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明日喪き我らの征く先は 【不死者】殺しのザ・サンダンス・キッド  作者: 企鵝モチヲ
6th Atori Unchained アトリ 繋がれざる少女
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Chapter 7

 

 実際、ありえないことだ。七発目の弾丸を撃つなんて。

 そもそも銃っていうのは、六発しか銃弾を込められない。故に、六発しか撃てない。

 リボルバー――またの名を、回転式拳銃という銃は。

 だけど、実はそれは新大陸(フロンティア)における銃の常識でしかなかったりする。新大陸(フロンティア)の外に目を向けてしまえば、そんな常識、これっぽっちも通用しない。

 そんな常識外の銃を、ブッチは得物として所持し――そして、撃った。


 その銃の名を、ナガンM1895という。


 《ユーラフラシア》の銃だ。リボルバーでありながら七発撃てるという、従来の常識を大きく覆すスペックを持つ銃。

 売り込みに来たあの胡散臭い武器商人は、確かこう言っていた。


「コイツは。旧大陸(ユーラフラシア)の北に版図を広げるルーシ・ラシィーア帝国で製造されている銃だ。ナガンが通称だが、場所によってはナジンと言うこともある。陸軍と海軍と警察が主に使用しているから、正確に言えば軍用銃だな。機構は、ダブルアクション――って、新大陸(フロンティア)ではあんまりメジャーじゃないが、そこはあんまり気にするな。あの国じゃ、どういうわけかダブルアクションが尊ばれるんだよ。

 コイツの一番の特徴は、七発撃てるところだ。そのために、ナガン弾っていう特殊な銃弾を使う。他にも、普通じゃ考えられない面白いカラクリがあるぜ。購入代金を上乗せしてくれたら、詳しく説明してやってもいい」






 代金、上乗せするんじゃなかったと、ブッチは思わざるをえない。

 詳しい説明に出て来たブラミット・デバイス、発砲時の射撃音を押さえる効果がある機器らしいが、正直必要性あるか? って思わざるをえない。あんなの、どう考えたって使うのは暗殺者か変質的かつ変態思考を持つ殺人鬼ぐらいだと思うのだけど。

 ブッチが知る由もないことだが、このナガンM1895という銃、実はブッチにとっての【異世界】にも実在していたりする。ロシアという国がまだ帝政だった時代、製造されて主に使用されていた銃だ。

 またの名を、ナジンM1895という。二つの名を持つのは、ロシアがベルギーというフランス語を母語とする国から製造権を譲り受けて国産化した背景があるためだ。

 ミリタリーマニアの間では、割と有名である。リボルバーと呼ばれる銃の中で、ブラミット・デバイス――通称、サイレンサーと呼ばれる発砲音を抑制する器具を装着できる唯一の銃だし。

 それはともかく、だ。

 ブッチが思うに、キエン・エス(ビリー・ザ・キッド)は【異世界】で言うところの【チート】である。生前の卓越した射撃技巧による早撃ちと、【不死者】としての力が合わさった、向かうところ敵無しの。

 そう考えた上で、思い至った――だったら、こっちも【チート】を使ってやればいいと。

 ブッチがこの銃を得物に選んだ理由なのだが、一発余計に撃てるから――という単純な理由ではない。おそらく、キエン・エス(ビリー・ザ・キッド)はこの銃を知らないハズだ。旧大陸(ユーラフラシア)の銃だし、死後の年代に製造されたものだし。

 それ以前の話、ガチの殺し合いにルールなんて必要ない。ルール無用で勝ちたいなら、勝てればいいなら――相手を騙し討ちしてやりゃあいいのだ。


「に、しても、よ」


 ブッチは、周囲を見渡す。既に教会内部は火の海だ、退避しないとやばい。

 だけれども、その前に――

 傍らに寄り添ってきた、黒影――先程、騒ぎに乗じてこの場に乱入をかけてきたクラレントに、ごちる。


「なあ、アトリの奴……一体なにをしたんだってばね?」






 アトリが思うに、ビリー・ザ・キッドはガチのチートキャラである。

【不死者】に成り果てているっていうのもある。それ以前に、西部劇とかで脚色されているけど、とんでもない早撃ちで実際敵なしだったっていうし。

 だけど、ある一説によれば、その「とんでもない早撃ち」は実はやろうと思えば誰でもできるらしい。それで敵なしになれるかどうかはわからないけれど。

 ビリー・ザ・キッドが得物として所持していたのは、コルトM1877・ライトニングという銃だと言われている。

 あの当時かなり珍しい銃だったはずだ。だって、ダブルアクション式という画期的なギミックを持っているし。

 どういうこと? と思われる方がいるかもしれないので解説すると、西部開拓時代と呼ばれる時代、主に出回っていたのはシングルアクションと呼ばれるタイプの銃だ。撃つ都度いちいち撃鉄を起こさなきゃいけない、連射しようにも非常に手間がかかる銃だ。

 だけどダブルアクションは、その手間がスキップ出来る機能が組み込まれている。引き金に連動し、弾倉が回り、撃鉄が上がる――ただ引き金を引くだけで撃てる、所謂自動連射機能が。

 考えてみてほしい。そんな超ウルトラハイスペックな銃ことコルトM1877・ライトニングを所持し、扱いこなし、向かうところ敵なしだったら、周囲からどう認識されるだろう?

 とはいえ、それについては諸説が色々あるから「これが絶対確かな真相だ!」といえなくて、結局うやむやなのだけれど。

 だけどそんなこと、今はどうでもいい。

 ビリー・ザ・キッドは【英雄】だ。本物の強さを持った。

 真正面から殺り合って勝てる相手じゃない――でも、アトリはそんな相手に絶対に勝たなきゃいけない。

 そう考えた上で、思い至った。だったら、こっちもチートを使えばいいのでは?

 人々がビリー・ザ・キッドのやり口を知らなかったように、ビリー・ザ・キッドが知らないアトリのやり口をぶつけてやれば。

 その手のことなら、漫画やラノベやアニメを見て覚えている。

 用意するのは、マッチ、布、可燃性の液体、それを入れる容器。

 作り方は簡単だ。容器に可燃性の液体――酒を入れ、布で栓をしてマッチで火を付ける。

 使い方は至って単純だ。出来上がったそれを、ただ投げればいい。容器の破壊の衝撃で中身が飛散するとともに発火し、爆発を起こす。


 その危険極まりない代物の名を、モロトフ・カクテルという。


 通称、火炎瓶。デモ隊やゲリラ御用達の兵器だ。

 でも、アトリが今訴え出る手段は、その応用だ。その応用とやらにアレンジを加えた改良版――おそらくこの【異世界】の技術じゃ実現不可能な材料を使用したもの。

 点火のためのマッチと可燃性の液体――てれびん油と火薬がブレンドされたウイスキーは、ケサダとエメさんに頼んで分けてもらったもの、栓に使う布は、マントみたく纏っていた襤褸布を裂いたもの。

 容器はペットボトル――アトリが元いた世界から持ち込んだもの。

 瓶じゃなくてペットボトルにしたのは、その方が楽に投げられるだろうと判断したためだ。

 見るからに大きくてごつくて重そうにしか見えないつくりをした【異世界】の瓶を、上手く投げられるなんて到底思えない。傷を負っている身であれば、尚更。

 そうやって完成した火炎ペットボトルとでも言うべき武器を、アトリはぶん投げ、叫び――引き金を引いた。






 思っていた以上に、教会内部は広い。

 ごうごうと燃え盛る炎が満ち満ちるそこを、アトリは無我夢中で駆ける。

 迷うことはなかった。追いかけていた人物(ひと)は、すぐに見つかったのだから。

 導き手(ガイド)を努めてくれたクラレントの傍らに、その人物はちゃんといてくれた。

 顔を合わせるのは久しぶりだった。だけれども、お互い言葉はなかった。

 しばし、二人は無言で向き合った。

 お互い、相手に言いたいことは沢山ありすぎている。

 だけれども、二人の前には壁があった。


「アトリ……」


 その壁を、ブッチは破る。


「肩、貸してくれや」

「…………」

「ちぃとばかり、頼まァ」


 アトリは言葉ではなく、行動で応えた。






 着弾の衝撃でよろめくも、キエン・エス(ビリー・ザ・キッド)は立ち上がる。

 正直、混乱している。あり得ないはずの七発目の弾丸というばかでかい衝撃をくらったせいもある。

 叫び声、銃声、そして爆炎――からの、大炎上!

 正直、衝撃はこっちの方がでかい。一体、なにをどうすればこんなことができる!?

 あの少女は、【あれ】をただ持ち得ているだけではなく、使役することが出来るというのか?

 もし、そうなら――

 少女と目が合う。その眼差しは、ぶれることなくどこまでも真っ直ぐだ。

 キエン・エスには見えていた。少女が、【あれ】を纏うのを。

 長身の男――の幻影だった。

 コートを纏い、ステットソンハットを目深に被った。

 抗おうとも打ち勝てぬ【あれ】への恐怖に、心がガチ砕けかけた。


 お前は、何者だ?

 俺を……滅ぼそうとするお前は、一体、誰なんだ!






 ブッチはもうぼろぼろだ。限界を迎えるのも、時間の問題だろう。人間が決して立ち入れぬ、千言万語を費やしてもなお表現できない血戦を繰り広げたのだから。

 立っているだけでも相当しんどいはず。銃だって、まともに撃てるかどうか。

 だから、アトリは、文字通りブッチに肩を貸す。

 ブッチの前に――ブッチとキエン・エス(ビリー・ザ・キッド)を隔てる位置に、立つ。

 ずしり、と右肩を中心に身体に重みがかかった。

 太い腕が乗っている。ブッチの腕だ。

 手に構える銃は、コルトM1851――だけど、ブッチの得物ではない。

 視線の先に立つキエン・エス(ビリー・ザ・キッド)と、眼が合った。

 確実に襲い来る衝撃に備え、アトリは息を止める。






 アトリが、目の前に立つ。

 キエン・エス(ビリー・ザ・キッド)との境に、ちゃんと立ってくれている。

 右腕を、アトリの右肩に腕を乗せる。その先の手にはコルトM1851――アトリから渡された銃がある。

 狙いを固定するため、前のめりでもたれ掛かる姿勢になる。意図せずとも、体重がアトリの身体にかかってしまう。

 だけれども、アトリは屈しなかった。重みに倒れなかった。よろめくことすら。

 足をしっかりと踏ん張り、砲台の役を買って出てくれている。

 肩を貸してくれ――その言葉が意味するのは、銃を構えるための砲台になれということ。


「……やれますか?」


 振り返ることなく、アトリが聞いてくる。


「やるっきゃねぇだろ」


 ブッチは答えた。

 やるのなら――殺るのなら、確実でなければならない。

 それ以前の話、必ず成し得なければいけない。

 自分を信じてくれる自分以外の誰かからすべてを託されたのなら。

 一撃で、終わらせる。外せば、後がない。

 この一撃に、全てがかかっている。

 引き金に、人差し指をかける。

 指先が、なにより銃口がぶれないよう、細心の注意を払う。

 視線の先に立つキエン・エス(ビリー・ザ・キッド)が、口を開く。なにかを発しようとする。


「キエ……ン・エ」

「死に……











 (もど)りさらせ!」


 最後まで続けさせることなく、撃鉄を起こし、引き金を、引く。



 今、

 一つの伝説が、

 (ここ)

 ――(ついえ)る!


 銃声。






 着弾の衝撃に、たたらを踏む。

 倒れなかったのは、残滓であったとしても最早気づけない、【英雄】としての彼の矜持か。

 こわごわと、キエン・エス(ビリー・ザ・キッド)は胸に穿たれた穴を見る。

 人間であれば、即死レベルのダメージ。されど、【不死者】であれば――

【再生】は、始まらなかった。

 青仄白(あおほのじろ)の炎は、上がらない。

 その代わり、上がったのは――

 (ごう)ッ!

 心のみならず、魂すら圧殺する、絶望しか見出せないそれを、キエン・エス(ビリー・ザ・キッド)は目にする。


「¡¡Aaaaaaaaaaaaaaaah!!」






 アトリの目の前で、異彩(いさい)の炎が上がる。

 なにかに例えるなら、それは――死と奈落の色をしていた。


「……なに、これ……?」


 そう言いたくなるのは、当然だ。

 その炎は青仄白(あおほのじろ)ではなく、赤濃黒(あかのうこく)の色をしていた。【再生】の際に上がるものを、全て反転させたような色だ。

 瞬間、アトリは理解する。これは【再生】の真逆の色だ。【破滅】を示す色だ。

【不死者】が滅びる際に上がるものだ。


「¡¡Aaaaaaaaaaaaaaaah!!」


 本物の絶叫、断末魔そのものが、轟く。






 ブッチの視線の先で、キエン・エス(ビリー・ザ・キッド)は絶叫していた。ただ絶叫することしか許されぬこの状況に、受け入れがたきことに、ただただ絶叫していた。

 同じ【不死者】であるが故、理解できてしまう。 これが、【不死者】の最期なのだと。

【不死者殺し】――アトリの血が塗られた弾丸は、効果てきめんだった。

 滅び逝く【不死者】の身体から、異彩(いさい)の炎が噴き上がる。

【再生】の際に上がるものを全て反転させたような異彩(いさい)の炎が、耿耿(こうこう)とではなく、涅涅(くろぐろ)と。

 さながらそれは、圧縮された黙示録の光景。

 赤濃黒(あかのうこく)の炎、【不死者】が滅ぶ際に上がるものは、キエン・エスを、死の軛に繋がれざることが約束されていた【不死者】の肉体を――


 崩し、

 壊し、

 (こわ)し、

 砕き、

 潰し、

 裂き、

 割き、

 ――破壊していく。


 逃れようにも逃れられない破滅へと容赦なく追いやっていく。

 生きながら本物の地獄へと引きずり落としていく。

 噴き上がる炎の強さが、増す。

 瞬間、キエン・エス(ビリー・ザ・キッド)の肉体に、亀裂が走った。

 二つ、三つ、四つ、五つ、続くように次々と――


「…………!!」


 轟音!

 全ての亀裂が繋がり合った時――天と地が互いを穿ち合うかのよう、炎の柱が昇る。

 それはさながら、地に落ちる寸前だけ赦される、流れ星の輝きをしていた。

 それが収束し終えた時、キエン・エス(ビリー・ザ・キッド)の姿はなかった。

 アトリはそれを、茫然と見ていた。

 ブッチは目を閉じ、静かに頭を垂れた。






 カマロンの町の住人たちは、燃え上がる教会を遠巻きに見ていた。

 そんな中を、彼は一人、歩く。

 正直、心身共にしんどい。肺が痛い。呼吸から、血の味とにおいがする。

 手の得物は、鉛の錘のようだ。一瞬一秒が、永劫の時のように思えた。

 それでも足を止めないのは、彼が持ち合わせる責務と正義と執念故だ。

 行く手に、炎の柱が昇る。

 だけれども、誰もそれに気づいていない。

 誰も火事の炎しか見ていないから、その奥で起こっている異変そのものに気づくことはない。

 ずれかけた山高帽子を、彼は被り直す。燃え上がる教会を目指し、歩みを進める。

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