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14.王宮からの呼び出し



 エドワードは執務室にいた。

 執事が持ってきたのは、またもや王宮からの呼び出し状だった。


 国王からの、聖女と彼に対する呼び出しの書簡が届き始めたのは、聖女が浄化や癒しの術を国全体に使ってから、二ヶ月ほど後の事だった。

 レナートから辺境全体の浄化の状態を確認し終えたという連絡を受けた直後だったため、用件は分かっていた。


 それを半年近くも、聖女の体調不良を理由に先延ばしにしてきた。

 使者は追い返している。

 下手をしたら不敬罪で無理矢理連行される事も考えられたが、幸い今のところ、そこまでする気はないようだった。



 だが、今回は王宮がエドワードがうんざりする手を使ってきた。

 彼の父親であるソルトナー侯爵が元老院を代表してやって来ていると言う。「どうかご対応を」と言う執事に頷くしかなかった。


 本来は玄関まで出向くべき所だが、エドワードはわざと父親を彼の執務室まで連れて来させた。

 父親は彼の顔を見ると、一人頷いて勝手にソファに腰掛けた。


「浄化がなされたのも、魔物の毒に犯されて死にかけていた者がその毒から解放されたのも、深手を負っていた怪我人たちの傷が突然癒えたのも、聖女様のした事だと皆知っている。

 それについてお聞きしたく、聖女様をお呼びしているだけだ。

 おまえの謹慎も解かれた。早急に王宮に復帰しろ」


「ですが、私がいなくとも王宮は機能しているわけですしね」


「……何も聞いていないのか?」


「何のことでしょう?」

 エドワードは王宮の、と言うよりは一部の人間たちの秩序が乱れている事を知っていたが、素知らぬ顔で言った。


「いや、いい。そんな事より、聖女様には、療養中とはいえ一度王宮にお越しいただかねばならん。直接ご挨拶したいと書簡でお伝えしたはずなのに、なぜここにおられないのか」


「彼女には父上の訪問の件は伝えてありますし、体調が悪くなければ降りて来るでしょう。

 聖女様のご体調が万全ではないと申し上げているのに、なぜ何度も人を寄越すんですか?」


「お前が王宮が派遣した侍医を追い返したからだろうが! もともと我が家が置いていた薬師まで追い出しおって!」


「信用の出来る医師は、レナートの紹介で雇ってると言ったでしょう。何も問題はないはずです」


「信用できるか!」


 父親は昔からこの調子で、エドワードを信頼も尊重もした事はない。

 父親にとっての自分は、正妻に二人目の子が出来なかったため、金で買ったも同然の没落貴族の娘に産ませた、万が一の時のための家門の守り手、ただそれだけの存在なのだとエドワードは思っている。だから兄とは扱いが違ったのだと。

 五歳になるかどうかという時に、いつも泣いてばかりだった母親が居なくなった。何故かは知らされていない。その頃の自分は母親がどうやったら泣き止んでくれるのだろうかということばかりを考えていたから、とにかく心配だった。

 後に地方の下級貴族と結婚し、別の家庭を築いていると知って、なぜか安心ではなく、落胆した事を覚えている。


 そんな中、この男は義母らにエドワードの教育を任せ、自分は務めを果たしたとばかりに家に見向きもしなかった。

 そんな父親に頭ごなしに何か言われるのは気分が良くない。

 だから軍隊に入ったようなものだった。何者でなくても、身分など無くても生きていけるようになりたかった。


 しかし、結局はこいつらと同じような生き方をしようとしている。


 エドワードはそんな事を考えながら、父親の説教を聞き流していたのだが、不意に父親の顔色が変わり、立ち上がるのを見て振り返る。


 そこには聖女、いやその呼び方はやめたのだった。妻であるミナがそこにいた。


「ミナ」

「エドワード」


 そう呼び合うのだと、初めて肌を重ねた日に決めた。その彼女を、さも愛おしい者を呼ぶかのように呼ぶ。

 誰かを心から愛おしいと思った事がないので見よう見まねだが、使用人たちから見ても違和感はないようだ。



 父親は「これは聖女様。お目にかかれて……」と優雅に挨拶をしていたが、怪訝な顔をし、そして、何をしているのかと言いたげに、彼女を抱き寄せたエドワードを睨んだ。


 その目は、彼女の腹とエドワードの顔の間を往復している。


「お前、まさか……」

「ええ。ご覧の通り、我らは夫婦の契りを交わしました。子も順調だそうですよ」

「……なんと言うことを……」


「侯爵閣下」

 ミナが話しかけると、父も俺を睨むのはやめて彼女を見る。やはり怪訝そうな顔だった。

 警戒しているのだろう。またやらかしてくれた、と言いたいのかもしれない。


「私、最も相応しい人が次の国王になるべきだと思ってるんです。協力、して下さいますよね?」

 ミナは自信に満ちた笑顔を相手に向ける。

 彼女が腹を撫でる手にエドワードは自分の手を重ねた。

 それは父親に対する見せつけでもあったし、自分の子を宿したそこを撫でたかっただけでもある。


「損はさせませんよ、父上。諦めて協力してください」


 父は何やら算段を始めた顔をして言った。

「王太子側につく者は多いはずだ」


「そうでしょうね。しかし、こちらもこの間、子作りだけをしていたわけではないもので」


 父親は諦めたように、「……何をしたらいい」と言った。



 *



 私はエドワードと一緒に馬車で王宮に向かった。

 到着するとすぐに、私がエドワードの屋敷で幽閉される事が決められた、あの広くて窓のない部屋に通された。



 国王はもちろん、元老院議員もいる。その中には先日会ったばかりのソルトナー侯爵の顔もある。

 そして、魔術師たちも呼ばれていた。術を使った事で王宮まで呼び出されたのだから当然かもしれない。

 でも、アロンという名の、あの時にいた魔術師がいたのには少し驚いた。


 みんなの視線が腕輪や、少し膨らみをおびたお腹の辺りをさまよっているのが分かる。


 私が妊娠している事は伝えられていて、以前にはなかった一人掛けの椅子が国王の正面に置かれた椅子を勧められて、そこに腰掛けた。すぐ横にはエドワードがいて、安心させるように肩に手が置かれる。

 恋愛によって結ばれたのだというアピールだ。



 国王が何か話し出そうとした時だった。扉の外がうるさくなり、それは中断された。

 リチャードが押しかけて来たらしい。私の顔を見るとこちらに向かってくる。

 部屋中にいる兵士の一部がリチャードの行く手を阻んだ。


「エドワード、何の真似だ!? 聖女の子は私の子だけで十分のはずだ!」

 リチャードは叫んだ。


 なぜかエドワードが責められている。私を妊娠させた事を怒っているみたいだったけど、残念ながらエドワードは巻き込まれただけだ。

 それに私とリチャードの婚姻は、それ自体が無効になったので、リチャードは私たちに何か言う権利はない。

 もちろん王位の継承が危ぶまれる事態になった事に怒っているんだろうけど。


「王太子殿下。男女のこと、致し方ありません。互いに惹かれてしまったのですから。

 ご存知でしょうが、聖女様と私は婚姻を結びました。それはお忘れなきよう」


 エドワードは喧嘩を売るようにリチャードに言った。


 それに呼応して、エドワードの父親であるソルトナー侯爵や、リチャードが王位を継ぐ事を懸念している元老院議員から声が上がった。


「これは複雑ですな」

「エドワード殿は王位継承権をお持ちだ。ソルトナー侯爵家のご出身ですからな」

「いやはや、これは記録にも無い事態ですが、前向きに捉える事も出来ますかな」


 それらの声は元老院の半分くらいから上がっていた。


 前はあんなに王子様然としていたリチャードの顔が歪んでいる。

 私はなんでこんな人と結婚しようと思ったのか自分でも不思議でしょうがなかった。


 そんな中、元老院議員の一人が立ち上がってリチャードを擁護した。


「王太子殿下のお怒りはごもっともかと。聖女様の神聖なる血を受け継ぐ御子はすでにおられる。そこに継承順位の低いエドワード殿が聖女様を利用し、混乱をもたらそうとなさっておられるのですからな」


 こっそりエドワードに誰だったか聞くと、あの浮気相手のご令嬢の家の当主だった。彼女の父親なのか祖父なのか微妙な年齢に見えた。

 他にも何人も立ち上がってリチャードを庇う。


 ソルトナー侯爵が咳払いをすると、彼らの視線が侯爵に集まった。「お前の息子だろう」という視線だろうか。


「王太子殿下の、『妃にする』と言う甘言を真に受けたご令嬢方の出身家門の方々は、それは殿下を支持なさるでしょうな」


 その言葉に場の空気が一転した。

「我が娘が正妃にしていただけると」

「何をおっしゃる、我が孫が」

「何を馬鹿げたことを、我が妹が王太子殿下のご寵愛を受けているのは確かな事」


 さっきまで貴族様らしくすました顔をしていたおじさんたちが取っ組み合いでも始めそうな様子だ。実際に腕を掴み合うくらいはしている人達がいた。


 私はてっきり浮気相手は一人だけだと思っていたけれど、かなりの人数がいたらしい。もうため息も出なかった。

 

 さらに追い討ちをかけるようにソルトナー侯爵が、持ち込んでいた書類を机の上に並べ、順に国王の元に運ばせる。

 それはリチャードが働いていた不正の数々の証拠だと説明されると、リチャードが「陰謀だ!」と叫びながら、兵士たちを押し除けようとする。もちろん、止められたままだったけど。


 それに目を通している国王は分かりやすく頭を抱えている。


 その資料の中身を、私はエドワードから前もって聞いていた。

 王家の宝物庫の品物を勝手に売り払ったり、自分の領地の収穫量を誤魔化して収益を得ていたり、いろいろとあったらしい。

 これまでも文官たちの間では周知の事実だったけど、王太子相手ではどうする事も出来なかったとか。

 彼が即位した後に報復を受けるのはごめんだとみんな思っていたのだとエドワードは言っていた。


 私は彼がある意味仕事をしていた事に驚いた。浮気しかしていないと思っていたから。

 確かに前からお金の使い方は派手だったけど、それは王太子だから潤沢な資産を持っているからだと思っていた。

 


 全員の視線が国王に向いていた。

 

「この件は後ほど検討しよう。聖女殿にお越しいただいたのは、この件ではない」

 国王は力無く言うと、魔術師たちを呼んだ。


 そうだった。リチャードの乱入のせいで打ち合わせと順番が逆になってしまったけど、私が王宮に呼ばれていたのは、浄化や癒しの術の効果が辺境で確認されたからだった。

 

 次は私にも出番があるから、少し緊張したけど、肩に置かれたエドワードの手に触れると、彼はその手を握り返してくれた。



つづく……


ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

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