ep11:広がる思考と世界
「それにしてもその魔力…黒は初めて見ましたよ。」
こちらの魔力を見取ったのか、魔人はそんなことをつぶやいている。
かなり警戒しているのか、魔力を大きく揺らめかしながらゆっくりと近づいてくる。
「どなたのものでしょう…。聞いたことも見たこともない魔力です、ええ、判断がつきませんねぇ。」
魔力の色が濃いといえばそうなのでしょうか。
そう口を開く魔人の意図は見えない。
「しかし私としてもやっと見つけたあの方の呪い。ここで引くわけにも行きません!!!」
「ぐあっっっっ!!!」
魔人の姿がぶれ、気づけば庭に吹き飛ばされていた。
俺の目の前に立ち、見下す魔人の後ろには突き破られたドアがあった。
体にはさほどダメージは無いが、魔人の姿が早すぎて見えなかったのが問題だろう。
このままでは攻撃をくらい続けることになってしまう。
「どうにかできないもんかね…。…よし、ティア!こいつは俺がやる!ココノエを探してくれ!」
体を起こしてティアに指示をだし、魔人に向きなおる。
「私としては諦めてほしいものですがねぇ、ええ。今なら逃がしてあげますよ。」
「そういうわけにも行かないんで…なっ!」
身体強化のかかった体をうまくセーブしながら突っ込む。
しかし振り抜いた腕は空を切ってしまった。
「おや、そのような高位の身体強化をかけながらもうまく使いこなせてないご様子。」
かわされた拍子にがら空きの横腹へ蹴りがはいる。
これもまたダメージはないが、勢いは防ぎきれず吹き飛ばされてしまう。
「諦めましょう?実力の差は顕著に現れていますよ、ええ。」
「諦めてたまるかよ…。色々試してみるさ。」
魔人はまだ本気を出していないだろう。
明らかに手加減をされている。
「猛る炎!」
サイズは灯る火と変わらないが、圧縮された魔力で振れたものを一気に燃え上がらせる魔法だ。
しかしその魔法もかわされてしまい、地面を吹き飛ばすに終わってしまう。
炎の魔法は魔人には相性が良くないか。
…あいつはどうやって俺の攻撃を見切っている?
セーブしているとはいえ、俺の動きは通常より何倍も早くなっている。
それなのに行動直後に高速でかわされてしまう。
アグロやイヴェンの転移とはまた違うのだ。
考えられるは3つだ。
行動が本当に見られている。
動いたのを見てとりあえず回避行動をしている。
思考、もしくは未来が読める。
「3つ目ではあってほしくないな。2つ目と仮定して…灯る火!」
灯る火を発現し、その後ろに隠すように更に火球を生み出す。
回避を予想し、そこに回避すれば当たる軌道だ。
しかしこちらも結果は虚しく終わってしまう。
どうやら2つ目ではないようだ。
「ちゃんと見えていますよ。ええ。あなたはどうでしょうか?」
手のひらに火球を作り出す魔人。
その際に生まれた魔法陣は3つ、つまり猛る炎だ。
こちらにその火球を飛ばしてきたとしても、距離は離れている。
注意をしていれば問題なく避けられるだろう。
「距離を詰めればよいのですよ。」
一瞬でこちらに距離を詰め、その手のひらを俺に押し付ける。
視界が炎に染まり、瞬く間に体全体が燃え上がった。
現実離れした出来事に、体を転がし消火を試みるが魔法の火はその程度では消えてくれなかった。
…しかし。
「…身体強化、すげえな。」
燃え上がる体に熱さは感じず、皮膚は焼け爛れてなどいなかった。
そもそも視界を確保できることも驚きだ。
まさかだが、そのまさかがあればこの状況をひっくり返せるのではないか。
燃えた体をそのままに、天を寝そべりながら見上げ逡巡する。
魔人が手を抜いている…?
いや、そんなことは無い。
魔人の笑顔に汗が一筋流れるのを見逃しはしなかった。
体を起き上がらせ、燃え上がる口で魔人に話しかける。
そんな事があるのか甚だ疑問だが、それでも口にする。
「…お前、もしかして俺を倒せないだろ。」
魔人から返事はなかった。
そうか、身体強化の違いか。
やつは高位の身体強化と言っていた。
魔人の体に大きく揺らめく魔力は身体強化のそれだが、俺の魔力は膜のように覆い、ゆらめきは少ない。
低位の身体強化はその強化に使う魔力が外に逃げてしまうのかもしれない。
そう仮定すると、やつの攻撃がことごとく俺に効力を発しないことにも説明がつく。
しきりに諦めるよう説得してきたのもその一つだろう。
「じゃあ色々実験できるな。覚悟しろよ?」
魔法の当て方も目の前の魔人に教わった。
時間をかければこの魔人を倒せるかもしれない。
「ふ、ふふふ、仮に私があなたに傷を負わせることができないとしても!あなたは私を傷つけることもできない!」
それは事実だ。
ただ、今このときの事実である。
魔力切れが怖いが、そうなる前にイヴェンも来るだろう。
「なにをたらたらしているのですか、オクタル。」
いけ好かない魔人を思い浮かべたら実際に現れた。
そしてやっぱりいけ好かなかった。
「身体強化を肉体だけに使っているうちは三流ですよ。そこから発展くらいは見せてください。」
そう言いながら近くの花壇につまらなそうに座り込んだ。
肘をつきながらこちらをその目で見つめている。
「貴様がこの人間の契約者ですね!は!見たことも聞いたこともない魔人に怯える必要はありませんでした!エイドラ様がいらっしゃれば貴様らなどゴミ以下でしかありません!」
魔人がイヴェンをみて叫ぶ。喜びと興奮を隠しきれないようだ。
先程までの焦りはなかった。
「ああ…彼女ですか。」
俺にしか聞き取れない程度の声量でつぶやくイヴェン。
アグロのように知り合いなのだろうか。
「オクタル、急がないと蠱惑が来てしまいますよ。オクタルではまだ到底敵わないでしょう。ほら、急いでください。ははは。」
「…そいつはどんぐらい強いんだ?」
「別のベクトル強さを持ちますが、まあアグロといい勝負をするでしょう。流石にアグロが負けるとは思いませんが。」
一傷卿の顔が脳内に浮かぶ。
かなり急がないと命が危ないかもしれない。
「ちくしょう、わかったよ、やればいいんだろやれば!」
今一度身体強化の魔法陣を頭に思い浮かべる。
その間に片手間ではあるが灯る火を魔人に打ち込む。
…魔人は見てから回避していると言っていた。
反応速度の強化か?ただその魔術は教わっていない。
イヴェンはなんと言っていた…?
魔人に蹴りを入れられ吹き飛ぶ。
くそ、考えることが多すぎるうえに対応しないといけないことが多すぎる…。
思考が身体に追いついていない。
「思考が…追いつかない?そうか!」
身体強化は身体の強化だけだと思っていた。
アグロや目の前の魔人の魔力の流れを見ていたが、見えているのは外側だけだ。
逆に言えば身体の内側の魔力の流れは見ていない。
脳なのか…?
「脳みそを改造するの怖すぎるぞ…。」
ちらりと横目にイヴェンをみやるとこちらにほほえみながら自分の頭に指を指した。
くるくると指を回し、弾けたように手を開く。
その動作にイラッとしながらもヤツの内側の魔力の流れを見る。
内側の魔力は脳を網目状に覆い、手足の先まで全身に枝分かれをしながら細かく伝っていた。
「猛る炎!」
魔人の目の前に落とし、火柱をあげ視界を塞ぐ。
そのうちに身体強化の魔法陣を再度展開する。
「アグロの野郎!欠陥品を渡しやがったな!」
はじめに構築したときには感じなかった違和感を、この魔法陣からは感じた。
明らかに一つ、出力機構が組み込まれていない魔法陣があった。
その魔法陣の出力機構を書き込み、真に魔術を完成させる。
急いで魔力を注ぎ、変換された魔力を身体へと戻していく。
今までになかった場所に魔力が供給され、意識が遠くなりそうになる。
…意識が遠くなっているんじゃない、世界の時間が伸びている。
これが身体強化の本領。
目の前の火柱を振り払い、魔人がこちらへ近づいてくる。
近づいてくるのが見える。
身体は、動く。
「素晴らしい、また一歩強くなりましたね。」
その声は引き伸ばされ何を言っているかはわからなかった。
だが、引き伸ばされた世界では吹き飛ぶ魔人すら確認できる。
全力で地面を蹴り飛ばす。
吹き飛ぶ魔人に追いつき、胸ぐらを掴み上げる。
掴み上げた腕を払おうとする動きは止まって見えた。
ああ、負ける気がしない。
「猛る炎」
目の前の魔人が一瞬にして燃え上がる。
しかしその動きは緩慢だった。
引き伸ばされた思考でずっと見続ける必要もないだろう。
体内の魔力の流れを止め、思考をもとに戻す。
身体強化はかかったままなので手に熱さは感じなかった。
「あああぁあぁあぁぁあぁああぁぁ!きえる、きえていく、私が、わたしがぁあぁあぁ!」
ジタバタともがく魔人を投げ捨てる。
地面を転がり、のたうち回るが、黒い炎は消えることはない。
「えいどらざまああ!わた、わたしばぁぁぁ…。」
次第に声は霞んでいき、魔人は燃え尽きて消滅してしまった。
…見るに耐えない被害がこの魔人によって出ていたのだ。
罪悪感を感じる必要は…無いはずだ。
しかし、理解はしていても不快感が胸につかえて取れない。
後味の悪い結果となってしまった。
今後もこのようなことが続くのだろうか。
「考えても仕方ないか…。成仏してくれよ。」
魔人を滅する、悪く言えば殺す選択をしたのは俺自信だ。
その選択に後悔はしたくない。
心に影が差すのを感じながらココノエを探しに行くことにした。
どうも神木です。
11話目です。お読みいただき感謝いたします。
戦闘描写は難しいですね。
今後もセンスを磨いて読み応えのあるものにできればと思います。
引き続きお付き合いください。