはなかった。
そんな彼女は俺の隣でうとうととしている。
…正直イヴェンやアグロのような不気味さ、得体のしれなさはない。
死にたがりの吸血鬼なのだ、行動の動機がわかれば人は安心できるのかもしれない。
こちらを害する素振りも今のところは見せていない。
無防備なのはその生命力故か。
「警戒心が弱くなるってのはまあ、こういうことなんだろうな。」
「オクタルが契約で縛っているから危害はないのだろうが…。こう周りに魔人がいると私は気が抜けないぞ。」
目の前に座っているティアと会話をする。
あの騒動の後、俺達は予定通り帝国に向けて出発した。
その間エイドラはイヴェンと同様に何処かへ、というわけではなく、ずっとともに行動をしていた。
神出鬼没なイヴェンは、あの後やはりというかいなくなり、出発時刻になるとふらりと現れ馬を走らせてくれている。
イヴェンが何をしているかは気になるが、聞いても答えてはくれないので今のところスルーしている。
人間に危害を加えるものではないと言うことはわかった。
「吸血鬼ねえ…。」
正直、元の世界基準で言えば吸血鬼は好きだ。
そういった題材の小説は読むことも多いし、子供の頃に読んだ本は今でも印象深い。
だからエイドラのこともあまり嫌いになれないのだろうか。
ちなみにイヴェンのことは少し苦手、アグロのことは若干、いや普通に嫌いだ。
だってあいつに助けられたとはいえ蹴ってくるしパチモン掴ませてくるし。
「オクタルは後悔していないのか。魔人2人と契約することになってしまったのだ…。」
「まあ変な体験してるなとは思うけどさ、別にそこは気にしてないよ。もともと魔人にそこまで忌避感はないしな。」
魔人が全部が全部悪いとは決めつけてはいけないというだけだ。
この世界の住人は過去に大きな被害を受けているのだろう。
嫌なことは目立つのだ、いい魔人がいたとしてもそもそも魔人と気づかれていない可能性だってある。
…というのは楽観的だろうか。
「魔人2人と契約している勇者はちょっと見聞が悪いかもな。」
ティアに笑いかけながら首筋から漂う赤い魔力を見やる。
いま身体に流れている魔力は2色だ。
心臓は赤い魔力により包まれ、黒い魔力は全身を覆うように流れている。
そして黄色い魔力が…
「は?」
「む、どうした?」
黄色い魔力が手の中に網目状に、たしかに広がっていた。
黄色い魔力をもつ魔人のしかめっ面が脳裏によぎる。
「アグロのやろおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
訂正、契約者は3名だった。
神木です。
13話ですね。ご覧いただきありがとうございます。
ユニークユーザーが100名を超えました…。
これだけの方に見ていただいているのは光栄ですね。
まだまだ続く私の妄想に、今しばらくお付き合いください。