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明日喪き我らの征く先は 【不死者】殺しのザ・サンダンス・キッド  作者: 企鵝モチヲ
6th Atori Unchained アトリ 繋がれざる少女
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Chapter 1

 

 キエン・エスは、コルトM1877・ライトニングを両手で握りしめた。

 教会に隠れ潜んでから、ずっと行っている所作である。

 その様はまるで、存在しないはずの怪物が闇の中に潜んでいると信じ、ぬいぐるみか毛布に縋りつく子供のようだった。

 けれども、こうでもしていないと、どうにかなってしまいそうだった。

 止まらぬ震え、指先には氷の冷たさ、カチカチと不快に鳴る歯、唾を上手く飲み込めないくせにやたらと動く咽喉。

 忘れもしないあの時が、そもそもの元凶だ。

 同じ【不死者】である存在を撃とうとするも、失敗した。それまで倒れて震えているだけだったくせに、なにを思ったか知らないが飛び込んできやがった、ソイツのおかげで。

 当然、撃ってやった。お楽しみを邪魔してくれたのだから、当然だ。

 故に、後悔という名の無間地獄に堕ちる。

 あの時、キエン・エスは確かに見たのだ。ソイツから、【あれ】が吹き出たのを。

 直感する。【あれ】はキエン・エスを――【不死者】を殺せるモノだ。それこそ、ダメージから【再生】する間もなく、青仄白(あおほのじろ)の色の炎が上がる間もなく。

 得物に、縋りつく。こうしていなければ、今にもどうにかなってしまいそうだ。

 どうにかなってしまうことになど、耐え切れない。


「……ギャ、レ……ット」


 黒ずんだ液体を肺腑から吐き出すよう発したその名は、歪んでいた。

 許されざる裏切り者、元無法者(アウトロー)で保安官で、しかし親友であったはずの男。

 勿論、殺そうとした、殺してやろうと思った。

 だが、皆が皆、口を揃えて言うのだ。「それは一体、なんなのだ?」と。

 誰もが皆、否定した。名前どころか、その【存在】すらも。

 勿論、キエン・エスは知らない。かつての彼が【不死者】へと成り果てることへの代償に、親友であったはずの男の【存在】が失われていたなんて。

 否定され続け、いつしか彼は気付かぬうちに自分を見失っていった。


「……!」


 徐に、キエン・エスは立ち上がる。直感、或いは本能が告げていた。

【あれ】の、【不死者】に滅びを与える存在が、強まる。


「キエン・エス」


 教会の両開きの扉が、開く。

 開かれた先に立つのは、さながらそれは黄泉を従える者、【死】の名を冠する騎士。


「ソイツぁ、こっちの台詞だ」


 ――ではなく。

 ブッチ・キャシディは言う。


「ソイツぁ、アンタにとってのオトモダチに言うべきなんじゃねぇか? 【存在】はなくなっちまっているけどよ。つーか、誰に言うのか分からねぇ言葉、肝心の自分自身すらも分かってねぇような言葉が、意味をきちんとなしているかなんて思ってんじゃねぇよ」






 ブッチは懐から取り出したものを投げる。

 澄んだ金属音を上げて、それらは教会の床に散らばった。


「憶えてるか? あの晩、アンタが俺の腹にプレゼントしてくれたモンだ」


 金属の小さな塊、鉛で出来上がったそれは、ガンマン――とりわけ無法者(アウトロー)と呼ばれる連中の御用達――銃弾。それが、三つ。


「誰に殺され、何故死んだ? でしか終わらねぇ。撃たれりゃお終いでしかねぇ人間なら、絶対に分かりっこねぇ。そもそも、人間ってのは死んじまえばそれまでだ。けどよ、お前が殺ろうとしたのは【不死者】だった。

 あの時俺は殺られ、されど殺り返し――そしてふと思ったのさ。アンタという相手は、どうやらただ者じゃねぇに違いねぇ、ってな。強盗にしちゃあ恐ろしくやり方が上手すぎるし、賞金稼ぎにしちゃあ恐ろしくやり方がスマートすぎるし、殺し屋にしちゃあ恐ろしく目的が掴めなさすぎるしよ。それ以外だとすりゃあ分からなさすぎる。どれにしたって、分かりゃあしねぇ。

 ……だから俺は、思考の方法を変えてみることにした。人間の思考から【不死者】の思考に変えてみた。で、結果として、俺は手掛かりを……答えを得ることが出来た。手前の腹から抉り出したソイツらが、俺にアンタが誰なのかを教えてくれた。

 つーかよ、犯人がアンタだなんて誰も分かんねぇよ。ぶっちゃけ、痛ぇじゃすまなかったぜ。自分の腹の肉を裂いてはらわたに指を突っ込んで弄って、めり込んじまったそれらをきちんと全部抉り出す作業ってのは。ぶれることなくちゃんとやらにゃあならんから、アヘンチンキだって飲めなかったしよ。【不死者】でなけりゃ間違いなく死ねる、身心共にぶっ壊れ死ねる。先に逝った連中と談笑出来ちまった、この俺という【不死者】ブッチ・キャシディが保障してやるぜ」


 対し、キエン・エスは答えなかった。戦慄せざるをえなかったからだ。

 淡々と紡がれる言葉、狂気が籠るそれにではない。

 何故、お前がそれを知っている? 

 誰もが【存在】を否定した、自分の暗殺実行犯であった男のことを。

 だが、キエン・エスが答えを知ることはなかった。

 そりゃあそうだ。ブッチはそもそも、答えなど用意していないのだから。

 ただ、言葉巧みにミスリードさせただけだ。

 故に、キエン・エスは謀られる。無法者(アウトロー)ブッチ・キャシディの、奸智の所作に。

 銃声。






 銃声が、夜闇と教会内部の空気を引き裂いて轟き合う。

 銃が、床に落下する。

 ブッチの左手の銃が。

 キエン・エスが撃ち落としたからではない。ただ、わざと手放しただけだ。

 抜くも、されど、狙いをつけるでもなく引き金を引いただけの、デリンジャーを。

 すぐ側を、死の速度を纏った鉛の死神――キエン・エスが放った銃弾が通り抜けていく。

 すかさず、引き金を二度引く。今この僅かな間にもう一方の手で抜いた、もう一方の銃の。

 銃声、銃声。

 着弾の衝撃に、キエン・エスはたたらを踏んだ。

 持ち備えていた天賦の才、確実に相手を殺せるはずの射撃技巧は、今や破られていた。

 動揺を誘う一言――そして、銃声のとどめによって。

 実際、効果てきめんだった。ブッチが思っていた以上に。

 想定外の銃声は、聞く者を動揺に陥れる。

 射撃技巧の特化、特に初撃による決着――俗に言う早撃ちを得意とする者であれば、尚のこと。

 例えるなら、早撃ちっていうのは、繊細に出来上がっている結晶みたいなものだ。

 衝撃――この場合は動揺を受ければ、容易く決壊――失敗する。


「つーかよ」


 どッっ!

 動揺が収まる前に、キエン・エスの胸に一撃を叩きこむ。それは銃弾より重く、拳より鋭い。

 衝撃で、キエン・エスは喀血した。当たり前だ、ナイフの一撃は、質量は銃弾よりずっと重く、威力は拳よりずっと鋭いのだから。


「そもそも、勝てると見込めない戦いに、正攻法を持ち込むかってんだよ、バーカ!」


 言い放つと同時に、ナイフを引き抜きつつ後方へ飛び退く。

 直後――きゅばっ!

 同時に、銃声、銃声。

 不意打ちとしては完璧だ。確実に相手を殺れる。

 だが、キエン・エスは【不死者】だ。

 故に、いくら即死に直結するダメージを与えようが無駄である。死なない存在を殺すなんて、そもそも不可能なのだから。

 だから、どうしようもない恐怖を覚えざるをえなかった。

 きゅばっ! 殺り返され、身体から青仄白(あおほのじろ)の炎が上がる。

 ブッチは、ナイフと銃を握りしめる。


 逃げられない。この場だけではなく、望まざる定めからも。

 状況は、どうあったって絶望的でしかありえない。例え、どれほど足掻き通そうとも。

 そもそも、人ならざる者同士の相食(あいばみ)に、終焉(おわり)は訪れてくれるのだろうか?

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