15.魔術師たちの言い分と聖女の疑問
国王に深々と腰をかがめて挨拶をしてから、魔術師たちは話し出した。
でも彼らは、辺境の浄化にはほとんど触れず、私が使った術が強力すぎるとか、難癖としか思えない事を言い始めた。
仕方ないでしょ。そもそも力が桁違いに違うわけだから。と言いたかったけど、エドワードの手が肩に置かれていたので、なんとなく我慢した。
私たちに魔術師たちが秘密にしている事をバラしてしまったアロンだけが、魔術師たちの中で一人だけ気まずそうに下を向いている。
アロンがあの時大公領にいたことは知られているはずだけど、私たちとの会話の全てを話したりはしていないんだろう。
「聖女様は、あれ以来ずっとこの魔力制御の腕輪をつけ続けている。たった一度、確かに許可は事後に取ったが、国益になるとしか思えない術を使っただけだ。非難されるいわれはない」
エドワードはしれっと言った。
それは半分以上は本当だった。
レナート大公が手に入れてくれたという鍵を使って、お風呂やベッドの中では腕輪を外している事もある。もちろん、使用人たちの前ではずっとつけているけど。
外すのはエドワードといる時だけだ。私がたまには鍛錬をしたいと言ったから。もう使うべき時に力が足りなくなるなんて事はごめんだった。
「これ以上、どうせよと? 聖女様は大変に、ご自分のなさった事を反省しておいでだ。
その責任を取るために術を使われたが、ご自分がしたなどとは一言もおっしゃらず慎ましくお暮らしだったのはそなたらも知る事だろう。
そこにおられる、事の元凶であられる王太子殿下とは違う」
そう言われたリチャードは不満そうに鼻で笑ったけど、誰も何も言わなかった。
先ほど揉めていた、一族の娘を未来の国王の正妃にすべくリチャードを支持していた議員たちも声を上げなかった。先ほどの揉め事のせいか、皆どことなく髪や服装が乱れているし、その顔には生気がない。
魔術師たちの中央にいた、私に結界の張り方を教えてくれた魔術師の一人が話し出した。
「聖女様のお力は、結界を張り直す事だけにお使いになるべき、大変神聖なお力です。浄化や癒しなどという事は私共にお任せいただきたい」
「そなたらに任せていては時間がかかりすぎるから、そうなさったのだろう。今代の聖女様は大変に強い力を持ち続けておられる。何が問題なのか分かりませんな」
「いえ、ですから、穢れた魔物や下々の者にその神聖なお力を分け与える必要は……」
エドワードが私の肩に置いていた手に少しだけ力が込もって私の肩を掴んだ。
「そう、そなたらはその様な戯れ事を吐いて、ろくに戦場に来もしなかったな。たまにやって来たと思ったら、魔物を屠ったという手柄を作るとさっさと帰って行った。
毒に犯され、死にかけている私の部下を見殺しにした事が何度もあった。
そして、此度の騒動の後、いったい何人の魔術師が辺境に行った? 浄化をし、癒しを与えた? 言ってみろ」
私はエドワードを見上げた。
そうだった。彼は以前は軍人だった。私が結界を張り直すまで、何年も何年も魔物と戦い続けたと言っていた。
いつも怒るのも面倒そうにしている彼が本当に怒っている。自分もその感情を向けられた事があるから分かる。
魔術師たちはバツが悪そうに視線を彷徨わせている。
「王位につくべき理由がまた一つ出来たな」
エドワードは私にだけしか聞こえないくらいの小声で苦々し気に言った。
国王は腕を組んでその様子を見守だているだけだ。本当に何か意味ある事してんの、王様。と私は思った。
エドワードが続けて「魔塔など潰してやろうか」などと物騒な事を呟き始めたので、私は慌てて立ち上がった。
「あの、神聖な力とか言ってないで、早く生活を便利にしたらいいと思うんですけど」
さっきまで気まずそうにしていた魔術師が、面食らったように私を見た。
「……は……? 生活?」
「電気……簡単につく明かりもないし、水道はあるけど、お風呂のお湯はいちいち薪で沸かして運んできてるし、そういう事が簡単にできる術式とか魔術書にのってないし。
魔力がない人でも発動させられる術式とか、なんか出来ないんですか? 魔力を溜めておく術式くらいなら出来そうじゃない?」
魔術師たちは互いに顔を見合わせながら、何事か言葉を交わしていたけど、結局は「魔法は神聖なもので、そのような低次元のものには使わないものです」と言うので呆れた。
「便利な物が出来る可能性があるなら研究しなさいよ。自分たちの存在意義が薄れるのを心配するなら、まず仕事になりそうな事を増やしたら?」
フリーで仕事をしていた父親と義母がしょっちゅうそう言っていたのを思い出して、私は言った。
この世界に来た時は、この世界の常識を受け入れるしかなかったし、そんなものかと思ったけど、魔法書を勉強した今なら分かる。
この国の人たち、ちょっと工夫しなさすぎ。
日本人の感覚からするとあり得ないレベルで、昔っから同じ術式を使い続けている。
「何か新しいもの開発しなさいよ」と思わず言ってしまった。
魔術師たちは固まったまま動かない。ちなみに、元老院のおじさんたちもキョトンとしてる。
みんなが静かになったのをいい事に、さらに私は最近ずっと考えていた疑問をぶつけた。
「あとさ、結界って、一つじゃなきゃいけない事ないでしょ? 張り直しの時は古いやつと二重にはなるんだし。なんで何重にも重ねてかけておかないの?」
私が言った途端、ざわめきが走った。皆驚いている。
エドワードでさえ、目を見開いて私を見下ろしてきた。
「重ねて術をかけられるのは、古いやつの外側に新しい結界を張れるんだから、出来るのは分かってるわけでしょ。
人の出入りにも特に問題はないはず。そもそも人には効かない結界だし」
誰も答えないのにイラつき始めた頃、国王が話し出した。私は意外に思いながらその人を見た。
「聖女殿、それは、おそらくだが、一度結界を張り直したら、それで力を失うお方が多かったからだろう。
そして、その後の身の振り方として王族との婚姻を結び、大切に保護される事になったと聞いている。
中にはあなたのように力を持ち続ける方もいたようだが……」
「もちろん、力を失ったなら仕方ないですけど。でも、あまりにも聖女を利用しなさすぎですよ。わざわざ召喚しといて、その後は飼い殺し? もったいないでしょ。
もしかしたら、数百年前に来た人は、元の世界でもここと似たような不便な生活をしてたかも知れないけど、私が生まれた国は、魔法はなかったけど、ここよりかなり便利な生活してたんですよね」
「……そうなのか……」
国王が驚いたようにそう呟いた。
「そうですよ? どんどん開発してかなきゃ。この国、ただでさえこの環境のせいで他国とあんまり関わりないんでしょ? でも、いつまでもそうとは限らないし、やれる事やっといた方がいいですよ。
私が生まれた国も海に囲まれてて、あ、海っていうのは水です。大量の。で、そのせいで昔、遅れ気味だった時もあるんだけど、いろんな物を真似したり開発するのに長けてたから、外国から来た進んだ文化を取り入れて、短期間で大発展したんですよね」
私がそう言うと、国王も元老院のおじさんたちも、ざわざわし始めた。
私は言うことは言ったから席に座った。そろそろ決めてもらわないと困るし。
私は床を見つめながら何か考え込んでいるエドワードの腰の辺りを叩いた。ようやく彼の顔がこちらを向いた。
「……そんな事、なんで今まで言わなかったんだ」
「それは後でいいから、早く言質取りなさいよっ! ぼけっとしすぎ!」
エドワードは不満そうに片眉を上げると、一息ついて国王に向き直った。
「さて、陛下。呼び出しのご用件はお済みになったのでは? いろいろと問題を起こされている王太子殿下の処遇に話を戻したく思うのですが」
エドワードのその言葉に、みんなの視線が彼に集まった。
つづく……
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