10.魔術師の話
エドワードが連れ帰った魔術師は、翌日早速、一同の前に引きずり出された。
「これは、大公殿下。お目にかかれて光栄でございます」
アロンという魔術師は、レナートを前にして緊張しているようだった。
旧知のルカティアはともかく、レナートの前で萎縮するなと言う方が無理だろう。それだけ彼の勇名は未だに語り継がれている。
そして、魔術師は、初めはその存在に気づいてなかったらしい聖女に目を止め、驚きに目を見開いた。
無理もないとエドワードは思った。大公邸に、王都の郊外で幽閉中のはずの聖女がいるなどとは思ってもみなかったのだろう。エドワードがその彼女の管理を押し付けられた事も、ほんの一握りの人間しか知らない。
「アロン。久しぶりね。ご活躍の様子はこちらにも届いていてよ」
「これはルカティア様、いえ、大公妃殿下。お久しぶりでございます。私に力をお貸しできることがあれば何なりと……」
「ええ。実はあなたに教えていただきたい事がありますの」
「何に関してでございましょうか」
ルカティアは聖女を指し示した。
「あなたたち魔術師の力と、聖女様のお力は別種のものと教わってきたのだけれど、本当にそうなのか不思議に思いましたの。あなたがご存知の事があれば教えていただきたいわ」
ルカティアは、一見とても優雅な、しかしあの有無を言わさない表情で魔術師に微笑みかけた。
魔術師は瞳を揺らし、「さて、何もお教え出来る事など存じあげず……」と言いかけて、それを遮られた。一歩前に進み出た聖女に、彼は怯えたように一歩下がった。
やましい事があるに違いないとエドワードは思った。もしかしたら、聖女の悪名を聞きすぎているだけなのかも知れないが。
「おかしいのよね。私があなたのお仲間に習った結界の術式と、一般的な魔術書に描かれた術式は全く同じものなの。違う力なら、同じ術式を展開しても効果変わりそうじゃない? それに……」
聖女は自分の腕を持ち上げて、腕輪を見せた。
「これ、魔力制御の術を転用した、私用の魔力封じの腕輪だって聞いたんだけど。でも違う力なのに、初めから用意されていたわけでもないのに、こんな物がすぐに出来るなんておかしくない?」
「いえ、あの、私は腕輪に関しては専門外で……」
「もしかして、同じものなんじゃないかなって、私思ってるわけ。あんたのその力と、私の力」
「……アロン、大切な事ですのよ。聖女様はこの国をお救いくださったお方。まあ、いろいろあってこうしておられるのだけれど。でも、このままでは良くないわ。もし聖女様に他の術をお使いいただけたら、多くの民が救われるのですもの」
アロンはしばし揺れ動いていたようだったが、公爵家への恩がありすぎたし、レナートの存在も大きかったのだろう、「ここだけの話でお願いいたします」と前置きした上で話し出した。
魔術師たちも他の者と同様に聖女の力は自分たちの持つ魔力とは別物だと教わるが、実際に聖女召喚の代に当たった魔術師達はそれが嘘である事を知っているのだという。その力を感じれば分かるからだ。
ただ、聖女の力が桁外れに膨大なだけだ。
しかし、これまでの聖女たちは、結界を一度張っただけで、その力を全て失った者がほとんどだったのだと言う。
「え……。私、普通にまだ力あるけど」
「はい……。私も一定の地位に就いた時に知らされたのですが……」
アロンによると、公式の記録には残されていないが、もういつかも分からないほど昔に、その力を持ち続け、夫である国王を押さえつけ、国を私物化した聖女がいたため、それ以降は聖女に自身が持つその本当の力を教えなくなったのだと言う。
全員が初耳の事だった。聖女はともかく、エドワードもルカティアも、何よりも国王の子であるレナートさえ知らされていないとは。
「今代の聖女様は、その国を私物化なさったお方のように、力が無くならなかったのですね」
ルカティアが言う。
「……はい。そのため、特にご興味を持たれないのを好都合と……」
そこでおもむろにレナートが口を開く。腕を組んで眉根を寄せている。
「それは、父上もご存知の事なのだな」
「は、はい……そのはずです」
「……なるほど……。しかし、危険な事だ。そのような大事が伝えられていないというのは。
召喚した異世界人に国を乗っ取られていたなどという事は公式の記録からは抹消されるだろうが」
レナートは自身が廃嫡された経緯が公表されなかったのを思い出したのか、そう言って苦笑した。
魔術師は続けた。
結界さえ張られていれば、魔族の侵入は最小限に抑えられるため、わざわざ聖女に浄化を始めとする、結界以外の術を教える必要は無かった。これまでは。
それに、聖女のように広範囲にその力を展開できる者がいたら、他の魔術師達の仕事が無くなってしまう。
王家と魔塔の利害の一致から、このような措置が取られてきたのだろうとアロンは言った。
大人しく彼の話を聞いていた聖女が、おもむろに言った。
「私に浄化とか癒しの魔法、教えてよ」
そうすれば、多くの怪我人を癒し、大地を元に戻せるかもしれない。自分の名前は出さなくてもいい。全て魔術師たちの手柄にすればいいと彼女は言った。
エドワードは案外ちゃんと反省していたらしい聖女の言葉に少し驚いた。
「それは、私には何とも……。陛下の許可をお取りくだされば……」
アロンの立場ではそう言うしかなかっただろう。
聖女にもそれが分かったのか、やけにあっさりと彼女は「じゃあ、いいわ。どうせ昨日、自分で勉強したし」と言った。
「多分使えると思う。単純だし。結界よりよっぽど」
聖女のその言葉に魔術師が目をむいた。
エドワードは魔術の素養がないためよく分からないのだが、一つの術を会得するのは簡単な事ではないに違いない。
エドワードも六年前、魔物と戦いながら、思っていたよりもかなり早く張り直された結界に驚いたものだった。
聖女はやはり聖女だったのか。
感心しながら傍観者を決め込んでいたエドワードだったが、聖女がこちらは向かって来るのに気づいて身構えた。
「この腕輪の鍵を持っているのは誰?」
エドワードは仕方なく彼女の視線を真正面から受け止めた。
彼女は知っているのだろう。彼女の身を預かっている自分がそれを知らないはずはないと。
残念ながら逃げ場は無さそうだった。まったく、なぜ彼ばかり、いつもこのような目に合うのだろうか。
エドワードは心の中で悪態をついた。
つづく……
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