第2話 レティアのお弁当②
そして、ついにランチタイムの時間になった。
晴天の青空。
そよぐ風は優しく頬を撫でる。
絶好のピクニック日和。
お庭には、いつの間にかガーデンテーブルと、チェアが大きなパラソルの下に置かれていて、レジャーシートまで敷かれている。
『うぉぉぉぉぉおおおおお!!!!!。お嬢ぉぉぉおおお!。本当に腕を上げたなぁぁぁあああ!。特にこの甘めの卵焼きなんか俺を既に凌駕してやがるぅぅぅううううう!!!。』
涙を流しながらお弁当を頬張るガドウさん。
『こ、これはっ!?。天使ではなく女神だった!?。しかも、貧しく卑しい我々に施しを与える豊穣の女神だったのかっ!?。ああ、やはり勿体ない…食べずに、家宝にするべきだった…。いや、女神はまた作ってくれると言っていた。次の機会こそは…。』
ぶつぶつと何かを呟いているリオウ。
けど、箸は止まっていない。
『この唐揚げも美味しいわ。油っこくなくて食べやすい。ふふ。お酒にも合うわ~。』
昼間からお酒を飲んで顔を赤くしているファルナ。
服もはだけて…やっぱり色っぽい。
『ははは!。今日は素晴らしい1日だ!。こんなに娘の成長が嬉しい日なんて他にあるだろうか?。いや、ある!。毎日が娘の成長記念日だ!。そうだ。今から兄貴の所に行って今日を記念日にして貰おう!。祝日にして毎年国民全員で祝おうではないか!。ははは!。』
お酒を飲んでお父様の何かが外れてる…。
流石にその祝日は恥ずかし過ぎるわ…。
『貴方。あまり飲み過ぎないで下さい。それに午後の業務もあるのです。少し自重して下さい。』
流石です!。お母様!。
お父様の暴走を未然に防ぐなんて!。
『ですが、祝日にするのは賛成よ。早速、午後一で義兄様の所へ急ぎましょう。』
あれ~?。そこ止めないの~?。
『ふふふ~。レティア様~。』
『きゃう!?。』
突然、持ち上げられてアリシアの膝の上に下ろされる。
あっ。お酒の匂い。アリシアまで飲んでるの?。
『ああ~。レティア様~。可愛い~。』
『くすぐったいよ~。』
『ふふ。お弁当、御馳走様です。今度は私がレティア様の為に腕を振るいますね。』
『そんな。今日のはお礼なんだから。そんなことしないでも大丈夫だよ!。』
『いいえ。します。絶対。その時は~。私の部屋に~。来てくださいね~。ラフな格好で~。2人きりで~。ふふふふふふふふふふ。』
こ、こわい…。
『ふぁっ…。』
『きゃっ!?。』
そして、倒れるアリシア。
『すぅ…。すぅ…。すぅ…。』
寝てる…。
これ、大丈夫なのかな?。午後もお仕事があるんじゃ…。
『ご安心下さい。レティア様。我々、レティア様の従者には午後から休暇扱いとなっております。』
『え?。そうなの?。』
『はい。執事長の計らいです。』
メルティは正座をしながら止まることのない速度で私のお弁当を少しずつ、それはもう少しずつ口に運んでいた。
『メルティ?。』
『はい?。』
『一口が凄く小さいね。』
『レティア様のお弁当です。ゆっくり味わって食べています。』
『そ、そうなんだ。嬉しいな~。』
おにぎりのご飯粒を1粒ずつ箸で摘まんで食べてる…。
うん。突っ込んだら敗けだね。
私はシルヴァを見た。
シルヴァは全員の動きが見渡せる場所で直立している。
あれ?。お弁当…食べてないのかな?。
『シルヴァ?。』
『レティア様。はい。如何なさいましたか?。』
鋭い視線が私を見る。
凄い迫力。肩がビクンってなったよ。
『あのね?。お弁当…食べてない?。』
『はい。私は従者です。況してや旦那様、奥方様のいる前で食事など執事長である私が取る訳にはいけませんので。』
『けど…。他の人達は…。』
『ゼルド、メルティ含め他の従者には許可を出しております。』
『そ、そうなんだ。けど…。シルヴァとも一緒に…。』
『如何にレティア様のお言葉でも従う訳にはいけないのです。ご容赦下さい。』
『うん…ごめんね。』
『いいえ。貴女様の優しさ。お気遣い。しかとこの胸に焼き付けました。他の従者と存分にこの時間をお楽しみ下さい。』
『うん。』
私は皆の場所に戻る。
やっぱり…シルヴァにはシルヴァの立場があるもんね。お弁当…迷惑だったのかな…。
『レティア様。』
『ん?。ゼルド?。』
『この、ひとときの時間を用意して頂き誠に有り難う御座います。』
『いいよ。お礼なんて。それに…これも私のわがままだから…。皆忙しいのに…私に付き合ってくれてありがと。』
『ははは。レティア様。貴女様は誤解されているようですね。』
『誤解?。』
『そうです。我々は皆、貴女様が好きなのです。貴女様の優しさ。皆を想う心。それが従者にとってどれだけ喜ばしいことか。』
『そう…なの?。』
『はい。それは執事長も例外ではありません。』
『シルヴァも?。』
『はい。この、ひとときの時間が終わりましたら、少しお時間を頂いても宜しいですか?。』
『え?。う、うん。大丈夫だよ?。』
『それは良かった。では、後程。』
ゼルドはゆっくりとした動作でシルヴァの元に歩いていった。
そして、皆が満足してくれたみたいでお弁当パーティー?。は、終了した。
私は、ゼルドに案内されシルヴァの部屋の前にやって来ていた。
『レティア様。しー。で御座います。』
コクコク。
決して声を上げてはいけないと言われ両手で口を押さえて頷いた。
そして、ゼルドは静かに扉を開く。
隙間から覗いた部屋の中にはシルヴァが机を前に座っていた。
机の上に私のお弁当を広げて…。
あっ…お弁当。食べてくれてる…。
ちょんちょん。
ゼルドに肩をつつかれ振り返る。すると、シルヴァの顔を見てとジェスチャー。
ん?。えっ!?。
シルヴァは泣いていた。左手に箸を右手にハンカチを持って食べながらハンカチで涙を拭っていた。
『レティア様…本当に…ご立派になられて…。私は…とても嬉しく思います…。あの弱々しかったレティア様が…。うぅ…。本当に…元気になられて…。うぅ…。』
シルヴァ…。
『この…お弁当も…とても…美味しい…。レティア様の…優しさ…を感じます…。レティア様の…うぅ…努力…。頑張りましたね…。』
シルヴァ…私のこと…。
『言ったでしょう?。我々はレティア様が大好きなんですよ。執事長含め、全員ね。』
うん。ゼルド…。
私…間違ってた…。
私は無意識に駆け出していた。
そして、泣きながらシルヴァに抱きついた。
『シルヴァ~。』
『む!?。レ、レティア様!?。何故、ここに!?。』
戸惑うシルヴァを見たのは初めてだった。
『ごめんね~。私、シルヴァのこと困らせちゃってるんだって~。お弁当も~。いつもお世話してくれるの~。ずっと迷惑かけちゃってるんじゃないかって~。思ってたの~。』
『あっ…ふむ。』
『シルヴァ~。私はシルヴァが大好きだよ~。』
状況を把握したシルヴァは私の背中を擦り、落ち着かせる。
『レティア様。』
『ずぅぅぅ。ずぅぅ。うん。』
『私が普段、厳しく当たってしまっていたことでレティア様を傷付けてしまったこと。深くお詫びいたします。』
『シルヴァは…悪くないよ?。』
『いいえ。どんな理由があろうとも、主を不快にさせてしまう従者など失格に御座います。』
『………。でも…私の…勘違い…。』
『私の行動は執事長としての責務を優先した。その事をレティア様に知っておいて欲しいのです。』
『うん。分かるよ。』
『そうですか。今、この場でのみ私の本心を語らせて頂いても宜しいでしょうか?。』
『うん。聞きたい。』
シルヴァは抱きついている私を床に下ろすと、しゃがんで目線を合わせてくれる。
『まだ7歳のレティア様には難しい話しかもしれませんが、私の妻、子供達は数十年前の国家間の抗争で亡くなっています。』
十数年前の抗争。
魔法が今のように体系化していなかった頃に起きた大規模な戦争だ。
ゲームでも時折、語られていてキャラクターによっては重要な要素といて取り上げられていた設定だ。
『家族を亡くし。地位も名誉も、家も失った私を雇って下さったのが、現、旦那様のお父様。貴方の祖父様で御座います。』
『………。』
私は真っ直ぐにシルヴァを見つめる。
『このお屋敷に長年仕え、7年前に貴女様がお産まれになられました。何も無かった私にとって貴女様との出会いは…ふふ。そうですね。こんなことを言っては失礼かと思いますが…孫、のような存在なのですよ。目に入れても痛くない。私にとっての幸せは貴女が笑顔で成長してくれる。その様子を一番近くで眺め…差し伸べ、導くことなのです。』
『シルヴァ…。』
『レティア様のお言葉をお借りさせて頂ければ。私はレティア様が大好きなのです。』
『シルヴァ~。私も~。シルヴァは大事な私の家族っ!。大好きだよぉぉぉおおお~。わぁぁぁぁぁあああああん。』
『うぅ…本当に…ご立派に…。うぅ…。』
2人で抱き合って泣いた。
この日。
私はシルヴァのことを知ることが出来た。
今までよりも仲良くなれた気がします。
『待ちなさい。ゼルド。』
『………はい。』
私を抱きしめてくれたシルヴァ。
背中を見せ静かに部屋を出ていこうとするゼルドを呼び止める。
泣き止んだ私を入り口まで誘導する。
『レティア様のお送りを。』
『畏まりました。』
『それと、後でお話があります。』
『おぅ…了解しました。』
シルヴァの笑顔は…笑っていなかった。
投稿は不定期です。