12.エドワードを巻き込みたい
私は、とてもすっきりした気分で目を覚ました。
ただ、体は少し怠くて、思い切り両手足を伸ばしてみる。少し疲れは残っているけれど、特に動けないとかいう事はなさそうだった。
私は体を起こして、そして、少し離れたカウチにエドワードがいて、こちらを見ているのに気づいた。
「ようやく目覚めたか。丸一日意識が無かったんだ。もう少し寝ていてもいい。何か食べられそうか?」
彼が呼び鈴を鳴らすと、すぐに何人かのメイドさんたちが、洗面器やお水を持って入ってきた。
「うん……普通にお腹空いてる」
エドワードによると、魔術師のアロンは「聖女様は力を使い切っただけで、休めば大丈夫」だと言って、とっくに帰ったらしい。
医者にも見せてくれたらしいけど、ただ寝ているだけだと言われたとか。
「騒ぎが大きくなる前に帰るべきだろうが……。あんなに力を使って大丈夫なのか? いや、ずっと意識を失っていたんだから、大丈夫じゃなかったんだろうが」
立ち上がったエドワードが難しい顔でそう言った。
そうだ。ここは大公のお屋敷だし、迷惑かけないためにも早く帰らなきゃいけないのかもしれない。
「腕輪をつけられてからは上手くいかなくなってたけど、牢の中では、ずっとこっちに来た初めの頃にしてた鍛錬? 修行? まあそういうのをしてたから、けっこう力は増してたわけ。この前結界を壊して、また張った時より。だから平気だと思う。帰れるよ」
「そうか……。俺は王宮に呼び出されているから、すぐに出るが、あんたはもう少し様子を見てから帰るんだな。レナートに護衛をつけるように頼んである」
私はエドワードが王宮に呼ばれていると聞いて、彼にまた迷惑をかけた事を思い出した。私の腕輪は許可なく外しちゃいけなかったはず。それをさせちゃったんだから。
「……ごめん……」
「……やっぱり熱でもあるんじゃないか?」
エドワードはそう言うと、私のおでこに大きな手を当てる。
私は多分熱なんてなかったけど、心臓の音が早くなっているのに気づいた。
そうだ。あの話をしなくちゃいけない。もっと迷惑かけて、嫌がられちゃうと思うけど。
私は、近くのテーブルに朝食の用意をしてくれたみんなに、もう下がっていいと言って人払いをした。
「あのさ。話しておきたい事があるんだけど」
「熱はないな……。なんだ?」
エドワードは断るのも面倒だったのだろう。大人しく聞いてくれた。
「エドワード。あなた、王位継承権を持ってるよね」
「あ? まあ、婆さんが王家の出だからな。何十番目だか知らないが。それが?」
「私が調べた限り、今では十五番目くらいになってる。独身では三番目」
「独身では……?」
エドワードは、何かに気づいたようだった。
「……それが何か?」
「私と子ども作ってよ。そうしたら、継承権はリチャードの次になる。聖女との子がいるって事になれば」
エドワードの眉間にしわが寄る。
嫌だと言われるのが怖いし、胸は痛むけど、ここまで言ってやめられるものでもない。
聖女の子の父親ならば、そして、正統な王家の血を引くエドワードならば、無能な皇太子を追い落として王位に着くこともできる。私は法律書を読んでその事を知った。
「あいつを追い落として、子どもを取り返したいの。協力しなさいよ」
エドワードはいろいろ考えを巡らせているらしく、髪をかき上げながら床を見つめている。
一言で拒絶されなくて、私は少しだけほっとしていた。
「その考え方は危険だ」
エドワードの言葉に私は首を傾げた。
嫌だと言うなら分かる。エドワードは私のことを好きでもなんでもないわけだから。でも、何が危険なのかは分からなかった。
「我も我もと、聖女を監禁し孕ませようとする輩が出てくるかもしれん。そのような事がまかり通るとなればな」
なるほどと私は思った。それは考えていなかった。でも、それは割と簡単に解決出来る気がした。
「聖女に対する恐怖心も一緒に植え付けたら? 聖女の意に反してそんな事したら、とんでもない目に合うとかって。
聖女を怒らせたらどうなるか、分かりやすい歴史が出来ちゃったわけだし。
大昔に聖女に国を乗っ取られた事とかも、聖女を怒らせたからだとか脚色して、全部バラしちゃえばいいと思うし」
とはいえ、ちゃんとした対策は必要だろう。私はたぶん、いろいろやらかしてるから大丈夫だけど、何百年後かの聖女が気の毒な目に遭うのは確かに気分がよろしくない。
腕輪を付けられたら、それ以前に自分の力を知らなくて、攻撃用の術とかも知らなかったら何の抵抗も出来ないだろう。
私はついでに攻撃魔法とか覚えられるだけ覚えたけど。
エドワードは考え込んでいたが、彼は彼らしい事を言った。
「国王になるなんて面倒以外の何ものでもないだろ」
そうなのだ。彼が王位につく事を望まないなら、彼にこの話に乗るメリットはない。
でも私はエドワードを何としても頷かせたかった。
「他の人がしてたらそう見えるだけじゃない? 自分が上になった方が楽に決まってるし。今の王様みたいに人にいろいろ任せちゃえば?」
「お前な、陛下を何だと思ってんだ」
話の途中だったけど、大公家の執事がやってきた。出発の時間が来たエドワードは、王宮へ向かわなければならないと言った。
「とりあえず、あんたは家に帰ってろ。無理はするなよ、いいな?」
彼はそう言って去って行った。
私はエドワードがこの提案を飲んでくれたらいいと思った。別の人にこの話をしたら喜んで引き受ける人はいるはず。王位を得られるから。でも他の人は嫌だった。
私は運ばれてきた食事を食べて、ルカティア様が様子を見に来てくれたのに、微笑みを返した。
浄化と癒しの術を使って、元通りなんて無理だけど、少しだけ罪滅ぼしが出来た気になって、私はようやく心から笑えた気がした。
*
エドワードはレナートと共に王宮へ到着した。そこはどこか浮ついていて、二人を見つけた旧知の軍幹部が駆け寄って来た。
「大公殿下。エドワード殿。お聞きですか? 各地で起こった奇跡の話を」
「……多少は。その件で陛下に呼び出された」
「後にしろ。殿下はお忙しい」
エドワードは彼らを追い払うが、知った顔に会うたびに、いや、王宮などむしろ知った顔ばかりな訳だが、何度となく同じような質問を投げかけられる。
身分上、彼らはレナートにまず話しかけるが、本来彼らが問い詰めたいのは自分の方だろうとエドワードは思った。
そんな奇跡を起こせそうな者は聖女以外にいないし、エドワードがその身を預かっている事は、公表されていないながらも多くの者が知っているはずだ。
謁見の間にレナートに続いて入ったエドワードは、国王の横に元老院の重鎮の幾人かと、王太子のリチャードの姿を見たが、その存在は無視する事にして、レナートに続いて状況の説明をした。
「エドワード・ソルトナー。貴様はあの凶悪な聖女が何をしでかすかも分からんのに、制御の腕輪を外したのか! これは罪に問わねばならない事です! 父上!」
国王陛下と元老院議員は、そう叫んだリチャードを見て、何とも言えない顔をしている。
エドワードは罰を受ける覚悟でここへ来ていた。しかし、リチャードにそれを言われるのは、いささか、いや、かなり腹の立つ事だった。もちろんそんな事はおくびにも出さない。
「陛下。エドワードにそれを命じたのは私です。我が領地にも魔物の被害が出ましたが、それを浄化する事が出来るであろう聖女様がおられるのに、なぜそれを頼まずにいられるでしょうか」
レナートがエドワードを庇うように言った。
「何を言っている! あの女が結界を壊すなどと言う馬鹿な真似をしなければ、そもそもこんな事にはなっていない!」
「……その聖女様の怒りを買い、そのような行動に走らせたのは誰か。そなたには誰を責める資格もない」
リチャードは兄であるレナートの言葉を鼻で笑った。
「その聖女に嫌われて王太子の地位をあんたは追われたんだ。今は俺が王太子で、あんたは臣下に過ぎない。余計な口は挟まない方が良いのでは?」
そう言って、美しいが醜い笑顔を浮かべるリチャードよりも、ただ静かに姿勢正しく佇むレナートの方が未来の国王に相応しいと、その部屋の中にいる誰もが思った事だろう。
確かに聖女は考えが足りない。しかし、その言いなりになるしかなかったこちら側にも咎はあるとエドワードは思った。
さらに言えば、聖女に関する不都合な事実を隠してきたツケを払っているだけだとも思う。
国王や魔塔が自分たちの保身に走らずに、今代の聖女の力を正しく知らしめていれば、対策のしようはいくらでもあった。
大変に遺憾なことながら、聖女に関する問題も、出来損ないの王太子も、このままにはしておけないという思いが芽生えざるを得なかった。
エドワードは自分の意志の弱さに苦笑する。面倒事などごめんだと言いながら、なんだかんだそこに身を投じてきた。
だが、それは強制されたものではない。自分が下した決断だ。
その場は、国王がエドワードから聖女の力を制御する腕輪の鍵を取り上げ、謹慎を言い渡す事でひとまず落ち着いた。
そして、レナートが辺境へ遣わされて、浄化されたという、その地の状況を確認する事も決められたのだった。
つづく……
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!