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9.大公妃の父親と、アロンという名の魔術師



 大公領は王都から近いといっても、往復にはそれなりの時間がかかる。

 エドワードは自ら騎乗して、レナートがつけてくれた護衛たちと共に王都への道のりを出来る限り時間を短縮して駆け抜けた。


 幼馴染であるルカティアの実家であるアルトバルン公爵邸に到着したのは、次の日の昼過ぎの事だった。

 レナートが先触れを出してくれていたためだろうが、なぜか当主であるルカティアの父親のアルトバルン公爵自らが出迎えてくださった。

 昔から知った仲であり、親戚でもある。エドワードが最低限の礼儀としての口上を述べると、面白そうに笑うその人に促されて、上着を預けサロンへ向かった。


「もう少しかかるかと思ったが。腕は鈍っていないね。途中で食事はとれたのかね?」

「たいしたものは食べていません。何かください。あ、護衛の二人にも何かやってください」


 公爵閣下はまた笑って、家令に食事の用意を言いつけるとエドワードに椅子をすすめる。

 エドワードはレナートから預かった書簡を公爵に渡すと、差し出されたお茶で喉を潤した。


 アルトバルン公爵は、溺愛する末娘ルカティアの、第二王子、現王太子との婚約破棄に絡んで思うところがあったらしく、今は王家とは一線を引いている。

 その意思表示だったのだろう、公爵は元老院の議員も辞職した。

 表向きは年齢がどうのと言っていたが、公爵は爵位を継いだのが成人から間もなかったから元老院に席を持つのが早かっただけで、年齢自体はエドワードの父親より五歳ほど年上なだけである。


 公爵はその書簡を一読すると、すぐ横に控えていた家令に魔塔へ使いをやるように命じ、書簡の中から一枚の紙を渡した。

 さて、魔術師の確保にはどれほどの時間がかかるのだろうか。


「なかなか面白い事になっているようだね、エドワード」

「……私は面白くはありませんけどね。面倒事ばかり押し付けられて」

「そうかね? まあ、この先何があるかは分からない。私は楽しみにしているよ」


 エドワードには何が楽しみなのかよく分からなかった。次の国王はあの馬鹿だし、何をやらかすか分からない困りものの聖女までいる。

 この国の未来が明るいとはとても思えなかった。


 エドワードが、孫たちが可愛いだの、今回の結界の破壊騒動とは無縁だった領地が豊作だのといった、公爵の自慢話なのか何なのかよく分からない話に適当に相槌を挟みながら食事をしているうちに、いつの間にか一刻ほどの時間が経っていた。


 魔術師の到着が告げられたのは、エドワードが公爵のおしゃべりにややうんざりし始めた頃だった。

 案内されてやってきたのは、エドワードより年下か、せいぜい同年齢と思われる小柄な男だった。彼は魔術師らしいローブを身にまとったまま深々と公爵に頭を下げた。


 公爵と彼の話を聞く限り、遠縁の下級貴族の出である魔術師、名前はアロンというらしい、を援助してその才能を開花させ魔塔に送り込んでやったのが公爵らしい。

 なるほど、それは頭が上がらない事だろう。今回の目的にうってつけの人材だ。ルカティアも彼の事が念頭にあったに違いない。


「エドワード。アロンはまだ若いが腕利きで、その位は上から数えたほうが早い」

「いえ、公爵閣下のご支援あっての事でございます。世代交代の波に乗れました事も幸いしました」


 彼はここ数年で頭角を表した若手であるらしい。この六年間、魔術師たちと交流を持っていない聖女との面識はないのだろうとエドワードは思った。

 

「公爵閣下。お呼びとのことでございますが、何かお力になれる事がございますでしょうか」

「ああ。アロン、このエドワードが案内するから、大公領へ行ってくれ。ルカティアが是非ともそなたに大公領の魔物の被害に関して力を貸して欲しいと言ってきていてな」

「左様でございましたか。かしこまりました。では明日にでも上司に確認をとりましょう」

「それは不要だ。こちらで済ませてある。今から行ってくれ。そなたにも乗馬は教えたね?」

「……え、あ、は、はい……。もうしばらく乗っておりませんが。え、今からでございますか?」


 魔術師は驚き狼狽えていたが、エドワードはその会話が終わったとみなして立ち上がり公爵に礼を言う。

「では行こうか。魔術師殿」


 目を白黒させているその魔術師を引きずるようにして外へ出て、公爵が新たに用意してくれた馬の中で最も気性が穏やかだと言う馬の手綱を魔術師に渡す。


「え、え……? あの、馬で大公領へ……?」

「急ぐんでね。さあ行くぞ」


 エドワードが馬にひらりと跨る頃には、護衛たちも当たり前のように騎乗して待っていた。

 魔術師は慣れない乗馬に悲鳴をあげていたが知った事ではなかった。落馬しないようにしがみついていろと言ったらその通りにしていた。

 通常ならば魔術師を招く際は馬車を使うのだろうが、そんな時間はなかった。

 レナートが後を引き受けたとはいえ、あの考えなしで短気な聖女が何かやらかさないか心配でならない。


 エドワードは馬に不慣れな魔術師のために行きよりも多めの休憩をとりつつも、出発の三日後には大公邸へ戻ったのだった。




 帰り着いたのが夜遅かったため、疲弊し切っている魔術師は休ませ、エドワードはレナートの執務室を訪れた。


 彼がまだ執務をしているという事は誰かに聞かなくても分かっていた。

 今回の件では領民にも幾人も死人が出ているし、聖女に見せた大地がいつ癒えるかも分からない。魔術師に浄化をさせたとしても、あれだけの範囲となると終わるのに何ヶ月かかるか。

 もとより、自領よりも被害のより大きい辺境の浄化を優先させるだろう。レナートならば。


 そして、彼が最も頭を悩ませているのは、魔物の毒に苦しめられ続けている者達の存在だろう。

 彼らに聖女は近づけられなかった。

 最も深刻な被害を受け続けている者たちだ。彼らやその家族の怒りが聖女に向かい、彼女を傷つけるような動きをすれば、その者を罰しないわけにはいかないからだ。


 エドワードが開け放たれた執務室の扉を叩くと、真剣に机に向かっていたレナートは一瞬驚き、そして笑顔を浮かべた。


「さすがに早いな。体はなまっていなかったらしい」


「いや、じきに筋肉痛にでもなるだろうさ。あの頃のようにはいかん。誰かさんに文官にさせられたのでね。

 変わりはなかったようだな」


「ああ。聖女殿はルカティアがお相手していた。

 そう、言い忘れていたが、そなたには感謝しているのだ。いきなり辺境へ行けと言われた時には驚いたが、結界の破壊の時、そなたが指揮を取らねば状況はより酷いものとなっていただろうと聞いている」


 エドワードはかつての戦友に肩をすくめた。

「世代交代を急ぎすぎたな。軍は、特にお前の下で最前線で実戦を指揮してたおっさん連中は軒並み引退しているし、残ってる奴らを一言で統率できるような者は残っていない」


「彼らは魔物の毒に苦しめられながら懸命に働いてくれた。休みたいと言われては引き留められなかったが。もう少し考えるべきだったな……」


「いや、お前があのまま王太子だったら何も問題は……。いや、なんでもない。忘れてくれ」


 レナートは小さく笑った。

「……買い被りすぎだが……。それで、魔術師はどうだ?」


「ルカティアが推した人間なんだろう? 公爵にも頭が上がらない様子だったし。聞きたいことが聞けるといいけどな」


「そうか。それは楽しみだ」

 大して楽しくなさそうに言うレナートは、書類の山を気にしていた。


 エドワードはそれ以上彼の手を止めさせる気はなかった。

 軽く手を振るとさっさと自分に与えられた客室に案内させ、湯を浴びて、ここ数日得られなかった睡眠を貪ったのだった。



つづく……


ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

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