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車椅子を押す女

作者: 九文里

 夏休みになり、毎日の部活の練習が始まりました。

 私は、岡野五月おかのさつき)16歳、ハンドボール部に所属しています。連日35度を超える酷暑の中での練習は正直きつい。

 ある日の、練習からの帰りの事でした。私は、友達と学校を出た後、しばらくいくと友達と別れて一人になりました。

 街中を見渡しても、私以外歩いている人はいません。夕方だというのに、日中の酷暑の熱がまだ残っているせいでしょう。


 「汗くさっ、あっつ」

「だめだ、やっぱり髪切ろ」


 私の髪は胸まであります、ショートにしたらどんなに涼しいだろうと思いながら、なかなか踏ん切りがつかず、何日も切れないでいました。


 帰り道は、坂を下りた所が行き止まりになっていて、そこから横断歩道で向かい側の歩道に渡るようになっていました。

 ふと見ると、横断歩道の手前に女の人がしゃがんでいます。私より少し年上ぐらいの若い女の人のようです。彼女は、花束を供え、お線香を焚いて手を合わせていました。


 最近事故とかあったっけ。去年、車椅子の女の子が、ここで車にひかれて死んだのは覚えているけど。あっ、あの事故の一周忌になるのか。


 私は横断歩道の手前で立ち止まり、車が過ぎるのを待っていました。

「あーっ臭い」思わず声に出してしまいました。ハッとして横をみると、お線香を焚いていた女の人が顔を上げて、私と目が合いました。

 

 「ち、違うんです、臭いのはわたしです。お線香の事じゃないです」

私は、あわてて言い訳をしました。

彼女は、ニコッと笑ってくれましたが、私は恥ずかしくて小走りで横断歩道を渡りました。


 それから三日後のことでした。部活からの帰り道、私は一人あの坂道を下っていました。下の方で同じ学校の女子が二人、横断歩道で待っているのが見えました。


 何だろう。

 向こうのショートヘアの女子の足元に大きな黒い塊があります。私は、目を凝らしてじっと見ました。その塊はモソモソと動いていました。


 人だ。髪が長くて顔が隠れてる。女だ。


 その女は、ショートヘアの女子の背後にしゃがみこみ、その子のふくらはぎを眺めていると思ったら、おもむろにふくらはぎを撫でました。


 「きゃあ何」その子は振り向き足元を見ました。

「どうしたの?」隣の子が聞きました。

「何か、足に触った」

隣の女子もその子の足元を見ました。

「何もないよ」


 ショートヘアの子は怪訝そうな様子を残しながらも、二人は何も無かったように横断歩道を渡り始めました。


 見えてない。あの二人、あの女が見えてないんだ。

 私は頭から血の気がひくのをかんじました。

 その女は顔を小刻みに震わせて私の方に顔を向けようとしました。私はやばいと思って、体を反しもと来た道を早歩きで戻りました。そして、すぐさま道路を横断して、その女から死角になるように角を曲がりました。

 後ろを振り向き、振り向き小走りで駆けました。何も追いかけてこないと分かって、やっと足を緩めて一息つきました。


 幽霊だ、初めて見た。

 私は遠回りして帰ることにしました。それにしばらくはあの道は使えないと思いました。

 

 それにしても、あれはあの車椅子で死んだ子だろうか。家に帰った後も気になって、スマホであの事故の事を調べてみました。

 写真が出てました。車椅子の子は私と同じ年くらいの女子で、髪がショートヘアでした。


 違う、この子じゃない。


 事故の内容はこうでした。その子は付き添いの人に車椅子を押してもらって、病院に行く途中でした。。そして、あの横断歩道を渡ろうとした時、車椅子を押してる人が、縁石に車輪を乗り上げてしまい、車椅子は転倒し、そのまま女の子は路上に投げ出されて、そこに車が突っ込んで来て女の子をひいたのでした。


 これって車椅子を押してた人ってどうなったんだろう。

 私は気になって記事を探してみました。 

 事故後、行方不明。事故の後、周囲から非難され、自分自身も責任を感じて居たたまれなくなり人知れず姿を消したとありました。

 もしかして、この人だろうか。

 この人物が何処かで亡くなって出てきたのだろうかと考えました。しかし、よく読むと違う事が分かりました。


 男子大学生。

 車椅子を押していたのは、男子大学生と載っていました。


 男だったのか、じゃあ、あの事故とは関係無いのかと私は思いました。

 

 それからひと月ほど経ちました。私はあの日以来、あの横断歩道を避けて遠回りをして帰っていました。

 それと、私は髪を切りました。首もとに風があたるようになり、少しはましになりました。

 しかし、この日は最悪でした。暑さがまと)わりつき、練習中から段々と気分が悪くなってきて、夕方帰るころには、頭がガンガンして、スポンジの上を歩いてる様によろけて、意識が朦朧としてきました。そして、少しでも早く帰りたくてあの横断歩道の道を帰ったのです。

 しかし、横断歩道で待っている時、遂に意識を失い路上に倒れてしまいました。


 ギィギィギィ、何か軋む音が聞こえ、体がガタガタと揺れます。私は目を開けました。夜になっていました。頭も朦朧として、何がおこっているのか理解出来ませんでした。しばらくして周りの景色が見えてきました。すると景色が動いていました。いえ、私が動いていました。私は、車椅子に座っていたのです。そして、誰かが車椅子を押していました。私は、驚いて後ろを振り返ろうとしましたが、体が動きませんでした。何とか首を動かして、必死で上を見ました。

 私は凍りつきました。あの女です。あの髪の長い、女子高生の足を触っていた女が車椅子を押していたのです。

 女は、私が目を覚ましたのに気付いたようで、ゆっくりと頭を下げてきました。女の髪の毛が私の顔に落ちてきました。私は声にならない悲鳴を上げて気を失いました。

 

 次に気がついたのは、ベッドの上でした。明るい部屋の中で、点滴を打たれていました。

 「気がついた」

 誰かが声をかけてきたので、そちらを見ると、女の人がいました。見たことがある人でした。


 あっそうだ、あのお線香をあげていたお姉さんだ。

 

 「もうすぐお母さんもくるわよ」

「ごめんね、勝手にカバンの中、見させてもらって連絡したの」


 私は、次第に意識がはっきりとしてきてお姉さんに聞きました。

「何でお姉さんがここに」

するとお姉さんは応えて

「びっくりしたわよ、あなた歩道に倒れていたから救急車呼んだのよ。熱中症みたいよ」

 どうやら私は、倒れた所と反対側の歩道に倒れていたらしい。


 私は、何故かこのお姉さんにあの気味の悪い出来事を話したくなって、あの女の事を話しました。


 「私、あの横断歩道を渡る前に意識を失って倒れたんです。」

「それでしばらくして目を覚ましたとき車椅子に乗ってて。」

「それを押していたのが、長い髪をした女で」

「それがその生きてる人じゃ無いようで・・・」

 お姉さんは私の話をじっと聞いていてくれたのですが、段々目を見開いて体が固まっているのが分かりました。

そして、思ってもみない事を言いました。

 「それは、姉だわ」

 私は、お姉さんが何を言いだすのだろうと、ただ言葉を待っていました。 

 「一年前にあの横断歩道で車椅子に乗った女の子が車にひかれて死んだの」

 それは知っている。

 「緑ちゃんていうんだけど」

「緑ちゃんは、近所の子でね、小さい時に脊椎に感染症をおこして下半身不随になったの」

「姉は、よく車椅子を押して緑ちゃんを外に連れだしてた」

「病院に定期的に検査に行く時は、必ず姉が付き添ってたの」

「あの日も緑ちゃんの検査の日だった。でも姉も体の調子が悪くなって姉自身も別の病院に検査に行かなければならなくなって、緑ちゃんの付き添いを同じ大学の彼氏に頼んだのよ」

「でも彼は車椅子を押すのに慣れていなくて、坂を降りた所で曲がろうとしたら、縁石に車輪を乗り上げてしまって、車椅子が転倒してしまったの、緑ちゃんも道路に投げ出されて、そこに車が止まりきれず、緑ちゃんをひいてしまったの」

「緑ちゃんは亡くなって、その彼もみんなから責められて、自分でも自分を責めて、遂に姿を消してしまったわ」

「姉は、結局すい臓がんとわかり、その後長い間病気と戦うことになるんだけど、緑ちゃんが死んだことも彼が苦しんで行方不明になった事も自分のせいだと言って、最後まで自分を責めてひと月前、亡くなったの」

 

 「ひと月前、あの女、ショートヘアの女子高生の足を触っていました」 


 「姉は、今でも緑ちゃんを助けようとして、緑ちゃんを探してるのかも」


「それで緑ちゃんに似た子を見付けると足を触って確認してたのか」

 

 「きっと緑ちゃんを助けるつもりであなたを車椅子に乗せたんでしょうね」

「実は倒れてるあなたを見つけたのも偶然じゃないのよ。姉があそこに行くように呼んだような気がして、行ったらあなたが倒れてたのよ」


 後に聞いたら、私は結構危ない状態だったらしく、もう少し発見が遅かったら死んでいても不思議はなかったそうです。

 その後、お姉さんはあの横断歩道でお姉さんのお姉さんに花束とお線香で供養したそうです。私も横断歩道を通るたびに成仏するように祈っています。

  

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