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神曲リノベーション・地獄篇  作者: Dante_Alighieri
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第四歌

 激しい雷鳴が深い眠りを破り、無理やり起こされるようにダンテは意識を取り戻した。


 ダンテは、辺りを見渡しながら立ち上がり、自分がどこにいるのか知ろうと目を凝らした。無数の呻き声がひとつになり騒然としている。

 ダンテは、神に運ばれ、苦しみに満ちた谷の際に立っていた。谷は霧が濃く立ち込め暗く深く、底を覗こうにも何ひとつ見分けがつかない。


「これから、私たちは何も見えない闇の世界に降りていきます」

 ウェルギリウスは、とても青ざめていた。

「私が最初に行くので、後からついてきてください」


 ダンテは、ウェルギリウスの顔色に気づいた。

「いつも励ましてくださる先生が心配されているのに、どうしたら私が行けるでしょうか」


 ウェルギリウスは言った。

「この先にいる人々の苦しみが、私の顔に憐みの色を映したのです。あなたは、それを怖れと取り違えたのでしょう。長き道のりが私たちを待っています。さあ、行きましょう」

 ウェルギリウスは先に降り立ち、地獄の深淵を取り巻く第一の圏リンボにダンテを導いた。


 そこで聞こえてきたのは、苦痛の叫びではなく、大気を震わせるため息ばかりだった。そのため息は、子ども、女たち、男たちの人々の群れの、責めのない苦しみから発せられていた。

 優れたウェルギリウスは言った。

「あなたは、今、目にしている人々がどのような魂なのか尋ねないのですか。先に進む前にお教えしておきましょう。彼らは、罪を犯してはいませんが、洗礼を受けていないため、どんな功績があっても十分ではないのです。洗礼こそが、あなたが思う信仰の始まりなのです。彼らは、キリスト教以前に生き、あるべき仕方で神を崇めなかった者たちであり、私もそのうちのひとりなのです。信仰と洗礼を欠いたために、他の罪のせいでもなく、私たちはここにいるのです。それが罰であり、希望なく儚い夢の中に生きているのです」


 ウェルギリウスの言葉を聞いたダンテは、偉大な人々がリンボに宙吊りにされるように囚われていることを知り、大きな苦しみで胸が締め付けられた。

「ウェルギリウスよ、教えてください。どうか話してください」

 ダンテは、全ての疑念を払いのけるあの信仰が、間違いないものか確かめたくて尋ねた。

「かつて、自分の功徳か他人の力によって、ここから出て祝福された人はいないのですか」


 ウェルギリウスは、言葉に隠された意味を察し答えた。

「私がここに来てすぐ、栄光の冠を戴いた力ある方が降臨されたのを目にしました。その方は、ここから最初の父アダム、その息子のアベルとノア、神のしもべにして律法者であるモーセ、信仰の父アブラハムや王ダヴィデ、ヤコブや父イサクと息子たち、ヤコブが苦労して結婚したラケル、そして大勢のユダヤの民を連れ出し祝福されたのです。それに、彼らより前に救われた人間の魂はなかったことは、知っておいてください」


 ダンテとウェルギリウスは、話しながら森を進み続けた。そこは森のように魂がひしめき合う場所だった。


 ダンテが眠りに落ちた場所から、それほど進まぬうちに、闇に勝る灯りが半球状に光っているのを目にした。まだ少し離れていたが、そこに栄誉ある人々がいるのが、はっきりとまではないにしろ、見分けられないほどでもなかった。

「学知と芸術に誉あるウェルギリウスよ、他の者と一線を画すあの偉大な方々は誰なのですか」


 ウェルギリウスはダンテに言った。

「あなたの生きる地上に響き渡る名声によって、彼らは天上から厚遇を得ているのです」


 この瞬間にも声が聞こえてきた。

「崇高な詩人に栄誉を与えよ。我らから離れていた彼が帰ってくる」


 声がやみ静かになったとき、偉大な四人の魂が、悲しみも喜びの表情も見せずにダンテたちに向かってくるのが見えた。

「手に剣を持ち、王者のように他の三人の前を進むのが、最も優れた詩人ホメーロス、二番目に来るのが風刺詩人ホラーティウス、三番目がオウィディウス、最後がルーカーヌスです。『詩人』と呼ばれる彼らは、同じように呼ばれている私に敬意を表してくれています。彼らに相応しい心遣いです」


 鷲のように他を抜きん出て天を高く翔け、最も格調高い歌を著した王者ホメーロスが率いる素晴らしい詩派が、ひとつになるのを今、ダンテは目にした。

 彼らは、しばし共に語らい、ダンテの方を向いて挨拶をした。それを見たウェルギリウスは微笑んでいた。


 さらに彼らは、ダンテを仲間に迎え入れるという身に余る誉れを授けたのであった。

 こうして、ダンテも大いなる賢者たちの六人目として加わることとなった。


 ダンテとウェリギリウスは、灯りの下まで歩いていった。その間のふたりの会話は、その場所では相応しいものであったが、今は黙っておくべき内容だった。


 ダンテたちは、高貴な城までやってきた。高い城壁が七重にも取り囲み、その外側は麗しく流れる小川によって護られていた。川を乾いた土を踏むように渡り、賢者たちと七つの門をくぐり、瑞々しい緑の草原にたどり着いた。

 そこには、悠然とし思慮深い目をした人々がいた。威厳が溢れ、厳かに話す声は優しく穏やかだった。


 ダンテたちは、一画を離れ、全員を見渡すことができるよう、見通しのよい光に溢れた小高い場所に移動した。

 輝く緑の上にいる偉大な魂が、姿を現すのを見てダンテは身体の内が熱くなるのを感じた。

 大勢の子らを引き連れたエーレクトラーがいる。その中には、ヘクトールやアエネーアース、鎧に包まれ射貫くような目をしたカエサルがいた。カミッラやペンテシレイア、傍らにラティーヌス王が娘のラーウィーニアと座っている。タルクイニウスを追い払ったブルートゥスや、ルクレーティア、ユリア、マルキア、コルネーリア、そして、ひとり離れているサラディンを見た。


 顔を上げると、知を愛する一族に囲まれた哲人の師アリストテレスが座っていた。全員が敬意を持って彼を見つめ、全員が彼を褒め称えた。人々の中に、他の誰よりも前に出て彼の一番近くにいるソクラテスとプラトンを見つけた。

 世界は偶然によって成立したと説いたデモクリトス、ディオゲネース、アナクサゴラス、タレス、エンペドクレス、ヘラクレイトス、ゼノン、薬草の採集者ディオスコリデス、オルフェウス、キケロー、リノス、道徳家セネカ、幾何学者エウクレイデス、プトレマイオス、ヒポクラテス、アヴィケンナ、ガレノス、偉大な注釈を著したアヴェロエスを見た。


 だが、全員のことを存分に述べる余裕はない。題材の多さにいそがしく、事実を述べるには言葉足らずになってしまう。



 六人の一団は二人だけになった。


 賢き導者ウェルギリウスは、別の道を通り、静寂から溜息で打ち震える大気の中へとダンテを導いた。


 明かりの全くない場所に来た。

改稿するお話「ダンテは『神曲』を改稿する」は https://ncode.syosetu.com/n0731jq/

本編のお話「ダンテが街にやってくる」は https://ncode.syosetu.com/n2704ja/

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