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第六章 オアシスの水

ジロデがオアシスの水を取りに旅立ってから、数日が経とうとしていた。しかし女王の間で寝ているマリテーヌは病が治らず、薄いベールに包まれたベッドの上で息を切らして苦しんでいた。脱水状態のマリテーヌは果物から僅かな水分を補給していたが、病は一向に治る気配がなかった。

キメラは落ち着かない様子で宮殿の中を歩き回り、時には黒い杖で床を強く叩きつけていた。


「ジロデはまだか! まだジロデは来ぬか!」


宮殿の侍女や踊り子たちは、荒れ狂うキメラの殺気に誰一人近寄れなかった。やがて日も暮れまた1日が終わろうとしていたその時、1人の侍女がキメラの元に走って来た。


「申し上げます。 只今ジロデ様の一行がシュプーラに到着いたしました」


「おお! 待っていたぞ、ジロデ!」


ジロデが身に付けている淡い橙色の衣は、砂漠の激しい砂嵐でかなり擦り切れ汚れていた。しかし汚れていることも気にしないジロデは、水が入った容器を大事に抱きしめながら暗い宮殿の廊下を急ぎ走った。

女王の間の前でキメラが立っているとジロデはやって来て、息を切らしながら水の入った容器を上に掲げた。


「キメラ様、大変お待たせいたしました。 これがオアシスの水でございます!」


「おお、待っていたぞ。 ジロデ!」


「キメラ様、シュプーラの外には確かにオアシスがございました」


「噂のオアシスは本当にあったのだな」


「オアシスはとても穏やかで、そこはまるで楽園のような所でした。 そしてキラキラとした美しい水がたくさん潤っておりました」


キメラはジロデが持っていた容器を大事に抱き抱え、それを天に仰ぐように掲げた。


「では早速オアシスの水を飲んでいただき、マリテーヌ様の命を救いましょう」


キメラは女王の間の中へ入りマリテーヌが寝ているベッドまで急ぐと、オアシスの水を器から小さい盃へと移し替えた。すると器から流れ出た水はキラキラと輝き、それはなんとも言えない淡い色をしていた。

淡い色した美しい水を見ると、キメラは興奮しながら目を光らせ、


「おお、これがオアシスの水か!」


「キメラ様、早くこのオアシスの水をマリテーヌ様に」


キメラはマリテーヌの身体をおこし、水が入った盃から少しずつマリテーヌの口に含ませていった。


「マリテーヌ様、これがオアシスの水でございます」


身体の力がないマリテーヌだが、盃に入ったオアシスの水をゆっくりゆっくりと飲んでいった。


「ジロデ、マリテーヌ様は水を飲んでくださいました。 もう少し飲んでいただきましょう」


「はい」


キメラまた小さい盃に水を移し替え、再びマリテーヌに飲ませる。すると今度は喉を鳴らしながらマリテーヌはオアシスの水を飲みほした。


「もう少し、もう少しオアシスの水を」


しかし、もう一度容器から盃に移し替えた水は最後の一滴となってしまった。


「水はもうないのですか?」


ジロデは膝を折り深々と頭を下げ、


「申し訳ございません。 今はあらゆる都市で病が出ていまして、オアシスには水を求めてたくさんの人がおりました。 だから今回オアシスから頂いた水はそれだけなのです」


「しかし、これでは足りないのでは?」


「分かっております。 しかし、明日にでもまた私がオアシスに行ってこの淡い色の水を頂いて参ります」


「そなたは、またオアシスに行ってくれるのだな!」


キメラはそう言いながらジロデの手を強く握ると、ベッドで苦しんでいるマリテーヌの目からは1粒の涙がこぼれ落ちた。

それに気が付いたキメラは、長い指でマリテーヌの涙を拭き取り、


「おぉ、ジロデ。 そなたの想いが届いたのか、マリテーヌ様は涙を流して喜んでおられる」


その姿を見たジロデは感激し、胸に手を当てながら泣き叫んだ。


「マリテーヌ様、ありがたき幸せ! この身を女王様に捧げます!」


マリテーヌに頭を下げ泣きながら喜ぶジロデの姿を、キメラは冷ややかな目で見下ろしていた。



その夜、ジロデは冷たいガラスのような月の時計台に自分の頬をつけながら微笑んでいた。あのマリテーヌが自分の為に喜び涙を流してくれたことがとても嬉しかった。愛するマリテーヌの為に『月下恋歌げっかれんか』を優しく歌い、ジロデは1粒の涙を落とした。


「マリテーヌ様、あなたのお命は私が必ずお守りします」


時計台にいつまでも抱きつき歌い続けるジロデの姿を、ユラは中庭にある廊下の柱に隠れて見つめていた。


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