第2話 魔法使いの卵
『超常異世界クライテリア』と銘打たれたその世界は虚無から始まった。
極点は無限の光となり、宇宙を形造り、生命を生み出し、やがて世界に秩序が創造された。
何故、世界が生まれたのか。
虚無とは何なのか。
何故、秩序が宇宙を支配するのか。
覆い隠された神秘の奥底にこそ真実はある。
しかしソレは理屈に落とし込むことが能わぬからこその神秘であり、ソレが纏う幻想のヴェールを剥がすことが出来たとしたら、ソレはソレではなかったというだけの話。
◆
遍く生物は微小な粒子で構成されている。
それらの粒子は内に微精霊という霊的基点を有し、それを中心として霊気が発生する。
微精霊が分子のように結合した『霊子』はより大きな霊気を持ち、それ自体が霊的な性質を有する。
原初の世界で自然発生した霊子は、チャクラに対して霊気の胎動———霊力で指令を出し、チャクラはそれに応え万物の素となった。
「では、瞑想したままお聞きください。万物の素となる最も根源的な力『チャクラ』は何もない世界で、原初の霊核によって光に生まれ変わりました」
シュークリスは、霊魂から魄を通して霊力を出力し、体に浸透させる。
細胞単位、原子単位で霊的な波動を漲らせ、内にある霊子を揺らす。
霊子が揺れれば霊気も揺れる。霊魂が生み出した霊力と全く同じ波長をトレースして増幅させる霊体が、
シュークリスは心霊能力による霊力を霊体に漲らせた。
霊力とは霊的なエネルギーではない。例えるなら肉体の身体能力から発せられる筋力のようなもの。
霊的に力んだ状態となったシュークリスから、圧が滲み始める。
———噂に聞いてはいたけど、ここまでとはね
教会所属の専任秘儀司『エイダ・ワドルド』は人知れず驚愕した。
霊力を漲らせて、物質が持つ存在質量を増幅させる『源功の儀』は秘法の最初の段階。
始質料という宇宙の原材料と称される存在がある。それらを物質やエネルギーたらしめるのが微精霊だ。
何の形も性質も情報も持たない無色の第一資料に微精霊が設計図を書き込む。
霊的情報信号『霊基』は、肉体の設計図を担う遺伝子のような役目を持ち、第一資料から存在質量を引き出して素粒子を形造る。
つまり宇宙を満たす万物はチャクラによって実体を得た霊基なのだ。
そして心霊能力とは、微精霊の結合構造体『霊素』の霊力を基に万物に干渉する存在機能。
もっと言えば、霊基に干渉出来る霊力があるからこそ、霊長種は万物に障ることが能い、第一資料に干渉してチャクラを捻出出来るのだ。
刻一刻と存在の重みが増していくシュークリスの圧は既に子供だからと気を抜けられない域に至っている。
存在質量とは、その名の通り、第一資料の存在的な重み『存在しようとする力』に他ならない。
源功の儀を極めた秘儀司は天災を捩じ伏せる程の破滅的な身体能力を手に入れる。存在質量差による優先度が他と隔絶しているからだ。
吹き荒ぶ風よりも、筋肉の躍動の方が速い。
落ちる隕石よりも、拳の方が破壊力にて勝る。
降り頻る雷を浴びても髪型がアフロ化するだけで済む。
物理的にあり得ない不条理を現実とする。それが存在質量の差による存在優先度の格差。
もしも、今エイダの手元に拳銃があったとして、引き金を引いてシュークリスに弾丸を撃ち放ったとする。
常人が鉛玉を体に受ければ当然、肉に穴が空き、場合によっては骨を砕き、貫通するだろう。
しかし源功の儀を経て存在としての重みを増した肉体強度は金属を遥かに凌ぐ。その場合、弾丸はけたたましい音を立てて弾かれることとなるだろう。
戦車装甲にピストルが効かないように、凡そ尋常の物理現象で彼我の存在的な質量差を覆すことは能わない。
「良きチャクラです。では、それを練り上げてください」
エイダの声を静かに聞き、シュークリスは息を吸って吐いた。身体中を満たす力を精密に感じ取り、心霊能力で捏ね繰り回す。
源功の儀の次段階。その名も『練功の儀』である。
存在質量とは、第一資料に宿った霊基を実体化させる力。無に属する霊的情報信号を、有に属する物質に繰り上げるのだ。
その性質を利用して『肉体を形成する霊基』ではなく『霊体が発揮する霊力』を実在化させ、新たな力を生み出すのが練功の儀。
シュークリスの霊素体が魂を通じて駆動し、霊力を発揮する。肉体を形成する存在質量が畝りを上げ、実体化対象が肉体霊基ではなく霊力にすり替えられる。
第一資料から独立した存在質量塊『マナ』が練り上げられた。
霊力を存在質量で実在化させる練功の儀は、その分だけ肉体を形成するチャクラを減らす。
マナが肉体の内にある時は肉体を強化する存在質量として働くが、体外へ放出した場合は体内チャクラ量が減じることとなり、脆くなる。
秘儀司を始めとした後衛職が紙装甲となる原因となるため、マナを練成する際、その練り上げる存在質量は捻出する量を上回ってはいけないという不文律がある。
しかし現実的に、秘法儀述で消費するマナ量と捻出するチャクラ量が釣り合う筈もなく。
その為、秘儀司達は予めマナを貯めて置くといった対処法を求められる。
———ただし、一部例外は除く。っていうのは、こういう人のためにある言葉なのね
神童シュークリス・ゼノ=ブラッドネスにそのような小細工は必要ない。
何故ならば彼の源功の儀で捻出するチャクラ量は莫大であり、大規模な秘法儀述であろうとも問題なく連発出来るだけのポテンシャルを秘めているからだ。
———この歳で聖堂騎士と稽古出来るほどの剣才、一流の秘儀司とも一線を画す膨大なチャクラ量、神々から与えられた数多の加護と権能。歴戦の英勇豪傑さえ一笑に付すことが許される天子にして、神々の恩寵を一身に受けた麒麟児……!!
エイダ・ワドルドは戦慄とも興奮とも取れる奇妙な高揚を感じていた。今は幼きこの神童が数年経つ頃には、この世界は統一され全てが正しく在れるようになると、そう漠然とした未来を予感した。
その未来が本当に来るかはまだわからない。