17.次期王妃の覚悟
王宮から帰った数日後、ソルトナー侯爵家の別邸は、ルカティアの父親であるアルトバルン公爵の訪問を受けた。
エドワードとミナは、聞いていた通り公爵と一緒に訪れたレナート大公とルカティア大公妃も含めた三人を迎えた。
ルカティアとミナが、手紙で約束していたと言うお茶会をするために去って行くと、三人は応接間に腰を落ち着ける。
三人は各々席につくと、静かにお茶に口をつける。
気心の知れた間柄であるため、年長者であるアルトバルン公爵に多少は気をつかうが、この中で身分が一番高いレナートは公爵の義理の息子であるし、そもそもレナートもエドワードも公爵とは子どもの頃からの付き合いなので堅苦しくなることはない。
ふと、これまで秘密裏に国王の相談相手になってきたと公爵は言った。
レナートはそれを知っており、ルカティアと共に公爵の訪問を受け、話しをすることも多かったらしい。
「やはり面白い事になったね、エドワード」
「閣下は、こういった可能性を考えておられたのですか?」
「ルカティアがね。そうなるかもしれないと言っていたからね」
エドワードは黙るしかなかった。
幼馴染のルカティアにはとある弱みを握られている。厄介な相手が暗躍していたとなると、そもそもエドワードに選択肢などなかったのだ。
エドワードは、今頃そのルカティアとお茶をしているミナが心配になって、二人がいるはずの部屋の方向を見やった。
ミナとルカティアは、男性陣とは違い、用意された色とりどりの菓子に感嘆の声を上げながら、お茶会を楽しんでいた。
「まあ。ミナ様とお呼びして良いのですか? 光栄ですわ。私の事は、どうぞルカティアとお呼びくださいね」
「はい。ルカティア様」
「まあ。王妃となる方が……私に様などつける必要はございませんのよ。今までも聖女様が敬称をつけて呼ばなければならない者などいなかったはずですけれど。まあ、誰もそのようなことはお教えしませんわね」
ルカティアは仕方ないと言うように、悲しげに笑った。
ミナは、そんな優しい彼女にお願いがあった。
「王妃に相応しいと言われるようになりたいんです。そのために必要な事を教えて欲しくて。教師を紹介してもらえたらって」
「まあ。それは素晴らしいですわ! 是非とも、誰からも侮られることのないように、お勉強いたしましょう。私も喜んでお手伝いさせていただきます」
「ありがとうございます」
ミナは少し恥ずかしい気もしたけれど、一つ悩み事が無くなって心が軽くなった。
リチャードの妃だった頃は、言いたいやつには言わせておけばいいとしか思わなかったけれど、新国王の、夫であるエドワードの横に立つのなら、それに相応しい女性になりたいと思った。
それは後ろ指を刺されるのが恥ずかしいからとかいう事ではなくて、ただ、少しでも彼に認められたいと思ったからだった。
好きなのだ。彼が自分を信じてくれる日は、好いてくれる日は一生こないかも知れないけど……。
「そう言えば、魔術師たちをやり込めたとお聞きしましてよ? 詳しく教えていただきたいわ」
微笑みが眩しいルカティアからそう言われ、ミナは魔術師たちに話した内容を聞かせた。
「まあ……それは気付きませんでしたわ。確かに、何重にも結界を張っておければ、一つが寿命を迎えても、まだ余裕を持って事に取り組めますわ」
「その寿命が修復の回数によるものか、張られてからの年数によるものなのかはっきりしてないらしいんですけど。それを確かめるためにも、何年かおきに張っておいてもいいのかなって。私に力が有り続ければですけど」
ルカティアは、やはり優しく微笑んだ。
「そういえば、ミナ様はこの国の成り立ちに関してもお勉強なさっておいででしたわね」
彼女は手紙のやり取りの中で、ミナが手の空いた時によく本を読んでいるのだと伝えた事を覚えてくれていた。
「はい。初めは、聖女は他の国にはいないのか気になって」
ミナはこの国のこともよく知らなかったし、当然他の国のことなんて考えたこともなかった。
でも魔族や魔法の存在が当たり前の世界だ。他の国も結界を張る必要があるならば、自分意外にも聖女がいないとおかしい。
この国の成り立ちは、半ば伝説となってはいるが、以下のようなものである。
侵略され故郷を追われた人々が、魔族の住む土地に逃げざるを得なかった。しかし彼らには力強い味方がいた。
大魔法使いと呼ばれる人物が彼らの指導者となったのだ。彼が術式を編み出し召喚した聖女が、大魔法使いと共に結界を張り、その地を浄化した。
それが現在のバルテガン王国の王族の祖であるという。
他の国は魔族との接触がほとんどないため、大規模な結界を必要とした事はなかった。そのため、聖女召喚の術などは他国伝わっていないという。
この国は、基本的に結界を出てしまえば魔族の暮らす土地なので、他国との交流は少ない。
場所によって確率は変わるが、結界の外ではいつ魔物に襲われるか分からないため、行き来が難しいのがその一番の理由だ。
昔、侵略され故郷を追われた人々からすれば、むしろそれは好都合だったのだろう。
とはいえ、完全に交流がなかったのは建国後間もない頃のことである。
現在では魔塔を擁する王家が、魔術師や軍人たちを護衛につけて、独占的な交易を行っている。
「よく勉強しておいでですわね」
ルカティアがミナを褒める。その顔は馬鹿にしているとかそういう事は全くなくて、とても優しい。
ミナは気分を良くして、いつか王位についたエドワードに話してみようと思っていた事を、ルカティアにも聞いて欲しくなった。
全くの的外れの事だったら、それを知る良い機会だし。
「まだ術式も何も考えてないんですけど、街道に沿ってトンネルの形の結界を作ったらどうかなって思ってて。そうしたら、他国との行き来がしやすくなると思うし。誰でも行けるなら、それだけ他の国の技術とか取り入れられるだろうし」
もちろん王家が独占しときたいなら、トンネルはない方がいいと思うけど。
そこまで言ったところで、静かに聞いてくれていたルカティアが考え込むそぶりを見せた。
「……この場に、お三方をお呼びしても?」
「え? あ、はい」
他の部屋で話をしていた三人が、不思議そうな顔でやってきた。
ルカティアに促されて先ほどと同じ話をするとレナート大公に「トンネルとは?」と聞かれた。他の二人もピンときていない様子だ。トンネルを知らないらしい。
「山をくり抜いて人とか車……馬車とかが通れるようにした物で……。それと同じ要領で、結界を張った、人が安全に通行できる街道を作ったらと思って……」
「山をくり抜く? 鉱山ではなく?」
「あ、この国、あんまり山とかないですか?」
エドワードが頷く。
「魔族の地には国内にはない高く聳え立つ山がよくある。連れ去られた仲間を救うために結界の外に出た時に見たが」
エドワードがそう言うのに、大公も同意した。
「街道に沿って結界を……。それは検討に値する。そのトンネルとやらはミナの世界では当たり前にあるものなのか」
「え? ああ、山をくり抜いたトンネルはね。結界とかは、そもそも魔法が無いから存在しないけど、多分」
ミナがそう言うと、大公とエドワードが真剣に話し始めた。
「慎重にせねば、この地を狙う者が現れないとも限らない」
「ふんっ。魔術師たちをこき使って術式を作らせてやる」
「アロンに全面的に協力させよう」と公爵まで身を乗り出している。
「交流が増えれば軋轢も生じる。検討を重ねる必要はあるが……。しかし、山をくり抜いて人や馬車を通すとは、異界の技術とはなんと凄まじいものか」
エドワードはそう言うと、思い出したように他の二人に言った。
「あ、公爵、さっき言うところだったのですが、元老院に復帰していただきますので。よろしくお願いします」
「もう引退したいのだがね」
「レナートもな。お前にも働いてもらうぞ」
「よかろう。そなたの力になれるのであれば」
エドワードは、私が座っている椅子の側にやってきた。
「こんなふうな話が出来る日が来るとはね」
エドワードは、恋人として、妻としてミナを扱う。手が取られて、頬にはキスが落とされた。
「ちょっ、それ、やりすぎっ」
ミナは小声で抗議する。恥ずかしくて、顔に熱が集まるのを必死に誤魔化すように彼女はキスされた頬をさすった。
公爵は「仲がよろしくて何よりですな」と言って笑うし、ルカティアは「お二人は相性がよろしいのではないかと以前から思っておりましたわ」と微笑んだ。
「ミナ様は自ら王妃教育を望んでおいでですのよ、エドワード様。とても素晴らしい事ですわね」
エドワードは意外に思って彼の妻を見た。
彼は彼女がリチャードの妃だった時から彼女にこき使われていたわけだが、その時はそんな事気にしてなどいそうになかったのだ。
「あの時は若かったし、どうしていいかとかわかんなかったし。今はその大切さがわかると思う。王妃になるんなら、それに相応しい人間にならないと」
エドワードは思わず再びミナの手を取って口付けた。顔を染めるミナが、不思議と可愛らしく見えた。
つづく……
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
ちなみに、この作品の中では触れなかったのですが、ルカティアは転生者なんですね〜。こちらは短編『〜王太子の奮闘』でちらっと出てきます。
なので、他の人たちは??だった「トンネル」も知っていたという……。そして、聖女の感覚が少し分かっているので、優しめだったり。中身はある程度大人な日本人女性でございます。