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明日喪き我らの征く先は 【不死者】殺しのザ・サンダンス・キッド  作者: 企鵝モチヲ
6th Atori Unchained アトリ 繋がれざる少女
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Chapter 2

 

 だけれども、とばっちりを受け、アトリが世間から虐げられているのを知って、【あの人】は無法者(アウトロー)を辞めることになる


「どこか遠くに引っ越そう。そこで、また新しくやり直そう」

「……お仕事は、どう、するのですか?」

「辞めるよ」


【あの人】は言う。


「アトリを目に遭わせてまで、やり続ける意義なんてないよ」

「…………」

「所詮、どうしようもなくくだらないものでしかありえなかったってだけさ。俺の正義なんて」

「……その、ごめんなさい」

「別に、アトリが謝ることなんてないんだよ」

「……で、でも」

「むしろ、この場合逆だろう」

「……え!?」

「今まで、本当に、すまなかった」


【あの人】は言う。謝罪の言葉を。

 他ならぬアトリに対して、深々と頭を下げて。


「今までずっと、辛い思いをしてきたんだろ?」

「…………」

「ごめん、本当にごめんな……アトリ」

「…………」

「俺、父親失格だよ」






 それからしばらく経って引っ越した先で、アトリは【あの人】とテレビを見ていた。

 テレビが映しているのは映画だ、アトリが好きな西部劇だ。

【あの人】が好きだから、アトリも好きになってしまっていたものだ。

 アトリが西部劇を好きになった切っ掛けは、些細なことだった。

 リビングのテーブルの上に、見知らぬDVDが置きっぱなしになっていたのだ。

 その時、アトリは家に一人。【あの人】は、買い物に行っていて留守。

 強烈な好奇心が、胸の内で膨んだ。きっとこれは、【あの人】のDVDだ! ということは、【あの人】が大好きな世界が描かれているに違いない!

 DVDプレイヤーに、DVDをセットする。

 わくわくしながら、始まるのを待った。


 荒野より来たる、ポンチョを纏った一人の男。

 腰に帯びるのは、使いこまれた銃。

 男はガンマン、何処にも属さぬ無法者(アウトロー)

 披露されるガンプレイは、鮮やかそのもの。

 町のならず者たちは、猛烈な早撃ちを前になすすべもなく倒れる。

 男は一見非情に見える。だけど実は、深い情けの心を持つ。

 途中、敵役にボコボコに痛めつけられようとも、タダでは起きない。

 そして、最後は――決闘。

 見事、男は打ち勝ち、意気揚々と町を去っていく。


 劇中に流れるのは、繊細な旋律と荒々しい音色が協調した音楽。

 登場するのは、激しい眼光を持つ無法者(アウトロー)

 なにもかもが、鮮烈だった。幼いアトリは、そのDVDの世界にどうしようもなく惹かれてしまっていたのだ。

 その後、頬をぽぅっと染め、放心状態にあったアトリは、帰ってきた【あの人】に「なにやってんの?」と頭を軽く叩かれて、ようやく我に返ることになる。






 それからしばらくして、アトリは【あの人】と一緒によくテレビを見るようになっていた。

 それらは全部、西部劇だ。

 広大すぎて過酷だけれども、どこまでも自由な西部の地を、様々な人々が強かに生き抜く様を描くもの。

 いつしかアトリはその世界観に魅せられてしまっていて、家にいる時は大抵見ているようになっていた。






 そんなある日のこと、アトリはいつものように【あの人】と西部劇を見ていた。

 夢を追い求め、自由気ままに生きようとするも、時のうつろいに抗えず取り残されていく二人の無法者(アウトロー)を描いたもの。数ある名作の中で、アトリが一番好きな西部劇。

 切れ者でありながらどこか憎めない性格をしている男と、卓越した射撃技巧を持ちながらどこか抜けている残念な性格をした男。時に酷い罵り合いをするけれど、意気投合を極めている二人の絶妙な掛け合いは、見ていてとても楽しい。

 でも、物語は暗澹としている。常に不安に追いかけられ、嫌なことの予感に付き纏われ、楽しいことがあっても長く続いてくれない。


「なんて言うかさ、この西部劇、人生を象徴しているみたいだよな」

「……先が見えないところが、ですか?」

「不条理、理不尽、ある一定以上の希望を求めることが出来ないところとか」

「…………」

「昔、さ……色々なことがあった」


【あの人】は、何時の間にか、目を閉じていた。

 まるで、そうやって何も見なくすることで、もう存在しないものを見ようとするかのように。失った存在の微かな残滓に、縋ろうとするかのように。


「俺が色々なことをやったから色々なことがあったのか、俺に色々なところがあったから色々なことがあったのか、今となっちゃ分からないけどね、とにかく色々なことがあった」

「……それは、【向こう】でのこと、ですか?」

「そうだよ」


【向こう】というのは、【あの人】が昔いたという場所のことだ。

 そこがどこにあるのか、アトリには分からない。一度聞いてみたら「お前には到底想像出来ないような場所だ」と、【あの人】は言った。

 ということは、【向こう】っていうのは、アトリが想像出来ない遠くにあるのだろう。

 アトリは、視線をテレビに戻す。

 寂れた村に、無法者(アウトロー)二人は入っていく。

 まさかここで、最期を迎えるなんて思いもせず。

 その村の名は、サン・ヴィセンテ。

 後で知るのだけど、二人のモデルとなった人物たち――史実におけるブッチ・キャシディとザ・サンダンス・キッドも、ここで最期を迎えたという。


「……たとえば、もし……」

「うん?」

「……連れ添い合って、手を引っ張って歩いてくれる誰かがいてくれたら、この物語の結末はどうなっていたのでしょう? ……あの二人に、花嫁さんでもいてくれたら。……そうしたら、今の場所とは別の場所に導いてもらえたかもしれなくて、明日が()かったなんてありえなかったかもしれないのに。……明日なんかじゃなくて、その向こうを越えた遥か彼方へ()けたかもしれないのに」

「ナンセンスなこと言うね」

「……そう、ですよね……」

「でも、俺はそういうの嫌いじゃないよ」


【あの人】は笑う。無法者(アウトロー)の顔で。


「でも、今のお前なら、なれるんじゃないか?」

「……なにに、ですか?」

「お前が言う、花嫁さん」


 アトリの記憶の中のままの【あの人】は、今のアトリに言う。


「現実は、物語なんかじゃないんだぞ」

「…………」

「このまま終わって、本当にいいのか?」

「…………」

「真面目に悩むな、馬鹿」






 荒野の果ての地平線に沈もうとする夕陽が、部屋を赤く染め上げている。

 きっかけも予兆もなかった。横たわっていたベッドから身を起こし、アトリはゆっくりと顔を上げる。

 その視線の先に、なにかがあるわけではない。

 だけれども、アトリは確かな何かを真っ直ぐ見据えている。


「行かなきゃ」






「……本当に、すみませんでした。……ご迷惑と心配をいっぱい、おかけしてしまって」

「謝られることなんてないんですよ。お嬢さんはこれっぽっちも悪くなんてないんですから」

「……いえ、でも……」

「そうだ、折角起きてこられたのだから、なにかお召し上がりになられますか? 食べたいって言ってくだされば、なんでもご用意いたしますよ。豆のトマト煮込み(ポークアンドビーンズ)でもデンバーオムレツでも、キドニーパイでもコーニッシュパスティだって」

「……温かくて、軽いものであれば、なんでも」

「はいよ、それじゃあ早速作りましょう!」


 アトリの謝罪を、エメさんは「いいんですよ」と優しく押し止めてくれた。それどころか、「なにがあって、どうなっているのか?」という詮索すらしてこなかった。とても元無法者(アウトロー)とは思えないエメさんの大人の対応に、感謝せざるをえない。


「ああ、そうだ。その前に、お嬢さん」

「……は、はい!?」

「先に、お渡ししておきます。本当なら、わたしが渡すべきものじゃないですけど」

「……ってそれ、わたしの」


 行くや否や戻ってきたエメさんの手には、アトリのリュックがあった。

「お嬢さんのものですから、わたしらは中を見ていません。けど、一応、お確かめになってください」

「……あ、ありがとう、ございます」


 確認のため、一応中を見る。

 文庫本、財布、パスケース――ざっと見て、なくなっているものはない。


「……えーっと、って……あぁ」


 だから、頓狂な声を上げてしまったのだろう。やっても意味のないことをやってしまった虚しさもあったのだけど。


「……うわ。……減ってる」


 幸運にも、エメさんにその呟きを聞かれることはなかった。調理作業中だったから、聞こえなかっただけかもしれないけど。

 それはそうと、リュックの中の【あるもの】――正確に言うと、その残量が減っていた。


「……使っていないはずなのに、なんで二〇パーセント代まで減ってるんですか?」


 スマホのバッテリーが、思いっきり減っていた。【異世界】に来てしまってから、使っていないはずなのに、なんで?


「……まさか、ブッチさんが?」


 そういえば、ブッチはスマホにご執心だった。スペックの話をあれこれしたら、上手く使いこなすことが出来れば仕事(シゴト)に有効活用出来そうだって言っていたし。


「……まさか、隠れていじっていた、とか?」


 正直、内容的にも光景的にも、想像すらしたくなかった。いい歳こいたおっさんがお年頃の女の子のスマホをこっそり盗み見るだけじゃなく弄っているって。

 嫌な予感がしたので、メニューを開いてアイコンをクリック。主に使用するアプリを開いて、確認していく。

 アンインストールされているとか設定が変更されていることはなかった。ゲームのセーブデータも、ダウンロードしていた画像たちも無事だった。

 ただし、手付かずだったわけではない。設定した覚えのないアラームがあった。

 でも、なんでアラームなんだろう? アラームをびーびー鳴らして、銀行とか列車を強盗出来るなんてとても思えないのだけど。


「……あと、他は。……って、これって」


 もう一つ、ブッチが無断でやっていたものがあった。


「……え、カメラ?」


 けれども、意図的に弄ったものじゃないだろう。だって、真っ黒な写真だし。

 所謂、やらかしたってやつだろう。スマホって、画面にロックをかけてちゃんとケースに収めておかないと、こういうことがたまに起こるのだ。なにかの拍子にカメラ機能のスイッチが入り、気付かずにシャッターが切られてしまうことが。

 けれども、よく見たらそれは、写真ではない。


「……これって」


 画面を、をタップする。



『きゅばっ!』

『銃声』

『シリンゴォ!』

『キエン・エス……』

『貴様ァァァア!』


「……ひっ!」


 アトリは思わず、ガチな悲鳴を上げかける。落ちたスマホが、床に落ちて固い音を上げた。

 あの時味わった恐怖が、じわじわと起き上がってくる。

 完全に起き上がる前にスマホを拾い上げ、タップして画面を消す。


「……な、なんで、よりによって、こんなのが……」


 あの時のことを、アトリは忘れようにも忘れられないだろう。

 飛び出して撃たれて、【不死者殺し】だって思い知らされて――っていうのもあるけど、目の前で人が死んだのだ。

「シリンゴ」ってブッチが呼んでいたから、死んだのはチャーリー・シリンゴだろう。

 一応、アトリが知る歴史上の人物である。時の西部開拓時代と呼ばれる時代に活躍した一人、【ピンカートン探偵社】の探偵の代名詞。

 解決した難事件は数知れず、護りきった要人は数知れず、お縄にした無法者(アウトロー)は数知れず――と言われている。

 だけれども、その存在を有名にしたのは、やっぱり【ワイルドバンチ強盗団】及び、ブッチの存在だろう。【ワイルドバンチ強盗団】と【ピンカートン探偵社】の戦いは熾烈を極めたっていうけれど、ブッチとシリンゴの戦いはそれ以上だったんじゃないかって言われているし。

 けれど、それはアトリが元いた世界の話だ。下世話だと思って聞かなかったけれど、【異世界】こちらではどうだったのだろう?

 それはさて置き、なんでこんなものがアトリのスマホに残っているのやら。


 こんなもの――スマホの動画撮影機能による動画が。


 画面は真っ暗、何も映っていない。なのに、音声だけはばっちり入っている。

 多分、誤作動で動画撮影機能が起動してしまったのだろう。

 反射的に、削除しようと――しかし、思い留まる。

 一旦目を閉じ、大きく深呼吸。そして、意を決する。


『キエン・エス……』

『キエン・エス……』

『キエン・エス……』


 この場にいないっていうのは分かっている。けれど、その声は、スマホの中にきちんと残ってしまっている。アトリの中にも、勿論。

 消去して、部屋に戻って籠って、ベッドで毛布を被って身体を丸められたら、どれだけよかったか。

 だけど、アトリはもう、そんなの嫌だった。

 そんな現実に、逆戻りしたくなかった。無条件で全部を受け入れて、制止し続けてずっとぐずぐずしているなんて。

 楽になるっていうは、無条件で全てを受け入れることだ。

 ならば、戻らなきゃいい。戻るという選択を、楽な現実を、破棄し(すてて)てしまえばいい。

 受け入れたくもない現実に留まることが嫌なら、越えてしまえばいい。その間に引かれている、境界線を。

 今のアトリをここまで動かしているのは、浅倉アトリという一人の人間が持ち得ている常識ではなく、もっとそれ以前のもの。

 言うなれば、それは情動(エモーション)――人間として出来上がる以前の原始に限りなく近い感情。

 それだけじゃない。記憶が過去に逆行して、アトリは【あの人】の姿を見た。

【あの人】は、最早二度と戻ることが出来ないアトリの過去の中にしか存在し(いき)ていない。

 だけど、【あの人】が与え遺してくれたものは、現在(いま)もなお生き続けている。

 もしかすれば、無意識のうちにアトリが呼んだのかもしれない。

 それに応じてくれた【あの人】は、アトリに何て答えてくれた?

 いつしか、アトリの手から震えは消えていた。起き上がりかけていたはずの恐怖も、また。

 繰り返して、繰り返して、繰り返して――


「……分からない、わけじゃない?」


 どこか茫然と、アトリは言う。


「……多分、わたしは最初から全部……分かっていたのではないのでしょうか?」






 故に、アトリは気付けなかったのだ。

 考えに浸りきってしまったためっていうのもある。だからといって、落ち度はなかった。

 なにせ、この時アトリを見ていた相手っていうのは、アトリだけじゃなく、エメさんやマックスでさえ想像を超える存在でしかありえなかったのだから。

 大体、既に舞台から退場した存在が再び舞い戻ってきたなんて、誰が想像出来るのだ?

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