第一章 砂漠の都市
黄金色した細かい砂が風で舞い上がり、やがてそれは幻のように消えていく。
ここは砂漠の上にある小さな都市『シュプーラ』
遠方から吹く激しい砂嵐が、シュプーラの都市を囲む高い城壁の門をバタンバタンと強く叩きつける。硬い石で造られた高い城壁は、激しい砂嵐で半分以上が砂に埋もれていた。しかしこの高い城壁があるからこそ激しい砂嵐を防ぎ、長年シュプーラの都市を守り続けているのだった。
都市と言っても数万の人々しかそこには暮らしていない。そしてその中にいるシュプーラの人々はこの乾いた荒地で家畜を飼い農作物を育て、ひっそりと慎ましい生活をしていた。
シュプーラでは何十年、いや何百年も『水』という物が存在しない。その為人々は水が無くても育つ草木や農作物を食べ、そこから水分を取ることしか出来なかった。もはやこの都市における水とは、何か遠い伝説か神話でしか語られていなかった。
シュプーラの人々はこの地を『水のない都市』と呼んでいた。
シュプーラのほぼ中央に、この都市の象徴とも言える『シュプーラ宮殿』がそびえ立っていた。この宮殿はどこからでも見えるように高台の上に建ち、これよりも高い建物はこの都市には存在しない。そして宮殿の屋根の上には、『月と風の紋章』が描かれた国旗が砂風で激しく揺れていた。
日没の夕陽で赤く染まるシュプーラ宮殿の螺旋階段を、ゆっくりと歩く1人の女王がいた。
女王の名は『マリテーヌ』
女王マリテーヌはツバの広い帽子に白い衣と長い羽衣をなびかせて、ゆっくりと優雅に石階段を歩いていく。そして装飾された長い爪の手には、女王にしか持てない『荘厳華麗の杖』が握られていた。
マリテーヌが螺旋階段を登り終えると、宮殿のベランダへと続く長い廊下には膝を折り頭を下げる数名の侍女たちと踊り子たちが整列していた。
「マリテーヌ様、おめでとうございます」
「マリテーヌ様、今日もお美しい」
シュプーラ宮殿は多くの侍女と踊り子たちに支えられていて、マリテーヌのその妖艶な美しさは皆の憧れでもあった。紅い絨毯が敷かれた長い廊下をマリテーヌは無表情にゆっくりと歩き、逆光が差すベランダの方へと向かって行った。膝を折っていた侍女と踊り子たちは真っ直ぐに立ち上がり、胸に手をあてながらシュプーラの国歌『天啓の風』を斉唱した。
今日はシュプーラの建国記念日。
シュプーラ宮殿の周りには、記念日を祝う人々がシュプーラの建国を祝福していた。
「シュプーラ、万歳! シュプーラ、万歳!」
水のないシュプーラは決して裕福な都市ではない。それでも都市の人々は幸せに暮らし、女王マリテーヌを崇拝していた。だからこそ、シュプーラの人々にとって建国記念日というのはとても大切な祝日だった。
宮殿のベランダからマリテーヌがゆっくりと登場すると、広場は群衆の歓声に湧いた。
「おお、女王様! マリテーヌ様!」
宮殿のベランダから群衆を見渡す女王マリテーヌ。その群衆の叫び声はやがて地響きとなり、シュプーラの都市を包み込んでいく。しばらくしてマリテーヌの後ろにいる侍女が手を上げると、その歓声は一斉に静まった。
そしてマリテーヌは宮殿に集まる群衆に向かって声高らかに、
「シュプーラの民よ。 シュプーラにとって、今日が素晴らしい日でありますように!」
そう言いながらマリテーヌが杖を高く掲げると、再び群衆の歓声が沸き上がった。
「マリテーヌ様、万歳!」
「シュプーラ、万歳!」
マリテーヌの杖の先に付いている美しい宝石が天を突き刺すかのように光り輝くと、シュプーラの人々の心を強く掴んだ。
そんなシュプーラの人々に崇拝されるマリテーヌを、遠くから見つめている1人の侍女がいた。その侍女は、淡い橙色の衣と装飾された帽子を身に付けていた。
侍女の名は『ジロデ』
ジロデは宮殿内の数多い侍女の中で、女王の身体を見守る医療業務を担当していた。医療担当といっても、歳が若いジロデはまだ下働きにすぎない。ジロデにとってマリテーヌは尊敬する女王というだけではなく、1人の女性として憧れの存在でもあった。ジロデは遠くに見える美しいマリテーヌを見つめ、溜息をつきながら呟いた。
「ああ、麗しきマリテーヌ様」
そう。
侍女であるジロデは女王マリテーヌに恋焦がれていたのだ。しかし、女王と侍女では身分が違うということもジロデ自身よく理解していた。
「しかし、マリテーヌ様は私の想いが届くはずもない遥か遠いお方・・・」
身体から崩れ落ちるように力が抜け、ジロデはよろめきながら地面に膝を付いた。そして高なる気持ちを抑えるかのように衣の胸元をギュッと握りしめていた。