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第1話 光と影

「遥か昔の話です。神が生まれるのよりも昔、世界が生まれるのよりも更に昔、全てが始まる前の段階。全ては『淵源なる虚無』によって満たされていました」


 温和な大司祭は始原聖典の一節を分かり易く説いた。彼の前には黒い髪、黒い瞳を持つ幼子(おさなご)がいる。


 シュークリス・ゼノ=ブラッドネス。異世界から呼び込まれ、この地で生を授かった神々の寵児である。


 歳の頃は五つであるが、その瞳には確かな知性の光があり、現に今こうして大人しく面白くもない話を座って聞いている。


 始原教の総本山『ネルトシア法王国』の聖都ネターシアの教会、その祈りの間にて稀代の神童は世界の起源について説かれていた。


「淵源なる虚無が全てだった時代………いえ、時という概念すら存在しないので時代とは言えないですし、そもそも始まりより前など存在しませんから時代という表現は不適切なんですがね」


 若干早口になりながら司祭は聖典の頁を捲る。聖典というだけあって厚みは百科事典ほどもあり、壮年の司祭が片手で支えるには少々重荷な気もするが、彼は全く苦しそうな素振りを見せない。


 年の功が感情を顔に出すのを防いでいるのか、本当に苦と感じていないのか。この世界に転生してからまだ5年しか経っていないシュークリスには判別出来なかった。


 事実観点的に考えた場合、宇宙が始まる前は存在しない。ビッグバンとは質量保存則や因果律を無視して発生した怪奇現象であり、世界とは異常を起源として発展したシステムだ。


「ともあれ、何もかもがない混沌の中で始まりの神がこう唱えたのです。『光、在れ』とね」


 神はいつ生まれたのか、淵源なる虚無は混沌なのか、この世界で最初に生まれたそれは光だったのか。


 真相はさておき、これがこの世界で最も広く知られている『世界の始まり』である。誰も観測していない上、この世界の学問は地球とは比べ物にならないほど遅れており


 祝福の刻をビッグバン理論にアインソフオウルがいい感じに混ざったようなものだとシュークリスは解釈した。


「神によって創造された無限の光は広がり続け、やがて思い思いの形を取るに至りました。それは空であったり、大地であったり、海であったり、命であったり」


 司祭の語りはいよいよクライマックスに近づいていく。


「その光の末裔こそが、我々を含むこの世の森羅万象なのです」


 









 木剣が轟然と振り下ろされる。シュークリスはそれをひたと見据え、必要最小限の動作で斬撃の軌道から逃れた。


 岩鉄をも砕くと思わせる剛剣の一太刀。剣圧の余波で起こる颶風がシュークリスの黒い髪を揺らすが、その鋒に土が付くことはない。


 練武場の一幕。聖堂騎士を務める相手から神童は稽古を受けていた。


 当たれば痛いではない済まない剣撃が、すぐ隣りを掠めた事実に背筋が涼しくなる。


 続けて斬り返された二の太刀を思い切り上にカチ上げ、小さな体躯を生かすように懐へと潜り込む。ここまでの至近距離では満足に剣を振ることも能わないが、それは懐に入られた騎士も同じこと。


 剣を鈍器のように脳天目掛け振り下ろすか、膝蹴りで無理矢理間合いの内に戻すか、後ろに下がって仕切り直すか。


 身体能力に任せて剣を差し込んでもいいが、それでは稽古にならない。


 あくまでも剣戟の中での駆け引きや技術を育てるのが、神子の剣術指南役『ロカート・ヘディン』の役目なのだ。


 刹那の逡巡、弾き出された回答は体術指導。鍛え上げられた大腿筋から繰り出される膝がシュークリスの胸骨に激突する。


 それをもろに受けたシュークリスは、矢のような勢いで後方へ吹き飛ばされた。


———いい反応だ。力を逃すために咄嗟に飛んだか


 ロカートは心中で、神童の咄嗟の判断を評価した。


 腕のガードさえも間に合わない状況で、最善に近い択を即座に選べる者は少なくない。


 衝撃を逃がすために敢えて力まないなんて選択は戦闘に於いて基本も基本。


 だが、成人は疎か二次性徴すら経ていない子供に出来る程に容易いことではない。


 水切りの石のように何回か地面で跳ねてからシュークリスは立ちあがろうとした。が、重心がブレて立つのに失敗し、そのまま膝をつく。


 既に稽古を始めてから一刻と半ほどが過ぎた。手加減されているとはいえ、木剣で叩き込まれた疲労は色濃く残り、体を蝕む。


「くっ……」


 顔を顰めながら再び立ち上がったシュークリスは、強い眼差しでロカートを見据え、木剣を構えた。これで何度目か。


「よろしい。では、続きといきましょう」


 未だ尽きぬ事がない闘志に、ロカートは末恐ろしいものを神童から感じた。


 将来的に救世主になることが確約された存在。


 今はまだか弱いこの英雄の雛が、どこまで行くのか。一聖堂騎士でしかない彼には想い馳せることも出来なかった。


「はい!」


 震える体に喝を入れるように、気合いの入った声が返ってくる。




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