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神曲リノベーション・地獄篇  作者: Dante_Alighieri
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第十二歌

 崖を降りようと、ダンテたちは、険しくそびえ立つ場所にやってきた。眼下には、目を背けたくなる光景が広がっている。

 かつて、地震のためか岩盤が崩落し、トレントの南で地滑りが生じ、アーディジェ川の岸を土砂崩れが襲ったことがある。急坂であったため、岩は転がり、上から下へと降りる道がかろうじて通じていた。

 同じように、切り立つ崖から降りる道ができていた。


 陥没した急斜面の突端には、クレータ島の悪名を馳せる牝牛が孕んだミーノータウロスが横たわっていた。ダンテたちを目にすると、胸の内が怒りばかりである者のように自らを咬んだ。


 ウェルギリウスは、ミーノータウロスに向かって叫ぶ。

「現世でお前に死をもたらしたアテネ公だとも思っているだろう。退散するがよい。この者は、お前の姉が手引きしたのではなく、お前の罰を目にするために歩んでいるのだ」

 ミーノータウロスが怒りに身もだえる様は、牡牛が死の一撃を受け、縄から解かれても歩くことができず、あちこちを跳ね回る様子に似ていた。


 ウェルギリウスは、この機を逃さず叫ぶ。

「奴が怒り狂っている間に、岩場に走り、駆け降りるのです」


 ダンテたちは、落石の合間を降りていく。ダンテの足元の岩は、初めての重みを受け幾度も揺れ動いていた。

 ダンテが考えごとをしながら進んでいると、ウェルギリウスは言う。

「私が怒りをいなしたミーノータウロスが護る、この崖のことを考えているようですね。あなたに教えておきましょう、以前、私がこの下層に降りてきたとき、この岩壁はまだ崩れ落ちてはいませんでした。

 私の記憶に間違いがなければ、ルチーフェロの手中に落ちた聖者たちを、キリストが上の圏から取り戻しにやってくる少し前、おぞましい深き谷全てが激しく震えたのです。世界は、愛によって何度も混沌となると信じる人々のように、私も、宇宙が愛に呼応したと思ったのです。その瞬間、この古い岩壁は、そこかしこと崩れ落ちたのです。

 目を凝らし、下を見てください。暴力で他人を傷つけた者たちが、茹でられている血の川が近づいてきました」


 強欲は人を盲目にし、怒りは人を狂気へと駆り立てる。それらは、人間の束の間の現世で誘惑し、永遠の来世で血の川に浸し苦しませる。


 ウェルギリウスが話したとおり、環状に弧を描く広い川が、平野全体を巡っている。崖の麓と川の間を、ケンタウロスが一列になって駆けている。現世で狩りに出掛けていた姿そのままに、弓矢を携えていた。

 ダンテたちが降りてくるのを目にして、ケンタウロスたちは一斉に立ち止まる。弓と矢を持った三頭が、隊列から出てきた。

 遠くから、その内の一頭が叫ぶ。

「お前たちは、どのような刑を受けるため、崖を降りてくるのだ。その場で答えないと、矢を射ようぞ」

 ウェルギリウスが答える。

「私たちがそちらに行って、ケイローンに返事をしよう。お前のその軽率さが、災いを招いたのではないか」


 ウェルギリウスは、肘でダンテを小突いて言う。

「今のが、ネッソスです。美しいデーイアネイラのために命を落とし、自身の復讐を成し遂げた者です」

 ウェルギリウスは、他のケンタウロスの説明もする。

「中央の正面から、こちらを見ているのが、アキレウスの育ての親である偉大なケイローン。もう一頭が、生前に怒りを溜め込んだポロスです」

 川の周囲を数千頭のケンタウロスが巡り、それぞれの罪によって決められた高さを超えて身体を出す者は、容赦なく矢の的となった。


 ダンテたちは、ケンタウロスの群れに近づいた。

 ケイローンは矢を一本手に取ると、弦に掛ける側の矢筈やはずを使い、髭を顎から後ろにかき分け、大きな口を出して仲間に言った。

「お前たちは、気がついたか。後ろの者は、踏む石を動かしている。死人では、ああはならないだろう」


 ウェルギリウスは、人と馬の二つが結び付く胸元に近づき答える。

「確かに、この者は生きている。私は、彼にこの暗い谷を見せなければならないのです。神を讃える場所から降りてきたベアトリーチェが、この務めを私に託され、遊びではなく必然の元やって来たのです。彼は盗賊でもなく、私も略奪者ではありません。私が、荒涼とした道を進んでいけるのも、彼女のお陰なのです。その資格において、あなたたちの一人に付き添いをしてもらい、歩いて渡れる浅瀬の場所を教えてもらいたい。また、この者は空を飛べる霊ではないため、背中に乗せて運んで欲しいのです」


 ケイローンは、右を向いてネッソスに言う。

「引き返して、言われたとおりに、おふたりを案内してあげなさい。別の隊に出会ったときには、道を開けさせるのです」


 こうして、ダンテたちは、頼もしい護衛と共に岸に沿って進んだ。

 真っ赤に煮えたぎる血の中では、茹でられる者たちの高い悲鳴が聞こえてくる。眉まで深く沈められている者たちを見て、巨体のケンタウロスは言う。

「あいつらは、暴君、僭主たちだ。人の血を流し、力づくで財産を奪ったため、ここでは血も涙もない暴虐の報いに苦しんでいる。テッサリアのアレクサンドロスや、シチリアに長きにわたり虐政を敷いた残忍なディオニューシオス一世がいる。黒い髪だけが見るのはエッツェリノーノ、金髪は、現世で息子に消されたエステ家のオビッツォ二世だ」


 これを聞いたダンテは、ウェルギリウスの方を振り向いた。

 ウェルギリウスは言う。

「ここでは、ネッソスがあなたの一番の指導者であり、私はその次なのです」


 少し先に進み、ケンタウロスは立ち止まった。

 その側には、魂たちが煮えたぎる血の川から喉元まで顔を出していた。ひとり、集団から離れている魂を指差して言う。

「あいつは、今もテムズ川の橋に祀られている心臓を、神の胎内でもあるミサで刺し貫いたのだ」

 熱湯から頭のみならず、胸全体を出している魂たちも見える。その中には、ダンテが知っている者もたくさんいた。


 血の川は、だんだんと浅くなり、ついには足に浸るだけとなった。

 ダンテたちは、そこから川を渡る。


 ケンタウロスはダンテたちに説明する。

「ここまで、あなたは川が浅くなるのを目にしてきましたが、この浅瀬から先は再び深くなり、一周して暴君たちが呻き苦しんでいる最も深い場所にとつながっています。この先には、地上における神罰と恐れられたアッティラやピュッロス、セクストゥスたちを苦しめ、道行く道を戦場としたリニエーリ・ダ・コルネートやリニエーリ・パッツォから流す涙を永遠に搾り取っているのだ」

 そう言うと、ネッソスは振り返り、浅瀬を戻っていった。

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