ep10:復讐のプレリュード
「本当思わぬ収穫ですねぇ…。えぇ、えぇ。」
恰幅の良い男が目の前のベッドに横たえられている幼女を見ながらニヤニヤと笑う。
先ほどオクタルたちに見せていた笑みとは正反対のものだった。
「間違いなくあのお方の魔力。これであのお方の魔術の真髄に近づける!」
このガキに掛けられている呪いはまさしくあの方のそれ。
長年研究してきた魔術の完成形がこのような形で手に入るとはなんという僥倖か。
今までのガキは呪いをかけるたびに形が崩れていった。
魔術構築が不完全だったのだ。
何度繰り返してもうまくいかず、最近では素体も見つからなくなってしまった。
そろそろ拠点を移そうと思っていたところに転がってきた幸運だ。
しかし、ガキと一緒にいた男は明らかに魔人が背後にいる。
人間が持ち得ぬ魔力を感じた。
下手に殺すと魔人に報復を食らうかもしれない。
そう思い、強い睡眠の毒を盛ったうえで地下の独房に放り込んである。
年には年を、一緒にいた女も同様に。
「あのお方には連絡済み…。魔人が来たとしても手を付けている者は殺していないので交渉の余地はある…。それでも厳しいならあのお方の名を借りるしかないが…、ああ、早くいらしてください…。」
かのお方が早く来ることを祈るのみだ。
それまでに呪いの詳細を確認しよう、そう思い手を伸ばしたその時だった。
建物全体が大きく揺れた。
天井の塵と埃がパラパラと落ちる。
衝撃は恐らく地下から。
つまりそれが意味することとは。
「そんな馬鹿な…。いくらなんでも早すぎる。」
最速の復讐が今始まる。
☆
大穴を開ける必要は実のところなかった。
隣の独房にティアが入れられているのを見つけ、格子を無理矢理こじ開ける。
見たところ外傷はなかった。
一定のリズムを刻む呼吸が、彼女が生きていることを示していた。
「…よかった…、よかった。ティア、起きてくれ。」
解毒の魔法をかけ身体から毒を抜いていく。
軽く肩をゆすり、声をかけることでティアの目は開いた。
「…ん……。…ぁ。……っ!!」
意識が戻ったのか大きく目を見開き、俺から少しだけ距離を離した。
…緊急事態とはいえ、身体に触れてしまったからな。
ちょっとデリカシーに欠けてたか?
「…あ、オ、オクタル!すまない!その、驚いてしまって…。……起こしてくれてありがとう。状況は?」
この切り替えの良さは彼女の長所だ。
ティアに状況の説明をしていく。
「毒ガスか魔法かはわからないが、ティア、それから俺も眠らされてここに。ココノエの姿はなかった。…状況を見ても町長が子供を誘拐する犯人で確定だろう。今からココノエを探しに行く、それでいいか?」
「ああ、問題ない。承知した。」
縦に首を振った彼女に頷き返し、ココノエの場所の目星をつけていく。
ここがあの館かは不明だが、とりあえず外に出てみるのがいいだろう。
「町長…いや魔人ならこの館の最上階にいますよ。」
聞き馴染みのある声だ。
振り返ると紺の燕尾服、イヴェンが立っていた。
「今までどこに…とは聞かないけど、…やっぱり魔人か?」
イヴェンはココノエの囮作戦の実行中から別行動をしていた。
そのため彼が何をしているかはわからなかったが、彼が居なくなることは珍しいことではないので気にもとめていなかった。
「ええ、魔人と言っても格の低い名無しの魔人ですがね。私やアグロには遠く及びませんよ。」
名無し、確かに町長…魔人は自分の名前を話してはいない。
低級の魔人には名前がついていないのだろうか。
「わかった。なら直ぐに向かおう。イヴェンは着いてくるか?」
「遠慮しておきましょう。私がいたら魔人が逃げてしまいますよ。ははは。なのでオクタルとこの女だけで頑張ってくださいね。」
そうそう、お届け物ですよ。
そう言いながら、どこからかティアの鎧を取り出し、イヴェンは消えていった。
現れたり消えたり、魔人は少し自由すぎる。
全員が瞬間移動の術を持っているとは思いたくないが…。
今回の事件の主犯である魔人は出来ないと過程し、戦い方を考えておくことにしよう。
「準備ができ次第上に行こう。前衛は任した。」
「承知した。不甲斐ない姿ばかり見せている気がするからな、汚名返上といこう。」
ティアと総言葉を交わし、反撃の準備を開始した。
☆
鎧を着込んだティアを前衛に階段を駆け上がる。
一階には魔物が待ち伏せていた。
無視して登るわけにもいかず、ある程度の広さのあるエントランスで迎え撃つことにした。
フロンタイン邸付近で見た狼のような魔物が三体に、動く鎧が二体、ローブを纏っているいかにも魔法を使いそうな骸骨が一体だった。
「君に近づく魔物は全て斬り伏せる!遠くの魔物からやってくれ!」
剣をかまえながらティアが前に出る。
剣先で狼型の魔物を牽制し、時に斬りつけながらこちらの時間を稼いでくれる。
稼いでくれた時間を使い、魔術を構築していく。
建物内だ、火の魔法は使えない。
「とくれば水での一点集中だよなあ!」
使い慣れなれていないので構築に時間がかかるが、水の魔術を構築していく。
「ふっ!はぁっ!!」
ティアを無視しこちらに飛びかかる魔物を、横から剣で両断する彼女の姿が横目で見えた。
あのサイズの魔物を一太刀で両断する技術は、目を見張るものがある。
俺は使えないからな、剣。
「魔法ごと貫け!打ち水!」
俺が魔法を発現するのと同時に、向こうの骸骨も魔法を発現したようだ。
魔力を圧縮し魔力弾とする技魔法の矢だろう。
しかし同じ初級魔術であっても、こちらは始まりの魔術だ。
「…ぎぎっ…!」
お互いの魔法が交差し、魔法の矢は消し飛び、打ち水が頚椎を撃ち抜いた。
「よし!後ろは片付けた!」
崩れバラバラになる骸骨を見てティアに報告をする。
「こちらもあと3体だ!」
見れば腕で動く鎧の袈裟斬りを受け止め、残る手で狼にとどめを刺していた。
振りかぶった剣が勢いを増す前に軌道に腕を差し込み、威力を半減しているのだろう。
とんでもない度胸と覚悟だ。
打ち水で残り一体の狼を撃ち抜き、動く鎧に相対する。
動きはとろく、剣を振りかぶる動作の胸元がガラ空きだった。
身体強化のかかった足で一歩目を踏み込む。
あ、これ制御効かないわ。
「ぶっ…!ごっ…ぐえっ…!がっ!ぶはっ!」
拳を振り抜く動作は連動して行えたが、鎧を吹き飛ばすと同時にきりもみ回転をしながら床を転がる。
壁に足を上にするように背中からぶつかり、ようやく止まった。
「いてて…いや…痛くないか…?」
崩れて動かなくなった鎧を見ながら急いで立ち上がる。
元の世界であれほど体を打ちつけたら擦り傷どころの話ではないが…。
確かに格子を破るほどの強化だ、耐久も上がっていなかったら今頃腕は無かっただろう。
「ティア!そっちは…」
ティアに注意を向けると、鎧に馬乗りになり、首筋から剣を差し込むところだった。
剣から魔力が注がれるのが見える。
びくっと一瞬震えた鎧はそのまま動かなくなった。
「…女の子だから舐めてたとは言わないけど、ちょっと強すぎるんじゃないか?」
立ち上がらせるためにティアの手を引く。
俺の手を取り立ち上がりながら照れくさそうに頬をかく。
「まあこれくらいであればな。あの時は慣れない獣型に数が多かったんだ。鎧もなかったしな。」
人形相手や後衛がいる場合の動きやすさもあるのだろう。
先程のティアの動きは良かった。
危なげがまったくない。
「私としましても、それくらいやっていただかないと、ええ。」
階段から声がした。
ニタニタと笑いながらこちらを見下す者がいる。
…ああ、こいつだ。
優しそうな顔はどこへやら、笑みにうっすらと浮かぶ青筋が怒りを隠しきれていなかった。
こいつが今回の黒幕だ。
「ココノエを返してもらおうか。」
もう一度身体に魔力を循環させる、防蟻力は上げられるだろう。
目の前の魔人を注意深く観察する。
薄い魔力がこちらに流れるように漂っているのが見えた。
嫌な予感がする。
「翔け風!」
「ほう、今度はかからないようですね。」
今の魔法でさっきは眠らされたのか。
実戦は気をつけることが多いな…。
魔力の流れが見えるようになり、今度は気づくことができた。
眠りの魔法だろう魔力の流れを風の魔法で打ち返す。
打ち返した魔力を腕をふることで散らした魔人は、目を細め集中しているようだった。
身体から吹き出す薄桃色の魔力が魔人を包んでいた。
立ち上る魔力は揺らめきながら身体を纏う
おそらく身体強化だ。
「さあ、ここからが本番ですよ」
魔人の宣言通り、ここからが本番だ。
どうも神木です。
記念すべき10話!お読みいただきありがとうございます。
時間が…時間が圧倒的に足りないです。
毎日投稿は難しいかもしれませんが、できる限り投稿していきます。
引き続きお付き合いいただければと。