第十八歌
地獄には、周囲の絶壁と同じ、鉄のような岩に囲まれたマレボルジェと呼ばれる場所がある。それは、この邪悪な平原の中心に大きく口を開けた深い井戸のようだ。どうなっているのかは、その場に着いたときに説明しよう。
切り立つ崖から井戸まで広がるマレボルジェの円は、さらに十の谷に区切られ、底が見えている。谷は、城壁を護るための濠が幾重にも城を取り囲むような景観をしている。この種の城塞が、門から岸まで小さな橋が連なっているように、絶壁の根元からは岩が橋のように並び、岩壁と谷を横断し、それを断ち切る井戸まで続いている。
この場所に、ゲーリュオーンの背から降ろされたダンテたちはいた。
詩人は左に進み、ダンテはその後に従った。
右手には、これまでにない悲惨な光景が、これまでにない責め苦が、これまでにない鞭打つ者たちが見える。第一の谷は、この者たちであふれていた。
谷の底には、裸の罪人たちがいる。中央から手前側の者たちはダンテたちに向かい、反対側の者たちはダンテたちと同じ方向に、ずっと速い足取りで進んでいる。それは、一三〇〇年の大赦の日、大挙する群衆に対し、ローマ人が橋の渡らせ方を工夫し、ある側は城を目指す者に、反対側は丘に戻る者とに分けたのと同じようだった。
あちこちの黒い岩の上に、大きな鞭を手にした角を生やした悪魔たちが、罪人を後ろから容赦なく鞭打っていた。一打ちで罪人は逃げ出し、第二、第三の鞭を待つ者などいなかった。
歩く中、ダンテの視線はある男を捉えた。同時につぶやく。
「この男を見たことがあります」
男を確かめようと、ダンテは足を止めた。
ウェルギリウスも立ち止まり、ダンテが後戻りすることを許す。
鞭を打たれる男は、正体を隠そうと顔を伏せていたが無駄だった。
ダンテは言った。
「地面ばかりに目を向けているあなたは、その顔つきが偽物でなければ、ヴェネーディコ・カッチャネミーコではありませんか。いったいなぜ、この刺すような臭いのソースの中にいるのでしょう」
男は答えた。
「話すのは気が進まないが、その露骨な問い掛けに、昔いた世界を思い出すよ。この恥ずべき話が、どのように語られているか知らないが、私は妹のギーゾラベッラを侯爵の欲求に応えるよう仕向けた男だ。しかし、ここで泣いているボローニャ人は、私だけではない。ここには、ボローニャ人が大勢いて、今やサーヴェナ川とレーノ川の間には、ボローニャ方言で『スィーパ』と話す者は、ここよりも少ないほどだ。その証拠は、私たちの貪欲な性を思い起こすだけで十分だろう」
このように話す男を、一匹の悪魔が鞭打ち叫ぶ。
「さっさと行くんだ! ここには金になる女はいないぞ!」
ダンテは、ウェルギリウスのもとに戻った。
少し歩き、崖から岩の橋が伸びる場所に着く。
ダンテたちは、軽々と岩に登ると、瓦礫の上を右方向に進み、永遠に円を辿る者たちから遠ざかった。
橋の下が、鞭打たれる者たちが通る空洞になる場所に着いたとき、ウェルギリウスは言った。
「止まりなさい。先ほどとは別な邪悪に生まれたこの者たちに、あなたが見えるように向きを変えなさい。この者たちは、私たちと同じ方向に進んでいるため、あなたはその顔を目にしていません」
ダンテたちは、太古からの岩の橋の上で、もう一方の側から鞭で追い立てられる群れを眺めていた。
ウェルギリウスは、ダンテが尋ねる前に話す。
「やって来るあの巨漢を見てみなさい。痛みにも涙を流さず、王者の風格を今もなお保っています。あの者が、勇気と知性でコルキス人から羊を奪ったイアーソーンです。彼は、女たちが大胆にも無慈悲に島の男全員を殺したレームノス島に立ち寄りました。そこで、甘い素振りと巧みな言葉で、島の女たちを欺いた若い娘ヒュプシピュレーをたぶらかしたのです。彼は、身籠る彼女をひとり残して島を去ったため、その罪による罰を受けているのです。メーデイアの復讐でもあるのでしょう。彼と一緒にいる者たちは、このように女性をたぶらかした者たちです。最初の谷と、その中でかみ砕かれる者たちについては、これだけ知っていれば十分です」
ダンテたちは、狭い小道が二番目のアーチ状の土手と十字に交差する場所へとやって来た。次の谷の底から、人々は苦しみに低く呻き、鼻息を荒げ、自分自身を両手で叩く音が聞こえてきた。立ち上る悪臭は、土手の岩肌に黴のようにこびりつき、ダンテの目や鼻を刺激し続けた。
底は深く暗く、下まで覗き見ることはできなかった。
アーチ状の岩の橋が最も高くなる頂まで登った時、谷の底には、便所という便所から集められた糞尿に深々と漬けられた者たちが見えた。
ダンテが下の方を探っていると、聖職者か世俗の者かも分からないほど頭を糞で汚した一人の男が目に留まった。
突然、男が叫んだ。
「なぜ、他にも汚い奴がいる中で、俺ばかりを見るのだ?」
ダンテは答える。
「教えてあげましょう。私の記憶が正しければ、髪が乾いていた頃のあなたに見覚えがあります。あなたは、ルッカのアレッシオ・インテルミネッリですね。だから、他の誰よりも、あなたを見ているのです」
男は、自分の頭を叩き、言った。
「俺がここに沈められているのは、飽き足ることなくお世辞を言い続けられた舌のせいだ」
男とのやり取りの後、ウェルギリウスは言った。
「少し先に視線を移してみなさい。向こうに、時には屈み込み、時には立ち上がり、糞にまみれた爪で我が身を掻きむしる、髪が絡まりついた汚らわしい女が目に映るであろう。それがターイス、馴染みの男から『私は、君に気に入れられているのか』と尋ねられ『あなたが驚くほどよ』と答えた娼婦です。それでは、ここでの私たちの見物もこれで十分としましょう」




