3.地下牢の聖女
私は薄暗い部屋の中で目を覚ました。始めは変な時間に昼寝をしてしまったのかと思った。もうしばらくしたら、使用人が夕食を運んでくる。
と、そこで、横たわっているそれが、いつものベッドの感触とは違うことに気づく。そして、だんだんとあの時の事を思い出した。
まだ体が辛かったけれど、体を起こした。そこには窓一つなかった。目の前の壁に出入りに使うらしい扉と、その横に腰高の格子のはまった窓のようなものがあって、廊下の弱々しい光が差し込んできていた。
「地下牢……ってやつ?」
私は小さく笑った。
辺りを見回すと、一応王太子妃に対する敬意を表しているのか、ただ私が怖いだけか、きちんと布団や飲み物や軽食や、洗面用の水は置かれていた。
しでかしてしまった事を改めて思い出す。
悪かったと思う気持ちと、仕方がなかったと言う気持ちが半々だった。
それに何より、召喚と言い変えられているけれど、私は自分の意思でこの国に来たのではない。れっきとした誘拐の被害者だ。
何も分からず混乱する中で、聖女である私が果たすべきだという使命だけを教えられた。
このバルテガン王国では、数百年に一度、王国全体に張り巡らされた結界の張り直しが必要となる。そのために、召喚されるのが聖女と呼ばれる異界の女性であると説明された。
正直言って、この世界の人が何とかすべきことで、私には関係がないと思った。元の世界に帰りたかった。
でも大勢の人の命がかかっていると言われれば断れるわけがない。
断ったら、協力しなかったら、最悪殺されるかもしれないとも思った。
頑張って鍛錬を繰り返して、魔族に侵入されまくって大変なことになっていた、壊れかけた古い結界の外側に新しい結界を張り直した。古い結界を壊して取り除いたら、私の使命とやらは終わった。
そして、国を救った聖女と言われ、褒め称えられた。
もっと褒めて欲しかった。夢も目標も全部奪われて、それでも大勢の命を救ってあげたんだから。
もう元の世界には帰れないと聞かされていたから、結界を張り直したのは自分の命を守るためでもあったけど。
その後も、好きでもない相手と結婚させられそうになった。その時私が結界を壊せると仄めかしたら、みんな怯えて言うことを聞いた。
その後は、誰よりも優しくしてくれた、プラチナブランドと青い瞳の、まさに王子様って感じの第二王子のリチャードと結婚した。天にものぼる気持ちだった。
そして、彼と共に楽しいことをたくさんして遊び回った。それが問題視されているなんて知らなかった。
若者が羽目を外すのなんて当たり前の事だし、お金があるんだから、なんだって買えるのだと思って、好きなだけドレスを作らせた。
今は、その時の自分を世間知らずだったと思う。もともと高校を卒業したばかりで、元の世界でも世間知らずだったんだろうけど、この世界の常識はもっと知らなかった。
王太子の妻になったらこうしなきゃいけない、なんて誰も教えてくれなかった。
たまに小言を言われたことはあったけど、この国のみんなが生きているのは自分のおかげなんだからと取り合わなかった。
その時に信用も何もかも失ってしまった。気づいた時には遅かった。
みんなが遠巻きにしてくるのも面白くなかった。
初めはとっても親切だったし、私は仲良くしたかったけど、みんな、だんだんよそよそしくなっていった。今思えばあの頃から怖がられていたのだと思う。
聞いていた人は少なかったはずだけど、私が使った「結界を壊せる」という脅し文句が使用人たちの間で広がっているなんて、「聖女を怒らせたら国中が大変な事になる」と怯えさせるほどの影響を与えているなんて、これっぽっちも思っていなかった。
靴音が聞こえた。
誰かはすぐに分かった。一人分の足音しか聞こえなかったから。
夫のリチャードや、私を見下してくる奴ら以外で、私に怯えない人は一人しかいない。
明かりが近づいて来て、私は急に差し込んできた光に、咄嗟に手で目を覆った。
目が慣れてきて、ゆっくりと視線を上げると、格子が嵌められたその向こうにいたのは、やはりその人だった。
「エドワード……」
彼は文官の一人で、私の周りから人がいなくなっていった頃にやって来た。
元々軍人だったらしくて、顔はいいけど、体が大きくてちょっと威圧感がある。
初めは新人ぽかったのに、どこかの大貴族の出身だとかで、みるみる出世したらしかった。私には実際のところはよく分からない。
そして彼は、敬語を使わないで欲しいと言う私の願いを聞いてくれた、ただ一人の人でもある。
エドワードは普段から面白くなさそうな顔をしているけれど、今は怒っている。見たこともないほど。
「やってくれたな……! まったく! さすがに結界を完全に破壊するなんて誰も思わないだろ!? 自分だってどうなるのか分からないのに!」
彼は元から私に対してぞんざいな扱いをする。それが良かった。今も、はっきり叱りつけて貰えた事にどこか安心する。
「どれだけの被害が出ていることか! まだ調査中だが、おそらくとんでもない数の魔族が入り込めただろうさ! あいつら一匹殺すのにどれだけの苦労をするか、あんた分かってんのか!?」
それは知らないけど、私だってこんな事になるとは思っていなかった。
「違うっ! あいつらが慌てる顔を見たら、すぐに張り直すつもりだったの! でも、力が足りなくて出来なくて!」
彼は大きく息を吐いた。
「……残念だが、辺境を中心に大勢の人死にが出ただろう。その原因が王太子にあったなどと発表出来るわけもない。全ての責任をかぶせられるぞ。まあ、実際に結界が無い時間を作ったのはあんただしな」
「……私はいなくなっても構わない存在だもんね。もう血を残したから……」
私が下を向きながらそう言うと、彼はまた大きな息を吐いた。
「いつもの勢いはどこに行った? まあ、いい。他の奴らの前でもそうして項垂れていろ。多少はマシかもしれん。本当に多少は、だけどな!」
そう言い切ると、足りない物はないか確認して、彼は去っていった。
私は辺りが明るくなったのにほっとしていた。エドワードが廊下にランタンみたいな物を置いて行ってくれたから。牢屋みたいなところで、外も全く見えなくて。だから、それだけでも涙が出るくらい嬉しかった。
つづく……
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