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7.被害の地へ



 その人、元王太子で今は臣下に下ったものの、その中では最高位にいるレナート大公は、辺境に侵入していた魔族の処理が終わったので、国王への報告に王都に来た。そして、それが終わったのでエドワードの屋敷に寄ったのだ、と言った。


 エドワードは会う必要はないと言ったけど、私は会わせて欲しいと言った。

 私が軽はずみなことをしたせいで、この人の人生を狂わせた事は今ならば分かる。自分がされたのと同じことを誰かにも味わわせてやりたいと思っていたような気もする。

 私はこの人と結婚するのを拒否した時の事を謝ったけど、そんな必要はないと言われてしまった。


「私は生まれてからずっと義務感に縛られて、自分が本当は惹かれていたのに諦めなければいけないと思い込んでいた相手と結ばれる事が出来た。頭を下げる必要はない」


 そう言った彼の顔はとても穏やかだった。

 この人が王太子だった頃は、ガタイが良くてかなり威圧感があったし、目も鋭くて怖い感じだったけど、今はそんな事はない。

 あの時、私がこの人と、周りに言われるままに結婚していたら……。と少し思ってしまって、でも私なんかと結婚しても、きっとこの人は幸せにはならなかった、と思い直す。

 私は彼が、今の大公妃と結ばれて本当に良かったんだと思って心が軽くなった。


 私は、罵られるくらいは覚悟していた。でも、恨みなどはないと言われ、優しく微笑まれた。

 だから、勇気を出して、とあるお願いをダメ元でしてみる事にした。


「あの、私のせいで被害が出た場所に連れて行って欲しいんです。この目でちゃんと見ないといけない気がして……」


 エドワードが「おい、それは流石に」と言いかけたのを、その人は手を振って止めた。

 その仕草がとっても王様っぽい。なんなら、今の国王陛下よりも、ずっと。


「……出来る限りの事をしよう」


「おい、レナート、こいつはここで幽閉されているんだぞ!」


「父上にお願いしてみよう。大公領にお招きしたいと。今は力を封じられているのだろう? では、障壁は少ないと思う。

 聖女殿。被害が出た地を見たいと言われるが、辺境にはお連れできない。なにぶん距離があるし、様々な意味であなたにとって危険が大きい。

 我が領内にも少数ではあるが魔族が飛来した。その場所でよければ、ご覧いただけるだろう」


 意外にもあっさりと彼はそう言った。



 彼が帰った翌日には、エドワードの元に知らせが届いた。

 私が大公の招きに応じる事に国王陛下の許可が降りたらしく、エドワードが「本当かよ……」と頭を抱えながらも、私の正体がバレないようなフード付きの上着とか、歩きやすい靴とか、いろいろ揃えてくれた。


「用心しろよ。魔物が隠れていないとは言い切れない。それに……。いや、とにかくフードは取るな。あんたの黒髪は珍しい」


 私にはエドワードが言い淀んだけど言わなかった内容が分かった。私が結界を壊した事は多分みんな知っていて、その人達から危害を加えられる可能性があるのだと思う。

 そんな事は分かっていて、でもやっぱり、そこに行きたいと思った。責任を取らないと私の覚悟が決まらない。この後どうやって生きていったらいいのかも、何も見えないままなのは辛すぎた。



 王都から馬車で一日ほどで着ける場所へ向かったのは、それから十日後の事だった。

 そこは大公領の一部で、飛ぶ事が出来る魔物が飛来した場所だと言う。

 領主である大公が辺境での魔物の討伐の指揮を取っていた間に、大公の私兵が魔物を退治したらしい。



 私はそこで、とっても綺麗な人に会った。レナート大公の横に佇むその人は、大公妃のルカティア様だと言う。


「始めまして、ですわね、聖女様。ご存知でしょうけれど、私はあなたと……なんと言ったらいいのかしら、婚姻が無効になったから……まあよろしいわ。あなたが以前夫としていたリチャード王太子殿下の元婚約者でしたの。あ、謝る必要はございませんのよ? むしろお礼を言いたいくらいですの。私は昔からレナート殿下をお慕いしていたのですから」


 そう言いながら見つめ合い、どちらともなく手を取り合った二人を、私は眩しい気分で見た。

 私もこんなふうになれると思ってた。リチャードと二人で。でも無理だった。


 私の斜め後ろにいたエドワードが咳払いをし、なぜルカティア大公妃もここにいるのか聞いた。


「ティア。なぜここに?」

 彼は大公妃をそう呼んだ。その親しそうな様子に、なぜか胸の辺りがもやもやした。


「被害に遭われた方達へ、薬品類や、食料や、あとは生活必需品をお持ちしましたの」


 そう言って首を傾げるその人は本当に綺麗で優しそうだった。この人と結婚していたら、リチャードは……。

 またそんな事を考えてしまって、いや、結婚前からあいつは浮気しまくっていたはずだと、雑念を払って、私は聞いた。


「生活必需品というと……家を壊されたり、避難しないといけなかった人たちがいたんですか……?」


「ええ……」

 ルカティア様は私に同情するような表情で言ったような気がした。



 私は、エドワードと、大公たちと、私たちの周りを囲むたくさんの兵士たちと一緒にそこにたどり着いた。


 しばらく歩いて行くと、黄金色の畑の中に黒い地面が見えてきた。何だろうかと思った。

 でも、近づくにつれて、それがこの周りにもたくさん生えている麦のような植物の成れの果てだという事に気づいて口元を覆う。

 それは、ただ焼けこげたのとは明らかに違った。嗅いだことのない臭いが鼻をかすめる。何の匂いかはわからない。

 少し離れた場所でみんなが止まったので、そこからよくよく見ると、墨をぶちまけたような黒いものがかなり広い範囲に広がっていた。


 大公が説明をしてくれた。

 魔物が吐き出す黒い炎が、麦畑を焼き、それに含まれる毒素がじわじわと周りの土を汚染して、そこに生えていた麦を枯らした。

 魔物は退治されたけれど、大勢の兵士たちが踏み荒らしてしまったから、どちらにしろその辺りでは今年の収穫は見込めないだろうと言う。


 私は頭の中に、内側からガンガンと打たれているような振動と鈍い痛みを感じた。

 腕輪をはめられた自分の手を見る。この手がこの結果をもたらした。

 この畑を元に戻すのに、どれだけの時間がかかるのだろうか。


 涙も出なかった。そんな資格はない。何もできない自分に。



 元の世界で読んだ小説とか漫画の中のイメージだと、聖女という存在は、魔物が出した毒を浄化するとか、怪我をした人を治すとか、たくさんの事が出来るような感じだった事を思い出した。

 この世界では違うのに、私はつい、「魔法が使えればいいのに……」とつぶやいた。


 そんな私に、大公妃が不思議そうに聞いた。

「魔術師には出来ることが、聖女様には出来ないと言うのは不思議な事ですわね。魔術師と聖女様の力はどう違うのでしょうか」


 そこにいたみんなが、私を見た。多分、直立不動でなければならない兵士たちも。

 みんな不思議そうな顔をしていた。



つづく……


ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

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