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ep1:養殖契約は計画的に

見渡す限りの赤

目に付く建物や装飾はすべからく崩れ、燃え盛り、荘厳な城であった面影はもはやなかった。


「ただただ仕えているとでも?まさか、私が?」


疲労や苦痛に顔を歪める者達のなかに唯一、余裕の笑みを浮かべる者がいる。


「あなたの役目はここまでです。ご苦労さまでした。おやすみなさい。」


その言葉を最後に、俺の意識は限界を迎えたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


聖王国シルヴィア

精神の平静、安息を軸とする世界の調和を説いた人物、マグノリアが興した国とされる。

民草はその考えを指示し、マグノリアの名を関するマグノリア教を立ち上げた。

現在に至るまでその宗教と政治は密接な関係を築き、繁栄を続け、世界の5大国家に数えられるほどとなる・・・。


というのは、半年前に教徒の女性から教えてもらったことだ。

なぜ5大国家に数えられる程の国の説明を受けているかというと、俺はそもそもこの世界の人間ではないからだ。


そんないち地球人であるところの日本人の俺は現在、パンを石窯に入れていた。

ファンタジーの世界にもやはりというか、パンもあるらしい。

そう、ファンタジーの世界。


この世界はファンタジーに溢れる世界だった。王城も、城下町も存在し、ドラゴンも存在すれば魔物も存在する。それらに太刀打ちするための魔法も存在するのであった。


その世界になぜ?という問いには異世界召喚というアンサーが用意されている。

ライトノベルに散見される、例のごとく何らかの困りごとが発生し、それらの解決のためにこの世界の住人で無い者を召喚する、という他力本願ではあるのだが。


ちなみにその困りごとというものは知らされておらず、なぜ異世界の勇者が必要なのかはわからない。


本来であればすぐにでも送還される予定だったのだが、異世界召喚に関わる魔術師が軒並み暗殺されてしまった。

再教育に1年はかかるとのことで、それまで教会が生活を保証することを約束してくれたが、10人規模で暗殺が起こっているところに身をあずけるのも躊躇われたので、仕事の斡旋と初期資金だけの援助をしてもらうことをお願いしたのだ。


ちなみに勇者としての適性は、良くもないが悪くもない、しかし悪い寄りという評価を、ものすごくやんわり遠回しに言われた。


事実上の戦力外通告を受け、教会としても何かを干渉することもなく、送還の準備が整うころに連絡をくれれば対応するとのことだった。

つまり教会側は無干渉でいてくれるということ。

教会の幹部にこれでもかというほど謝られたので、1年の海外留学くらいに俺の中では落ち着けた。


生活面で資金に不足はないのだが、無職というのも近隣住民から怪しまれると思われるので、こうしてパン屋で働いている。

暗殺事件から半年がたつが、これまで不自由なく生活ができていた。


「オクタル、これを第三区画のポーラおばさんまで届けてくれ」


額に汗を浮かべながらパンの入ったかごを押し付けてくるのは、俺が働いているパン屋の店主のおじさんだ。

ちなみにオクタルというのは実名をもじったニックネームだ。元の世界ではMMOなどで使用していた。


「ポーラおばさんの配達依頼だ、どうせ長話になるんだろ。届けたら今日の仕事は終わりでいい。でもその分のチップはしっかりもらってこいよ。」


ニヤリと笑いながら指でコインのハンドサインを作る店主。

ここでの働き方を丁寧に教えてくれた人でもある。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます。」


「この街でいざこざが起こることはまあ少ねえと思うが、気を付けてな。」


「はい!行ってきます!」


歯を見せ渋めの笑みを浮かべながら手を振る店主に軽く手を振り、目的地へ向かうことにした。



「待ってたのよ~、さあ入って入って、いまお茶を入れますからね。」


身長は160前後の初老のおばさんが、パンの入ったかごを受け取りながら手招きしてくれた。

モデルのような姿勢でお茶の準備をする彼女からは気品さを感じられる。

頬に薄っすらと引かれたシワも、美しく見えるほどだ。

しかし人当たりがよく、彼女自身がポーラおばさんと呼ばせているところも、人に好かれる長所であろう。


「ごめんなさないね、いつも配達の依頼をしてしまって・・・。ここまで遠かったでしょう?座ってくださいな。」


第三区画は城下町の中では中級の位になっているため、豪邸というほどではないが大きめの一軒家と広めの庭が並ぶ住宅区画だ。

住んでいる住人は貴族階級ではないが、それなりに裕福であり、こうしてパンのデリバリーを依頼することがある。

第五区画が商業区画となっており、勤め先のパン屋もここにある。

第四区画をまたいでの配達になるため、そこそこの距離があるのは事実だ。

ちなみに俺が住んでいるのはその第四区画だったりする。

第六区画が1番位が低いが、スラム街ということはなく、きれいな集合住宅が並ぶものになっている。


「いろいろお話ができるのもオクタル君ぐらいですからねぇ。前まで配達していてくれた子もいい子だったのよ?ただお仕事のお話となるとねぇ。」


聖王国シルヴィアは社会福祉が発達している方で、就学率も悪くない。一方で一般的に普及しているのは小学校高学年レベルとなる。

高校以上の専攻レベルになると対応する職業の跡継ぎや貴族が対象となっているので、事業経営の話を求めるのは酷だろう。

大学は通っていなかったので、経営学部で何を学ぶかは知らないが。


「僕もこういったお話ができるのは楽しいですし。大した知識はありませんが、微力を尽くします。」


ポーラおばさんは副職業を営んでおり、デザインの相談から経営の相談を配達のたびに受けていた。

とはいえ、ポーラおばさんの相談事に答えているというよりは、疑問と提案を元の世界の知識と結びつけながらしているだけだ。


「いつもありがとうね。あっ、あとひとつ謝らなければいけないことがあるのよ。

これから打ち合わせがあってねぇ。いまから向かわなければいけないから、また後日個人的に呼んでもよいかしら?」


「わかりました。楽しみにしていますね。」


配達時点で業務は終了したので、これからの予定がなくなってしまったが致し方ない。

笑みを浮かべながら了承の旨をポーラおばさんに伝えると


「そうそう、ティアがあなたに会いたがっていましたよ。使用人もいることですし、もう少し家でゆっくりしていってくださいな。」



特に予定はないので、提案に従い裏庭に向かうことにした。

配達を行うたびに会ってはいるので知っているが、裏庭に目的の人物はいる。


裏庭で剣を振る彼女こそが、ポーラおばさんの孫娘であるところのティア・フロンタインであった。


キリッとした目は剣の先に想像する敵を見据え、剣先が走るたびに一つにまとめられた長い赤髪が揺れる。

身長は俺より少し小さめの170前半と行ったところだろうか。


「む、来ていたのかオクタル。見ていたなら声をかけてくれてもよいだろう。」


「集中しているみたいだったからな、話しかけるのも躊躇われてさ。」


ティアがこちらに気づき話しかけるので言葉を返す。何回かのやり取りの末、タメ口でOKということになっている。


「推薦選考は来月だろ?邪魔するわけにも行かないかなって。」


「案ずるな、今行っているものも習慣のようなものだ。驕りでも油断でもないが選考については問題ない。」


そう言いながら鞘に剣を収める彼女は、教会付きの聖騎士を目指して修行を積んでいる。

技量は買われているため、推薦者として挙げられており、その推薦者を集めて行う選考で通れば、聖騎士見習いとして認められるとのことだ。


「オクタルはどうだ、この街にはもう慣れたか?」


「おかげさまでバッチリよ。字だって書ける。これも先生の教え方がうまいからだな。」


「調子の良いことを。そのまま励みたまえよ。君に教えるのは存外に楽しかったし、君は唯一私に臆せず話してくれる同年代の者だからな。」


そう、この世界の常識や文字を教えてくれたのはほかでもないティアだった。

この世界で一番大変というか切実だったのは文字の読み書きだ。

パン屋でメモを渡されたとき、読めなくて店主に迷惑をかけてしまった。


会話はデフォルトでできているので、字を覚えるだけなら3ヶ月でなんとかなった。死にものぐるいで覚えたのもあるが、そもそも難しい文章というものが少ないのも幸いした。


「その堅い話し方を変えれば多少改善するんじゃないすかね・・・。」


「無理だな、今更変えられんよ。」


いつも険しい顔をしているのもあるが、剣の才能あふれるティアは、覇気のようなものもまとっている。

同年代の若者がおいそれと話しかけられるような雰囲気でもなく、話しかけたとしても堅物まるだしの話し方故に会話が続かない。


「ほら、今日も君の故郷の武術というのを教えてくれ。」


「いいけど、俺もうろ覚えだからな?期待するなよ?」


「無論だ。大体のものを聞ければそこから研究するさ。君がこの前教えてくれたケンドーのすり足というのがかなり良くてな。すり足は現状4つまで派生したぞ。対人限定にはなりそうだが・・・」


美人に堅い話し方をされれば一般人である俺はビビるんだが、元の世界の武術の話を振ったらこの有り様だった。

グイグイ距離を詰めてきて聞こうとするその姿勢に拍子抜けし、そんなに怖い人ではないということを知った。

もちろん格闘技の経験や武術の経験も俺にはないので、にわか知識で断片を伝え、ティアがそれを開拓していくというのがいつもの流れだ。

断片知識とはいえ0を1に変えるより1を100に近づけるほうが簡単なのは道理だろう。


「じゃあ今日はブラジリアン柔術でも。武術は剣や打撃だけじゃない、寝技というものがあってだな・・・」


そうして日が傾くまでティアと話し込むのだった。



「おっと、もうこんな時間か。この続きはまた今度な。」


「まて、まだエルフォルテが嫌われた理由を教えてもらってない」


「いや、そんなもんはどうでもいいから。俺は好きだからエルフォルテ」


いや・・・やっぱ嫌いか?

そもそもエルフォルテはルチャだし。


雑談に近い会話なので話は飛びに飛んだ。

こういった何気ない会話はどの世界も共通で楽しいものだ。


「また後日来るようにおばさんにも言われているし、そのときにでも続きを話すよ。」


「む、そうか。絶対だからな。約束をしろ。」


「はいはい、おばさんにもよろしく言っておいてくれ。」


「承知した。その、いつもありがとう。祖母の会話に付き合ってくれて。」


珍しく歯切れが悪いティアを見て、体調でも悪いのかと思った。


「祖母はいつにもまして楽しそうな顔をしているよ。私もうまく話せればよいのだが、服のことや経営のことはわからないんだ。」


「こっちも楽しいからいいよ。この街に来てそういう話ができると思ってなかったからな。」


「そうか・・・。」


ティアはそう言ったあと、一呼吸おいて目を泳がせながら口を開いた。


「そ、それから、私の話にも付き合ってくれて・・・ありがとう。いつも感謝している。」


「お、おう。」


目が泳ぎまくっていた。バタフライぐらい激しく。

顔色は夕日に照らされていてよくわからない。


「その、祖母に会う日以外にも個人的に、あ、会ってはくれないだろうか!」


泳ぎ疲れたのか、目はしっかりとこちらを見据えていた。

勢いに少し押され気味だが、別段断る理由もないので了承をする。


「週に一度は休みをもらっているからな。問題ないよ。そのときにでも会おう。」


「本当だな!嘘だったら教会に掛け合って異端審問をかけてもらうからな!」


異端審問って・・・。

マグノリア教はそもそも調和を軸にした宗教だから、異端審問という形はあれど、今まで開かれてないんだろ。


ものすごい剣幕に更に押されつつも、次の休みに会う約束をして別れることにした。


「よし、なら気をつけて帰るように。最近は不審者が出ると噂されているようだ。見かけたら逃げるんだぞ。」


そう忠告を受け、フロンタイン邸を後にするのだった。



「貴方、この世界の人間じゃありませんね?」


不審者に遭遇した。

フロンタイン邸をでて少し歩き一度角を曲がったところで。

あまりのフラグ回収の速さに頭を抱えてしまう。


というか、今、なんて言った?


「冗談よしてくれよ、田舎産まれだからって差別は良くないぜ?」


「ああ、こう言いましょうか。私は貴方がこの世界の人間じゃないことを知っています。おっと勘違いしないでください。魔術師暗殺は私がやったものでは無いですよ。ははは。」


楽しそうに笑う不審者はそういった。

俺が異世界召喚された人間を知っていること。魔術師暗殺があったことを知っていること。


紺色で黒に近い色をした襟付きのジャケットを着た、街の雰囲気に合っていない異様な男だった。

なにか不吉なオーラを纏っているような。

ティアとは正反対の圧を感じる。


「俺になんのようで?そんな趣味の悪い知り合いはいなかったと思うけどな。」


「趣味が悪い!まあ褒め言葉と受け取っておきましょう。私の要件はただ一つです。」


趣味が悪い!(100%)まあ褒め言葉と(0%)

くらいのテンションの切り替え様だった。

男は目を細めながらこちらを見据え、口を開いた。


「ああそうだ!自己紹介を忘れていました。私はイヴェンと申します。仲良くしてくださると嬉しいですね。」


「いや要件は何だよ?」


「ちなみに人間の敵対者であるところの魔人です。」


「だから要件を・・・?」


魔族。

この世界には魔物が存在するが、魔物は魔界と呼ばれる別次元の世界から漏れ出た生き物とされている。

魔界には魔人が住んでいるとティアから教わっているが、今までこの世界に現れたことは人類史上数えるほどしか無い。

魔人が現れるたび、人類に大きな被害をもたらされているため、殆どの国で敵対者として扱われている。

調和を求めるマグノリア教ですら、何度かの交渉の末、決裂、敵対関係にある。


魔人と聞き身構える俺の横に、その男は滑り込むように立つ。


「怖がらないでください。別に私は人類の敵になりたいわけではありません。もちろん他の者はそうではないでしょうが。」


「異端なんですよ、私が。堕天ならぬ昇天というところでしょうか?人間が好きなんですよ。」


「弱くて儚い人間が好きなんですよ。おっとそう睨まないでください、不快ですよ。人間ごときが。」


「いけませんね、怖がらせてしまったようです。実際考えてみてください。貴方を害するつもりならもうしてますよ。害するつもりはないと申してますよ。おや、どちらか分かりづらかったですかね?」


男はそう言いながら片手を上げ、その手に黒い炎を作り出す。ビビる俺を見て満足したのかその炎を消して再度笑みを浮かべた。


「あなた、勇者に興味はありませんか?」


「は?」


勇者、勇者?

言ってる意味はわかるが理解が追いつかない。


「異世界召喚された理由ですよ。我々魔人はついに次元の渡り方を確立しました。今までこちらに来ていた魔人はたまたま、偶然、奇遇にも、渡れてしまっていただけなんですがね。」


不機嫌そうにそう述べている。不機嫌な要素がどこにあるかがわからなく不安を掻き立てられる。


「まあ、次元の渡り方を確立したのは私なのですが。大人数を送るには準備が必要ですが、幾人かの魔人がもうこちらに渡ってきていると思いますよ。」


「そこでか弱い人類がとった策は異世界の人間を召喚するという他人任せの他力本願!いやあ愚かですね。まあその実、有効ではあるのですが。」


男は矢継ぎ早に伝える。


「どうやら貴方は異世界召喚された人物の様子。そこで提案なのですが、勇者になってみてはいかがでしょうか。」


「て、提案はありがたいが、どうやら俺は適正が無いようでね。他の人をあたってみてくれ」


そうなのだ、被召喚者ではあるが勇者の適性は無いと遠回しに言われた。

なので勇者になれと言われても不可能・・・なはずだ。


「そうですね。勇者の適性は低いかと。ただそれでもこの世界の人間よりは適正があるのですよ。教会としては新たに召喚したほうが効率、効果ともに良いと考えているのでしょうがね。」


「しかし、リソースが違うのですよ。人間ごときが勇者を育てるより、魔人である私がサポートすることで、勇者適性のある勇者らしい勇者より勇者にしてみせますとも!」


「目的は、なんだよ・・・。」


「魔王を倒してください。」


魔王を倒す。

RPGなんかではよくある目標だ。

言葉でいう分には簡単だが、現実はそこまで甘くないだろう。


「安心してください。とりあえず下っ端魔人に勝てるくらいには契約特典として強くしてあげますとも。その時点でこの世界の上位の強さを得られますよ?」


これはもう、悪魔の契約と変わらないだろう。

見え見えの詐欺にひっかかるほど、俺も馬鹿ではない。


「申し出はありがたいけど、そんな強さは今のところ必要ないんだ。ほかを当たってくれ。」


その言葉を聞くと魔人イヴェンは目を細め口を開いた。


「はは、そうですか。力が必要になったらいつでも呼んでくださいね。」


今日はお引き取り願おう、そう伝えようとしたその時

後方で爆発音がした。

熱風が首筋をなぞり、その熱さに反射的に振り返ると、沈みきった太陽とは別の赤色が光を放っていた。

場所はちょうど・・・フロンタイン邸周辺


「ああ、いい忘れていましたが、数人でしたがこの街にも他の魔人が紛れ込んでいますよ。あの魔力はおそらくそのうちの一人でしょうね。」


イヴェンはニヤリと笑いながら手を差し出す。


「さあ、悔いのない選択をしましょう!」

はじめまして、神木です。


人生始めての作品ともあり、投稿時にかなり緊張しています。

私の中の妄想の世界を少しずつ発信できれば幸いです。

どうぞよろしくお願いします。


【実績解除】

・世界観の説明

・ヒロインの登場

・1話の投稿

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