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第三章 女王の間

シュプーラの建国記念日から数日が経とうとしていた。

ジロデが宮殿の医務室で医療品の整理をしていると、あの長身のキメラが突然目の前に現れた。それに気づいたジロデは慌てて膝を折ると、キメラは冷たい目で見下ろしながら言った。


「そなたがジロデですか?」


「はい、キメラ様。 ジロデと申します」


「ジロデ。 夕刻になりましたら女王の間へ来て下さい」


「え? この私がマリテーヌ様がおられる女王の間に伺うのですか?」


「あなたも知っているかと思いますが、毎年マリテーヌ様の健康を調べる身体検査があります。 しかし、昨年の医療担当者が診察の最中にちょっとした粗相をしまして・・・」


ジロデはキメラの話しを聞きながら、なるべく目を合わせないように深々と頭を下げていた。


「そこでマリテーヌ様は今度の身体検査は若い医療担当をとご希望になり、今年はそなたに決まりました」


「かしこまりました、キメラ様。 ありがたき幸せ。 早速診察の準備をして、夕刻には女王の間にお伺いします」


しばらく見下ろしていたキメラは、膝を折ったジロデの耳元に近づき呟いた。


「くれぐれも、粗相のないように」


ジロデはキメラのその凄然たる言葉を聞くと、目を開いたままゴクリと息を呑んだ。そしてキメラは「フフフ」と冷ややかな笑みを浮かべながら、その場から立ち去って行った。


ジロデは急いで自分の部屋に戻り、高鳴る気持ちを抑えられず興奮していた。


「ああ、とうとうこの私があの愛しのマリテーヌ様とお会いする日がくるなんて!」


ジロデは鏡台に座ると鏡掛の薄い布をめくり、細い小指で小さな唇に紅をさした。そしてその薄い布をまるで羽衣のように使い、喜びながら声高らかに『紅華こうか』を歌い踊り出した。

部屋の中で歌いながら踊るジロデの姿を、踊り子のユラは扉の隙間からジッと見ていた。



夕刻となり、ジロデは医療品が入った箱を持って女王の間へと向かった。マリテーヌに会える喜びと緊張で次第に顔や体が堅くなっていく。ジロデは宮殿の侍女として仕えてから3年になるが、マリテーヌと直接言葉を交わすのはこれが初めてのことだった。

女王の間の扉に立つとジロデは恐る恐る声を出し、


「ジロデでございます」


「お入りなさい」


ジロデは重い扉を開け部屋に入るとすぐ膝を折り、少し声を震わせながら頭を深々と下げた。


「マリテーヌ様、ジロデと申します」


マリテーヌは部屋の中央にある大きな椅子に座り、その後ろにはキメラが無表情に立っていた。

マリテーヌは頭を下げているジロデを見下ろしながら、


「そなたがジロデか?」


「はい、マリテーヌ様。 本日から私が女王様のお身体の検査を担当させていただきます」


「ジロデ、よろしく頼みます」


「かしこまりました」


マリテーヌは立ち上がって後ろを向くと、身につけていた白い衣をキメラに下ろさせた。そしてジロデはゆっくりと頭を上げると、目の前には光り輝くマリテーヌの白い背中があった。ジロデはその透き通るような美しい背中を見つめると、鼓動が早まり胸が熱くなっていた。


「どうしましたか、ジロデ?」


「は、はい。 ただいま」


我に返ったジロデは慌てて医療箱の中から白くて小さな水晶を1つ取り出し、


「マリテーヌ様、只今からお身体の状態を確認させていただきます」


と言いながらマリテーヌに水晶を掲げた。それからジロデはその水晶をマリテーヌの白い背中に優しく当てて、ゆっくりと上下左右に摩っていった。すると背中に当てているその水晶は淡く灯り出し、まるで呼吸をしているかのように光ったり消えたりしていた。


「ジロデ、その光る水晶は何ですか?」


「これは女王様のお身体の悪い所を知らせてくれる水晶でございます」


ジロデはマリテーヌの白い背中の上から、徐々に下の方へと水晶を摩っていく。そしてジロデが水晶で身体を摩るたびにマリテーヌが軽い溜息をつくと、側にいたキメラはそれを横目で見ながらゴクリと喉を鳴らした。

穏やかな顔をしているマリテーヌは、診療中のジロデに向かって、


「ジロデはこの宮殿の侍女として仕えて何年になりますか?」


「はい、3年になります」


「このシュプーラでは何百年も水というものがありません。 恐らく私の肌は、あの荒々しい砂漠のように乾いていることでしょう」


「そんなことはございません。 マリテーヌ様のお肌は枯れることがない、まるで『オアシス』のように潤っております」


「オアシス? オアシスとは?」


「私も噂で聞いた話しなのですが、この世の中には乾いた砂漠の中にたくさんの水で潤っているオアシスという場所があるそうでございます」


「たくさんの水で潤っているオアシスですか。 いつかは私も行ってみたいものですね。 おそらくオアシスも、その水晶のように光り輝いているのでしょう」


ジロデは話しをしながら再び背中の下から上へ摩り、マリテーヌの首元を水晶で優しく押しつける。するとマリテーヌは水晶を持ったジロデの手の上に、自分の手をそっと重ね合わせた。思いもよらないマリテーヌの行動にジロデは思わず声が出てしまう。


「あっ、マリテーヌ様・・・」


しばらく手を握ったまま顔を見つめ合うマリテーヌとジロデ。

そのマリテーヌの行動を見ていたキメラは、すかさずマリテーヌの側に近づき、


「マリテーヌ様、今日の診察はこの辺で」


マリテーヌはジロデの目を見ながらゆっくりと手を離し、


「ジロデ、今日はありがとう。 下がりなさい」


「かしこまりました。 明日もよろしくお願い致します」


ジロデは慌てて医療道具を片付けマリテーヌにお辞儀をすると、逃げるように女王の間から立ち去って行った。それからマリテーヌが白い衣を羽織ると、キメラは不安そうに問いかけた。


「マリテーヌ様、あの若いジロデはいかがでしたでしょうか?」


「フフフ。 しばらくは様子を見ましょう」


「かしこまりました」


キメラはマリテーヌの下で膝を付く。それからマリテーヌは窓の方へゆっくりと歩き、遠くを見つめながら静かな笑みを浮かべていた。


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