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Doggy style


「都心。ワンルーム。一軒家。駅から十分圏内。家賃三万以下の物件はこちらになります」


 ワックスで七三分けに整えた髪をしている不動産屋はスマイルを崩さずにこちらに向けて住宅情報を提示した。


「え。これって犬小屋じゃないですか!」

「お客様。こちら犬小屋です」


 不動産屋で犬小屋なんて究極の罵倒のように受け取られてしまうかもしれないけど、住宅情報紙に載っていたのは本当に赤い屋根をしたスヌーピーが寝そべっていてもおかしくなさそうな犬小屋だったのだ。


「近年人口増加が凄まじく、東京都はタワーマンションばかり。あ、そろそろスカイツリーも伸ばし時ですね。改築増築を重ね九九九メートルですが、きりよく千メートルになってほしいですよね。若者たちが上京してきて借りられるような物件はこの頃めっきり。地価が高すぎてみな手を出せないのです。そうなると都心の大学はたちまち閉校に追い込まれ、ひいては東京という町が腐ってしまう可能性があります。そこで政府が提案しているのがこの『犬小屋』なのです」


 30xx年、日本は第六次ベビーブームを迎え、かつての人口減少が嘘のように人口が爆増した。その結果、総人口はなんと二億人に上る。その内の二割、四千万人を受け持つケイオスシティ東京は現在、人口超過密となっていた。空は見えず、オフィスビルは百階建てが当たり前。日照権は既に撤廃され、ビル群はアラブのオベリスクタワーのように捻じれ、合体し、ついに地震による倒壊の危機すらもなくなった。それは裏を返せば今後数千年はこの文明都市を縦に積み重ねるほかないということを意味した。

 政府は人口超過密とそれに伴う超高齢化社会を懸念し、若者の受け入れを必死に行った。その政策の一環の一つが――


「犬小屋です。いいじゃありませんか。犬扱いになれば当然住民税も所得税もかかりませんよ」

「はぁ?」

「知らないんですか?犬なんですから人権なくなるに決まってるじゃないですか。犬権になるんですよ。保護対象になれますよ。犬だったらそこら辺の女子高生に可愛がってもらえるじゃありませんか」

「は、はぁ……」

「もう他に若い人が住めるところなんてないんですから、絶対これにした方がいいですよ」

「じゃあ、分かりました。はい……」


◇◇ ◇ ◇ ◇


「ちくしょう!分かっていたさ!こんな扱いだってことは!」


 ワンルームというのには余りに狭すぎる空間に下半身をねじ込み、カタツムリのように上半身を道端になげうった男は顔を歪めてそう思った。男の首には犬小屋に住む『犬』用のICチップが埋め込まれたカラーが巻かれている。ちょうどドッグタグもその下で彫られた名前を輝かせていた。


「あんちゃん、そんなにやけになるなよ。犬いいぜ!人から好かれるし、一日だらだらしてても怒られないしよ~」


 男の隣でまるまるとした蒸しパンのように膨れ上がった浮浪者のようなオヤジが黄ばんだ歯を見せながら笑った。男はうんざりして、顔を左に背ける。しかし、そちらにも目の死んだ別のオヤジがぐでっと飛び出ていた。

 男は仕方なく真正面の道を見ることにした。道と犬小屋ゾーンには柵があって超えられないようになっているが、それでも見物客は多い。


「わぁ~犬増えてる~」

「ぶさかわじゃん! あっ、ポチもいる」

「わぁ~ほんとだ。ポチ、吠えろ!」

「ワン!」


 隣の男が犬の物まねをすると女子高生たちは歓声なのだか、悲鳴だか分からない甲高い声を上げた。


「あはっは!じゃあチンチン!」

「えっ!いいのかい~?じゃあ――


 と男が悪乗りして犬小屋から出ようとしたときだった。突如として警報が鳴りだして、パトランプを光らせた飛行ドローンがどこからともなく現れた。


「人間への危害思想を察知!レッドカード!退場!」


 プシュン。水気を含んだ音がしたかと思えば、隣で立ち上がりかけていた男が頭を打たれて死んだ。


「ぎゃあ!?」

「あっはははっ!やりぃ!ポチ殺した~!」

「ナイス~アイツきもかったんだよね!あははは~」


 女子高生たちは嗤いっぱなしでさっさとどっかへ消えてしまった。警備ドローンも死体をかるがる運び出し、モップ掛けを終えると摩天楼のビル影に消える。


 都会って、恐ろしい世界だ。男はくぅ、と鳴いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ドギースタイルってタイトルなもんでえっちなのかと思ったら! 魔都東京でしたか! えげつねえおなごどもですなぁ…
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