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第5話 レティアのお引っ越し

 長い廊下を歩く。

 レッドカーペットが敷かれ、壁際には数多くの絵画や骨董品が並ぶ。

 レティアに転生してから色んな高級品を眺める機会があったからか、今ではパッと見で大体の価値が分かるようになった。

 勿論、偽物かどうかも何となく分かる。

 屋敷の皆に聞いたら私は凄いことをしているらしい。何となくだから自覚ないけど。

 その点、ここに並んでいる品々は高級品。一級品ばっかり。

 きっと金額にすれば数え切れないくらいの0がつくことだろう。

 コワイ、コワイ。万が一、壊しちゃったら路頭に迷うことになっちゃうかも。弁償なんか出来ないよ…。はっ!。もしかして、最悪、死刑にとか?。

 そう考えると冷たいものが背中を流れ自然と歩く足は通路の中央へと寄っていく。


『おや?。どうしましたか?。レティア様?。フラフラと。もしや、体調が優れないのでは?。』

『そうなのかい?。それは大変だ。すぐに医療班…いや、ファルナを呼べ。』

『あらあら。レティアちゃん。大丈夫?。』

『だ、大丈夫だよ!。お父様もお母様もゼルドも心配しないで!。身体も絶好調だし!。ファルナに迷惑だから呼んだら駄目!。』

『そうですか?。失礼しました。私の早とちりだったようで。旦那様、奥方様。申し訳御座いなせん。』

『ふむ。レティア。本当に大丈夫なのかい?。』

『うん。元気です。』

『そうか…何かあれば必ず言うんだよ。ゼルド。引き続き何かあれば教えてくれ。』

『畏まりました。』


 ふぅ。焦った~。大事になっちゃうところだったよ~。

 ゼルドは鋭いから変な態度を取ればすぐに気づかれちゃうし、お父様は心配性だし…。気を付けなくちゃ。


『着いたな。』


 大きな扉の前に到着。左右に護衛の騎士の方々が立っている。

 お父様と一言、二言交わした後、私達に一礼し扉を開いた。

 中から綺麗なメイドさんが現れて部屋の中へと通される。


 わぁ~。


 廊下よりも豪華な装飾や骨董品、絵画の数々。

 長いテーブルから椅子、クロスの全てがキラキラと輝いているみたい。


『やぁ。良く来たね。レティア。暫く見ない間に綺麗になったね。』

『ふふ。本当に。はぁ…美人さんね。レティアちゃん。』


 入り口から最も遠い位置に座る男性と、その横に立つ女性。

 男性の名前は【ディオル・クラウン・オル・エンパルメア】。

 この【エンパルメア】の国王様で、私の父、ロイスの実兄。そして、アリティオお兄様のお父様。

 ゲームだった頃、レティアを主人公とした乙女ゲーでアリティオお兄様と結ばれるルートで義父になる方。

 私の伯父様に当たる人。レティアを実の娘のように大事にしてくれる優しい方。

 そして、隣に立つ女性。

 名前は【ミーリア・シル・エンテ・エンパルメア】。

 この国の王妃様。アリティオお兄様のお母様。私の伯母様。


 今回はこの二人と会談する為に王城までやって来たの。

 何故かと言うと…あっと、先ずは挨拶が先ね。


『お久し振りです。国王様。王妃様。』


 ドレスの裾を持ち上げ優雅に頭を下げる。

 何百、何千…何万回と練習した礼儀作法。今の私に死角はないわ!。完璧な淑女に近付いているんですもの!。

 同じく頭を下げていたお父様とお母様。


『頭を上げてくれ。これは公の場ではないのだ。いつも通り、普通に接してくれよ。』


 砕けた口調で話す王様。

 確かに今、この場には私達とメイドさん達しかいない。王様が言うなら良いのかな?。


『では、お久し振りです!。伯父様!。伯母様!。お会いできて嬉しいです!。』

『ああ、私達もだ。おいで、レティア。』

『ええ。元気そうで良かったわ。もっと、顔を見せて頂戴。』

『はい。』


 手招きする王様と王妃様。

 もう今年で16歳だというのに二人の中で私はまだまだ子供みたいね。

 私を抱きしめ頭を撫でてくれる二人。本当に自分の子供のように大切にしてくれているのが伝わってきて私も嬉しくなってしまう。


『大きくなったね。それに凄く美人さんだ。』


 成長した私の身体を引き寄せ膝の上に座らせる伯父様。


『ええ。アーリナに似て綺麗になって…。はぁ、ねぇ、アーリナ。やっぱりレティアちゃん頂戴。私の娘に欲しいわ。』


 そして、私の包み込むように優しく抱きしめる伯母様。


『あげません。お姉様。レティアちゃんは私のです!。』

『くっ…ここで私 達 のと言ってくれないところに僕は君のレティアに対する独占欲を感じるよ。アーリナ。』

『ロイス、お前も大変だな。』

『分かってくれるかい?。兄さん。』

『ああ、分かる。なぁ、レティア。本当にアリティオの妻にならないか?。そうすれば、私達の本当の娘になれるのだが?。』

『前にも仰ってくれた提案ですが…申し訳ありません。アリティオお兄様はとても素敵な男性です。私を大切にしてくれていることも理解しています。ですが、私には心に決めた殿方がいるのです。なので…心苦しいのですが、お断りさせていただきます。』

『あらあら。やっぱり駄目なのね。レティアちゃん。』

『はい。伯母様。こればかりは私の我儘で譲れないことなのです。ごめんなさい。』

『謝ることなんてないわ。本当にレティアちゃんにここまで想われている方が羨ましいわね。』

『ああ。全くだ。確か、もう少しで会えるのだったかな?。』

『はい。魔法学園の高等部に入学する筈です。』


 高等部の魔法科には全国から稀有や希少な魔法の才能を持つ生徒が集められ互いに切磋琢磨することになる。

 中等部までの普通科とは異なり本当に実力がある人達が集まるのだ。


『そうか。どんな男なのか楽しみだね。』

『兄さん…。』

『何も言うなロイス。』

『………。』

『ふふ。お前の気持ちが理解できたよ。見ろ。私の膝の上を…先程までいたレティアは既に私の膝に温もりだけを残して消え、隣でミーリアの抱き枕にされている。もっとレティアを堪能したかったのだが…ふふ。これが思春期の娘に煙たがれる父親の気持ちなのだろうか?。』

『兄さん…多分、少し違うと思うぞ?。』

『くっ………この心の空虚さは、中々に堪えるな。』

『確かに…今やアーリナも義姉さんに混ざってレティアをサンドしている。くっ…父親は見ていることしか出来ないのか…。』

『ロイス…。』

『兄さん…。』


 コクリ。


『『レティアアアアアァァァァァ!!!!!。』』


 お父様とお母様、伯父様と伯母様に抱きしめられ私は幸せ者です。

 引っ張られた両手が少々痛いですが…。


 一通り私を堪能し満足した伯父様と伯母様。

 二人の対面に私達家族は座る。

 メイドさん達が用意してくれた紅茶が目の前に置かれ、ほのかな甘い香りを漂わせる。


『さて、今日来て貰ったのは、来週から始まるレティアの学園生活についてだ。』


 そう。来週から学園生活が始まる。


『既に寮の準備は済ませてある。いつでも入居は可能だ。足りないものがあれば後でメイドに伝えてくれれば用意しよう。』


 学園は高等部から全寮制になる。

 伯父様は私の為に生活の場を整えてくれたのだ。


『レティアの部屋は、他の生徒が暮らす寮とは別に用意した離れにある。本音を言えば、特別扱いせず、普通の学園生活を送って貰いたいのだがレティアの立場上こうせざる得ないのだ。許して欲しい。』


 レティアはこの国の王の姪に当たる。

 そして、【魔法騎士】の一人であり、国を代表する【魔法研究】の最高責任者を父に持つ。

 立場上、立派なお姫様なのだ。

 しかも、珍しい魔法の属性のせいで怪しい組織にも狙われている。

 他の生徒と生活を共にすれば、生徒達や学園そのものまでも巻き込んだ事件が起きるかもしれない。

 そういう様々な懸念があることへの処置。そういうことなのでしょうね。

 他の生徒との交流の機会は減ってしまうけど伯父様は私を心配してくれているのを知っているから、私は文句なんて言いません。

 むしろ、私のことを大切に思ってくれていることに感謝しているわ。


『伯父様。私を心配してくれてありがとうございます。私は自分の立場も状況も理解しているつもりです。なので、感謝しています。………えへへ。ありがと。伯父様。私、楽しい学園生活を送ります!。沢山学んで、友人も沢山作って、悔いのない三年間にするね!。』

『そうか…その言葉だけでも嬉しいよ。ありがとう。レティア。』


 私は伯父様に近づき頭を下げた後、その身体を抱きしめた。


『レティア…。何か困ったことがあれば何でも言いなさい。』

『はい。伯父様。大好きです。』

『ああ。私もだよ。』


 私の寮の部屋は完全な一人部屋だ。

 五階建ての建物で、五階には私とメルティの部屋の二部屋だけ。

 それ意外の階は使用人達が暮らす部屋や、勉学を勤しむ部屋。魔法の練習が出来る部屋。運動が出来る部屋。巨大な温泉のようなバスルームまで完備されている。

 一階には大きなエントランスに、喫茶店や図書館、小さな売店まである。

 私…一人の為に…ちょっとやりすぎかも?。


『じゃあ、兄さん。そろそろ行くよ。』

『ああ。名残惜しいが、またこういう場を設けよう。』

『レティアちゃん。身体に気をつけてね。』

『はい!。伯母様、伯父様!。次の機会を楽しみにしています!。』


 私が入寮するのは明日から。

 今日はこの後、引っ越しの準備をする。

 まぁ、殆んどメイドさん達が終わらせちゃってるんだけどね。

 

ーーー


 レティア…というか。私には1つの趣味がある。

 これだけは絶対に譲れないもの。妥協は許されず、心行くまで楽しみたいこと。

 それが入浴。お風呂!。

 ゆっくりとお湯に浸かりながら、物思いに耽ったり、お気に入りの飲み物を飲んだり、歌ったり、持ち込んだペンギンのオモチャで遊んだり。はぁ。考えただけで幸せ~。


 浴場に関してのみ前世の記憶をフル活用してお父様に頼み込んだわ。

 サウナに水風呂、ジェットバスに泡風呂。電気風呂に寝風呂。露天風呂に。足湯まで。

 その全てを再現して貰ったの。

 男湯にも同じものを作って貰って、屋敷の人達が入るのも自由。

 やっぱり、大勢で楽しみたいもんね。


 私は15歳。今年で16歳になる。

 来週には魔法学園の高等部へ入学し、明日からは寮生活が始まる。

 

『つまり!。このお風呂とも暫くお別れなのおおおおおぉぉぉぉぉ~~~。』


 誰もいない。大浴場の脱衣場に私の声が反響した。

 転生して10年近く。身体も成長してゲームのレティアに近付いている。

 美しい容姿の美少女。

 整った顔立ち。長く輝く金髪。身体の凹凸もハッキリして腰の括れは凄く細い。努力を惜しまなかった成果で適度にバランス良く引き締まってる完璧なボディ。

 男性どころか女性だって、つい視線を向けてしまう。美しさは、至高の芸術!。

 可憐で、お淑やか、品行方正。

 他人が見れば誰しもがそう思うでしょう!。


 けど、だけど、お風呂が…大事な入浴が関われば、全裸で脱衣場に立ち、握り拳を掲げて独りで叫んでしまう少女。

 そう、それが私!。

 【レティア・シル・フィーナ・シルシャイン】なのです!。


『………少し…はしゃぎ過ぎました…。』


 急に恥ずかしくなって静かにタオルを身体に巻く。


 前世では一般家庭に生まれた私。

 お風呂も一人入るのがやっとの大きさの湯船。

 足を伸ばすのなんて出来ない。

 それでも、入浴が好きだった。

 でも、今は違う。

 どんなに足を伸ばしても余裕しかない大きな湯船。

 疲れなんて吹き飛んじゃう解放感。

 それがいつでも楽しめるんだ!。

 自然とテンションが上がっちゃうのは仕方がないことだよね。


『レティア様。』


 突然、声を掛けられ身体が跳ねる。


『っ!?。メ、メルティ…いつから…?。』


 すっかり成長して綺麗になったメルティが脱衣場の棚の横に立っていた。

 何故か。裸にエプロン姿で…。エロっ!?。

 てか、可愛い!。お人形さんみたい…。


『はて?。 いつから という質問に対し私は、どの様にお答えすれば良いのでしょう?。私が浴場に入った時のことでしょうか?。それとも、レティア様のご様子を観察し始めた時のことでしょうか?。』

『え…っと。因みに、いつから私の様子を観察していたの?。』

『レティア様がお目覚めになられた時からで御座います。』


 ん?。お目覚めになられた時?。


『それって、さっきメルティに起こして貰った時のこと?。』

『はい。その後、ずっとレティア様のことを観察していました。脱衣所で衣類を鼻歌交じりに脱いでいる時も、明日から始まる寮生活で、この浴場と暫くお別れなことに嘆いていらっしゃったことも。独りだと思い込みテンション上がって叫んでしまったことも。恥ずかしさでお顔を真っ赤にしたままタオルを身体に巻き付けていたところも。ふぅ~。堪能いたしました。』

『全部じゃん!。恥ずかしいところ全部見られてるじゃん!。』

『レティア様に恥ずかしいところなど御座いません!。どの角度、距離、高低から見ても美しい美少女です!。』

『見た目の話じゃないよ!。私の行動のことを言ってるんだよぉ!。』

『はぁ…はぁ…レティア様…。』


 どうしてだろう。メルティ…見た目はゲーム通りなのに性格が全然違うよ…。一応、私と一緒でエロゲのヒロインの一人なのに、何故か変態さんに成長してしまった。


『それはそうとレティア様。お伝えしたいことが御座います。』


 急に真顔になるし…。でも、口の端から涎が垂れてるや。


『何?。』

『大変申し上げにくいのですが。この大浴場は現在、点検作業中で御座います。』

『え?。あれ?。この前してなかったっけ?。』

『広く、様々な機械が設置されていますので前回の作業だけでは終わらなかったそうです。』

『そうなんだ。じゃあ、いつお風呂に入れるの?。』

『あと、二時間程だと思われます。ですので、裸になり、タオル一枚という扇情的なお姿になられてしまわれましたが、今一度、衣服の着用をお願い致します。お手伝い致しますので。』

『うん。わかったわ。……………ねぇ。ちょっと待って。そのことを伝える為に貴女はここにいるのよね?。』

『そうです。ですが、私はレティア様の従者です。いつ如何なる時もお側に控えているのは当然のことかと。』

『ええ。そうでしょうね。けど、それなら何で服を脱ぐ前に私に教えてくれなかったのよ?。』

『…………………………。』

『沈黙が長いよ!。』

『いえ、レティア様の裸体…堪能しました。大変お美しいお姿です。』

『ええ…。』


 本当に変体さんだぁ~。


『冗談はこの辺にしましょう。』

『冗談で片付けられないよ!。』

『作業が終わりましたらお呼び致します。それまではお部屋でお寛ぎ下さい。』

『話を聞いてよぉ~。…むぅ。うん。分かった。教えてくれてありがとね。メルティ。』

『いえ。堪能したい気持ちは私も一緒ですので。』

『お風呂のことだよね?。私の身体のことじゃないよね?。』

『はい。入浴しているレティア様のお美しいお姿を…窃視……こほん。眺めるのが大好きです。』

『………ええ。』


 聞き間違いかな?。

 何故か身の危険を感じたよ?。


『それでは此方へ。着付けのお手伝いを致します。』

『う、うん。』


 聞かなかったことにしよう。

 うん。そうしよう。メルティが変態さんになったなんて信じられないし。

 私の中のメルティはいつも純粋で優しい娘。


ーーー


『わぁ~。何これ!?。可愛い過ぎなんですけど!?。』


 姿見の前で私は自分の容姿を確認していた。

 その鏡の中には、ゲーム内で何度も見た。いや、見慣れた学園の制服姿のレティアがいた。


『やばっ…何よ、この美少女は…。これがレティア?。画面で見るのも凄く可愛かったけど、実物の破壊力がヤバすぎるよ…。』


 煌めく艶やかな金色の長い髪。

 優しそうな眼差しを放つ大きな瞳。小顔なのに高くバランスのとれた鼻筋。小さな口とプルンと柔らかそうな唇。

 抜群のスタイル。

 男の子が喜びそうな大きな胸に、女の子が羨ましがりそうな細いお腹の括れ。お尻の形も綺麗で肉付きも良い。長く細い手足なんてお人形のよう。

 そんなレティアの身体を包む、高等部の制服。

 花の女子高生!。青春!。

 大人に近づいたけど、まだ子供のあどけなさの残る絶妙な背伸びしたいお年頃。


『これは…人気になるのも分かるわ…。レティア…恐るべし…。』


 鏡の前で色々なポーズをとっちゃう。

 わぁ…どんなポーズも様になるぅ~。


『レティア様。はぁ…はぁ…。入浴の準備が整いました。はぁ…はぁ…。』

『……………。』


 そして、又も突然聞こえるメルティの声。


『ああ…本当?。やったー。待ってたよー。』

『それでは、折角の制服を汚さないように此方にお着替え下さい。』


 メルティの両手にはバスローブが用意されている。


『あのね。メルティ?。』

『はい?。』

『いつから見てたの?。』

『レティア様が畳まれていた制服に袖を通そうとしていたところからです。』

『殆んど最初からじゃん!。何でもっと早くに声を掛けてくれないのぉ!?。』

『………レティア様。可愛すぎます。くねくねと様々なポーズをお取りになっている姿。くっ…カメラを持っていなかったことを後悔致しました。』

『がはっ!?。』


 恥ずかしいとこ全部見られた。


『レティア様!?。』


 羞恥心で倒れる私を支えてくれるメルティ。

 何だろう。メルティの視線が…何かエッチ…。


『メルティ…。』

『はい!。』

『お風呂、行こ。』

『畏まりました。このままお運びします。』


 メルティにお姫様抱っこされながら私は浴場へと運ばれて行った。

 うん。忘れよう。色々と。その方が平和な気がする。


 大浴場に到着するとメルティに制服を脱がして貰う。

 結局、制服のままでここに来ちゃった。

 

『一緒に参ります。』

『メルティも入る?。』

『はい。勿論です。何処までもレティア様と一緒です!。』

『えへへ。良いよねぇ。一人で入るのも数人で入るのも私大好きぃ!。』

『はい!。私もです。レティア様との入浴。堪能します。はぁ…はぁ…。』


 うん。聞いてない。聞いてない。

 さて、待たされた分、テンションが上がっちゃうよね。

 楽しみにしてたことだから尚更、今日で当分この浴場ともサヨナラだから。


『あ、あれ?。』


 大浴場に入るといつもと違う違和感が。

 多くの人の気配?。

 もう、私以外に入浴している人がいるの?。


『レティア~。待ってたわよ~。』

『え!?。お母様!?。』


 手招きして私を呼ぶお母様。

 そして、その横にファルナ。


『レティア様。お待ちしておりました。』

『え?。アリシアまで!?。』


 アリシア含めて屋敷のメイドさん達が全員揃っていた。

 何がどうなってるの?。


『レティア様。失礼しますね。』


 持っていたタオルをメルティに持って行かれ、手ぶらになった途端、その場でメイドさん達によって身体を洗われる。

 もの凄く速い手際の良さ。一瞬で泡まみれになり、一瞬で泡が流された。

 あまりの早業に何をされているか理解するのに時間が掛かっちゃった。


『レティアちゃん~。一緒に入る久し振りね~。』

『はい。お母様。けど、何が何だか?。』

『レティアちゃんは明日から寮生活でしょ?。家族で過す機会なんか当分訪れないでしょうし、なら、最後に一緒に入ろうと思ったの。』

『お母様…。』

『メイド達もです。今日はレティア様に癒しの空間をご用意致しました。全身全霊で尽くさせていただきますね。』

『ふふ。皆、レティア様との時間を楽しみたかったのよ。レティアちゃんのこと皆が愛してるから。』

『ファルナ…アリシア…。うん!。皆、ありがとね。私も皆が大好き!。』


 アリシアとメイドさん達に案内された小部屋。

 そこはさながらスパやエステサロンのような内装になっていた。

 今までこんな部屋なかったよね?。

 もしかして、これを用意する為の点検作業だったの!?。

 

 落ち着いた雰囲気の淡い灯りに照らされて、甘いアロマが香る部屋の中には三つのマッサージベッド。

 私とお母様、そして、ファルナが横になる。

 アリシアと数人のメイドさんに全身を癒して貰う。


『レティアのお肌はとても綺麗ですね。』

『本当に、真っ白できめ細かくてモチモチでツルツル。ずっと触っていたくなっちゃいます。』


 メイドさん達が肌を優しくマッサージしてくれている。

 オイル塗られた肌をゆっくりと揉みほぐし、手技や指圧で体型を整えられていく。

 身体がぽかぽかして気持ちいいなぁ。


『髪も美しいです。サラサラでキラキラと輝いていますよ。』


 頭皮のマッサージをしてくれているメイドさん。

 適度な刺激が心地良いわ~。

 至れり尽くせり~。


『適度に引き締まって、それでいて柔らかい。ふふ。これなら、レティア様の愛しの殿方もレティア様にメロメロになってくれますね。』

『そ、そうかな?。アリシアはそう思う?。』

『勿論です。レティア様はもう完璧なレディですよ。私を含めてここにいる全員がレティア様の恋を応援しています。』

『そうよ。レティアちゃんが認めた男性なら喜んで迎え入れるわ~。素敵な彼だと良いわね~。』

『お母様…。』

『学園で会えるのでしょう?。その子と仲良くなれたら紹介してね。ふふ。楽しみね~。レティアちゃんの想い人~。』

『はい!。お母様!。必ず!。』

『ふふ。楽しみだわ~。レティア様はとても頑張っていましたから、恋が報われること心から願っていますね。』

『うん。ありがとう。ファルナ!。』


 皆が私を応援してくれてる。

 私…頑張る。頑張って彼との仲を深めるんだ。

 

 そんな感じで屋敷での最後の夜が過ぎて行った。

 リラックスも出来たし、皆のおかげで身体も心も万全!。

 長年過ごした実家から出るのは少し寂しいし、家族とのお別れは不安と悲しさを感じるけど…背中を押してくれた皆の為に明日からの寮生活、そして、一週間後に始まる学園での生活。私、もっともっと頑張るよ!。


ーーー翌朝。


『レティア~。いつでも帰って来いよ~。』

『レティアちゃ~ん。頑張ってね~。』

『お嬢~!。変なモン食うんじゃねぇぞ~!。』

『レティア様。………俺の。天使。頑張れ。』

『レティア様~。身体に気をつけてね~。』

『ああ…私のレティア様が旅立たれて…。』

『レティア様。ご立派になられて…。うぅ…。』


 お父様にお母様。

 ガドウさんに、リオウ。ファルナにアリシア。そして、シルヴァ。その後ろにお屋敷で働いてくれている沢山の執事さんやメイドさん達が私に手を振りお別れの言葉を投げ掛けてくれる。


 車の窓から身を乗り出して皆に手を振り返す。


『皆~。行ってくるね~。』


 私は皆の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 何だろう。帰って来たらいつでも会えるのに涙が出ちゃうよ…。


『レティア様。あまり身を乗り出すと危険ですのでお気をつけ下さい。』

『レティア様。ハンカチは此方です。涙をお拭き下さい。』


 車の運転にゼルド。

 私の向かえに座るメルティを乗せた車は、私の新しい新居である学生寮(私専用)へと走り出した。


『えへへ。ちょっと感極まって泣いちゃった。』

『無理もありません。レティア様は外出はされてもお屋敷から遠く離れたことはありませんでしたから。』

『そうだよね。あとね。皆とお別れが寂しくてね。長期休暇とかに帰れば会えるのに不思議だよね。』

『ふふ。それだけ、レティア様に愛され私共使用人も嬉しく思いますよ。全ての使用人を代表しレティア様に感謝致します。』

『もう!。大袈裟だよ。ゼルド。けど、皆を大切に…ううん。愛してるのは本当だから。たとえ少しのお別れでも離れ離れするのは寂しいの。』

『レティア様…。聖女か…。』

『いえ、女神です。』

『何の話?。リオウみたいなこと言わないでよ~。』

『おっと、失礼致しました。』


 そんな他愛ない会話をしている内に寮の前に到着する車。

 と、言っても到着までに二時間くらい経過してるけど。


『レティア様。お手を。』


 車の扉を開けてくれたゼルドに手を引かれ外へ。

 何故かレッドカーペットが車から寮の入り口の大きな木製の門まで伸びてる?。


『お荷物は既にレティア様の部屋まで運び終わっています。内装も、生活用品も、レティア様が使いやすく過ごしやすい配置となっておりますのでご存分にお寛ぎ下さい。』

『え?。あ、うん。ありがとう。メルティ…。』


 私。結局、お引っ越しに関して何もしてないや。

 いやいや、それよりも何この寮は…。

 大きな噴水。様々な花が咲き乱れる庭園。

 地面なんか大理石?。所々にあしらわれた輝く装飾品の数々。並ぶ彫刻品が照明に照らされてる…。

 そして、中央に立つのは………私の像…。

 

『ええ…。』


 大きく造られた像?。

 何あれ、超恥ずかしいんだけど…何で翼が生えてるの?。どうして、布一枚なの?。どうして、剣と旗を握ってるの?。何と戦ってるの?。


 寮に至っては、もうお城じゃん!?。

 ゲームとかでお姫様が住んでるあれじゃん!?。

 私、ここで一人で住むの?。いや、メルティも一緒だけど。何がどうなってるの?。


『それではレティア様。中へどうぞ。皆が貴女様の来訪をお持ちしています。』

『皆?。』


 大きな扉が左右に開く。

 そして、寮の中には、左右にずらっと並ぶ執事さんやメイドさん達。


 あれ?。


『おお!。レティア!。お帰り。今日からここが私達が住む寮だよ。』

『レティアちゃん。お帰りなさい。道中大事なかったかしら?。』

『うおぉぉぉぉぉ!。お嬢!。怪我はねぇか?。風邪はひいてないか?。無事で良かったぜ~。』

『天使。いや、女神。美しい。』

『レティア様。お帰りなさいませ。長旅お疲れ様です。すぐにお部屋に案内致します。既に夕食の準備、大浴場の準備も済ませてあります。お好きな方からご堪能下さいませ。』

『レティア様~。お帰りなさ~い。また、宜しくね~。』


 更に出迎えてくれたのは…ええ、おかしくない?。

 何で…お屋敷で別れた筈の皆がいるの?。

 お父様にお母様。

 ガドウさんに、リオウ。ファルナにアリシア。

 

『ああ、因みに執事長はこの場にはいません。屋敷を空にする訳には行きませんのでお留守番です。』


 シルヴァ…。

 このゼルドの反応。もしかしてこの状況知ってた?。


『ふ。私達がレティアに一人の生活を強いる訳ないじゃないか。いや、正直に言おう。私達がレティアのいない生活に耐えられないのだ!。』

『お父様…。』


 ええ…。


 ゼルドを睨むと何故か嬉しそうに微笑み返してくるし…メルティはさっきから目を合わせてくれないし。

 私の別れ際の涙は何だったの?。

 何よりも、普通に真っ直ぐ車で向かってた私よりも先に到着してる皆が恐いよぉ~。


ーーーーー


ーーーそして、入学式。当日。


『……………新たな仲間と共に互いに切磋琢磨し、自分の技量や知識を高める場として今日から始まる学園生活を楽しんで欲しい。新入生の皆さん。君達がこれから歩むこととなる学園での三年間。そして、卒業後の未来へと続く道が輝かしいものであることを心から願っている。』


 学生代表。生徒会長のアリティオお兄様が一礼し壇上から下りていく。

 大きな拍手と感嘆の声が会場に響く。

 中には女生徒からの歓喜の叫びや、熱を帯びる惚けた眼差しが向けられている。

 流石、アリティオお兄様…女生徒の人気が凄まじいです。

 美形で長身。凛々しくも爽やかな笑顔に優しい性格。

 生徒会長で成績は学年トップ。

 この国の第一王子であり、次期国王候補筆頭。【水】の属性の【魔法騎士】の称号持っていて、その上、性格までも完璧な美男子。

 あんなの目を奪われない女性はいないのでは?。


『では、次に新入生代表。挨拶。』


 来た。

 次は私の番。

 努力の甲斐あって入学試験を一番の成績で合格した私は新入生代表スピーチを任されることになった。


『緊張しないでね。リラックスだよ。レティア。』

『はい。アリティオお兄様。ありがとうございます。』


 壇上に上がる途中、すれ違い様にアリティオお兄様が心配してくれた。

 大丈夫です。私の本番はこれからなんですから。

 

 転生してからやっとここまで来たのです。

 ここからが始まり。レティアとして様々な経験を積み重ね、始まる学園生活。

 ゲームの物語が進行を開始する舞台。

 私の心の準備は出来ています。


 ゆっくりとした動作。けれど、遅くはない。

 流れるように無駄のなく。美しさを表現しながら壇上へと優雅に上がっていく。

 途中、会場にいる人達から溜め息にも似た呼吸が聞こえてきた。

 そして、私の容姿に集まる視線。

 誰もがレティアの美しい容姿に目を奪われ見惚れているみたいに目を離さない。


 壇上に上がり、先生方へ一礼。

 上級生へ一礼。そして、新入生達へ一礼。


『本日は私達の為に、このような………。』


 暗記した挨拶を話し始めながら、私は壇上から生徒達を見回していく。

 そして、自然とある一点で止まった。

 まるで、吸い寄せられたように自然と視線が向いた。

 トクンッ。と一際大きく跳ねる心臓。

 その瞬間、自分の中の時間が止まり、一切の音が消えた。

 呼吸をするのも忘れ、鼓動が速くなり体温が上昇するのを全身で感じる。


 見つけた。


 ゲームの時の姿のまま。

 何度も画面越しで見たキャラクター。

 それが今、私の目の前に現実の人間としてそこにいる。

 今すぐにでも叫びたい。

 彼の元に飛び出して行きたい。

 そんな気持ちを表には出さず、内心で必死に抑え込む。

 口は止めない。言葉も止めない。

 挨拶の言葉を並べていく。

 

『………この学園に入学できたことに喜びと希望を感じます。私達は………。』


 彼は壇上の私を見つめている。

 私は、貴方に会うために。貴方と親しくなるために。貴方と結ばれるために。

 私は貴方を、前世の時から愛していました。

 この気持ちを貴方に伝えるために…。


『………ここにいます。』

 

 ジン……さん。


『新入生代表。レティア・シル・フィーナ・シルシャイン。』

 

 代表挨拶が終わり、深く頭を下げる。

 すると、会場全体を包み込むような大きな拍手の喝采が巻き起こった。

投稿は不定期です。

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