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第8話 レティアの出会い

 朝。時刻は8時10分。

 ゼルドにドアを開けてもらい、メルティに手を引かれゆっくりとした動作で外に出る。

 優雅に可憐に、を演出する。

 その瞬間、登校途中の生徒たちから黄色い声と眩しくも感じる視線が私に集中した。


 うっ…視線が…刺さるぅ。


 この一ヶ月でだいぶ慣れたとはいえ、視線が自分に集まると一瞬心臓がドキンッと高まるんだよねぇ。

 

『いってらっしゃいませ。レティア様。』

『うん。いつもありがとう。ゼルド。行ってくるね。』


 ゼルドに微笑んだ途端、再び歓喜の声が響く。

 ひゃ~~~。緊張しちゃうよぉ~。

 

 学園に入学し約一ヶ月。

 家族と住む寮?。と、呼べるか分からないけど、現在の住まいからゼルドに車を出してもらって登校している。

 自宅から学園まではゆっくり歩いても徒歩20分くらい。

 最初は歩いてメルティと並んで登校していたんだけど、寮から公道へ出た途端にレティアの姿を見た生徒たちからの歓喜の叫びと、学園までの道のりで出会う全ての生徒たちに「ごきげんよう」と言い続けなければならない苦行が続くのだ。

 流石に疲れてしまうのでゼルドに相談したところ結局、車での送迎で落ち着くことになる。


 生徒たちからの声も視線も車から降りた時の一回で済むし、降りた瞬間の。


『ごきげんよう。皆さん。』にっこり。


 …も、一回で済むからだ。

 こうでもしないと、身体はレティアでも中身は一般家庭の女子高生なんだから身が持たないのです。いや、身というか心が、ね。はぁ…。

 

 まぁ、そんなこんなで入学から一ヶ月が経ち、学園生活にも慣れ始めた新入生たちも落ち着いてきた頃。


 私は自分の教室へと向かう。

 すれ違う生徒や教員への丁寧な挨拶も欠かさない。

 私はシルシャインの名前を背負っているのだ。

 変なことをしてお父様に迷惑は掛けたくない。

 家の為にも、お父様の為にも、私自身の為にも恥ずかしい姿は見せられない。


 さて、この学園には各クラスごとに生徒一人一人に用意されたロッカーがある。

 勉強道具は勿論、私物や大事なモノを保管出来る場所だ。

 それには、教師からの個別のメッセージなどを入れるレターボックスも備え付けられている。


『あ…。』


 盗難防止用の鍵を使い自分のロッカーを開ける。

 すると、レターボックスに一枚の手紙が入っていることが確認できた。

 入学してから今日まで一ヶ月の間、既に10回を越えた出来事だ。


 当然ながらレティアはモテる。

 お嬢様なのも勿論だが、何よりも、その誰もを魅了する外見だ。

 見ず知らずの人でも私の名前を知っているくらいだから。


『レティア様。また…ですか?。』


 隣でメルティが怪訝な表情で質問してきた。

 私は手紙の内容を確認する。

 うん。ラブレターだ。内容は、典型的なラブレター構文。

 昼休みに学園の中庭まで来てほしいです。などの内容。

 けど、名前も、クラスも書いてないや。

 まぁ、こういうパターンもあるんだよね…。

 けど、字は綺麗だ。丁寧に書かれている。

 

『レティア様に不埒なことをする愚か者…始末いたしましょうか?。』

『いやいや、手紙くれただけだよ!?。物騒すぎるでしょ!?。』


 何でメルティが怒ってるの!?。


『チッ…。』


 舌打ち!?。


『もう、変なこと言わないの。こういう手紙を出すのだって凄く緊張しただろうし。行動することが凄く勇気のあることなんだよ。それに文字を見れば差出人が真剣だって伝わるよ。だから、真剣にお返事を返すの。』

『むぅ。レティア様はお優し過ぎます。』

『私はしたいことをしてるだけだよ!。メルティ。お昼は中庭に行くから着いてきちゃ駄目だよ。』

『えっ!?。そんなぁ…。ご無体な…。』

『どこが!?。もうっ!。当たり前でしょ!。相手だって私に直接伝えたいだろうし、使用人だとしても第三者がいたら可哀想だよ。』

『影から見守るのは?。』

『駄目!。』

『むぅ…。レティア様のいじわる。』

『何でさぁ~。』


 そんな出来事が朝にありました。

 

 教室に着くと席に座る。

 隣には当然メルティが座る。

 いつも思うけど私の周りにはちょっとした空間がある。

 他のクラスメートは私から一歩引いた席に座るのだ。

 嫌われている訳ではなく、他の生徒にとってレティアはアイドル的な存在なのだろう。

 近づくのは畏れ多く、遠巻きに眺めるくらいが丁度良い。そんな感じに思われているようなの。


 レティアという立場上、確かに固定の友達を作ってしまうと孤立や嫉妬を生んでしまう可能性があるから受け入れているけどね。

 けど…私だってお友達が欲しいんだよねぇ…。


『おー。お前ら~。おは~。出席取るぞ~。』


 担任が教室に入ってきた。

 扉を足で閉め、教卓に教材を投げる。見るからに大雑把な性格の女性。

 着崩したワイシャツ。その隙間から覗く下着と大きなお胸。デニムパンツ。ボサボサの髪と化粧のない素顔。

 それらをまったく気にしない様子。

 それでも隠しきれない綺麗さと美人さ。 

 何処か気品があるというか…動きがだらしない人の動きじゃないというか…。

 自分の身体をどう動かせば効率的に動くのかを熟知している人の動きだ。

 メイドさんや執事さんたちを見てきた私だから分かる。

 あの担任は只者じゃない。

 

 まぁ、ネタバレしちゃうとゲームだった頃のヒロインの一人なんだけどね。

 リマ・ゼンペル・シュヴァリア。

 通称、リマ先生。

 国直属の治安維持組織の若きエース。

 シュヴァリア家は昔、代々、王族に遣える家系だった。

 時代が進んだ現代では今の形に落ち着いたみたい。

 代々、優秀な人物を輩出している家系でリマ先生はその中でも天才と呼ばれる程の才能を持っている方…なのですが、本人の男勝りでズボラな性格とお酒とギャンブル好きのせいで外見は美女なのに未だに婚期を逃してしまっている非常に勿体無い残念なお姉さんなのです。

 あ。因みに婚期を逃している話をすると死よりも辛いとされる拷問を受けることになります。

 まぁ、それでも警察と教員を両立している凄い人…なのです。

 さっぱりとした性格から人気も高く、特に男友達のようなスキンシップの取り方をするせいか男子には特に人気なんです。


 ゲームのリマ先生ルートは、普段はサバサバとした男勝りな性格なのに、年の差を気にしながらも年下の主人公に対して不器用に甘える姿が見られます。非常に可愛かったなぁ。ギャップ萌えなのです!。

 しかも、意外にも彼氏には尽くすタイプなのです!。


 ああ。因みに運動などの実技の先生です。


 キーーーン、コーーーン。カーーーン。コーーーン。

 チャイムが鳴り、授業の終わりと昼休みの始まりを告げた。


『じゃあ、メルティ行ってくるね。』

『ぐっ…はい。ぐっ…承知しています…ぐっ…昼食の準備をして…ぐっ…お待ちしています。』


 メルティは自身の身体にロープを巻き付け私を追わないようにしている。

 ちょっとエッチだよぉ…。


『そこまでしないと我慢できないの!?。』

『はい。ぐっ…こればかりは…メイドとしての野生化の本能なので逆らえません。』

『メイドって野生なの!?。』


 と、メルティとのやり取りを楽しんだ後、今朝のレターボックスに入れられていた手紙を持って中庭へと向かう。

 勿論、私にはジンさんという心に決めた男性がいるから申し訳無いけどお断りさせて頂く。

 入学してから10回は繰り返しているやり取り。

 相手の反応も様々だ。

 諦めずに突っ掛かってくる人。最初から諦めていた人。中には私の返事に対して賭け事をしている酷い人もいた。

 今回はどんな人が手紙をくれたんだろう?。

 字から伝わるのは真面目な感じの人だと思ったんだけど。

 名前もクラスも書いてないから調べることも出来なかったからなぁ。

 意図的か完全に忘れちゃったのか…。


 色々と考えながら歩いていると中庭へと到着した。

 そこには、想像とは違う光景が広がっていた。


 体格のいい男子生徒が、眼鏡を掛けた小柄な男子生徒に暴力を振るっていたのだ。

 お腹を殴られ嗚咽をもらしながら苦しんでいる小柄な男子。

 それを見て嘲笑う男子生徒が、お腹を押さえて苦しんで身動きの取れない生徒に追い討ちとばかりに蹴りを入れた。

 地面を転がる男子。咳き込み、涙を流しながら、ひたすらに謝っている。


『ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。』

『はぁ~。マジムカつくぜ。そんなんでレティアに告白しようとしてんのか?。はっ!。笑わせんじゃねぇよ!。てめぇみたいなゴミはどっかの端っこで誰にも気付かれずに死んどけ。』

『ぅ…ぼ、僕は…ただ、レティア…さん…に…気持ちを…伝えたかった…だけなんだ。だって…一目惚れ…だったから。好きになっちゃったから…。』

『だからよぉ。そこだよ。身の程を弁えろってんだよ!。レティアはゴミなんか相手にする程暇じゃねぇんだわ。あんな良い女はよ。俺みたいな強い男こそが相応しいんだよ!。』


 尚も倒れている男子生徒を蹴ろうとする男子。

 思い出した。あの小柄な男の子は同級生の…しかも、ゲームの主人公の親友の一人だ。

 けど、もう一人の男子は知らない。

 一年生には見ない顔だけど…。

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

『やめなさい!。』

『っ!?。は?。レティア…。』

『レティア…さん…来てくれたんだ。』


 私は体格の良い男子生徒の横を通り過ぎる。

 倒れている生徒を起き上がらせ光の魔法で傷を癒す。


『痛みが消えた?。これが噂の…。』


 男子生徒の顔にはやっぱり見覚えがあった。

 名前は確か…アルト君だ。


『傷は治しましたが、まだ傷むところはありますか?。アルトさん。』

『レティアさん…僕の名前を…あっ、ううん。大丈夫です。どこも痛くありません…その、ありがとうございます。』

『いいえ。貴女がこの手紙をくれた方ですか?。』

『あ…はい。そうです。』

『やっぱりそうですか。名前がどこにも書いていなかったので少し戸惑ってしまいました。』

『あ…す、すみません…忘れてしまってました…。』

『ふふ。やっぱり。』


 忘れちゃってただけなんだね。


『え?。』

『おいおい。レティアよぉ。先輩である俺を無視してそんなゴミと楽しそうに話してんじゃねぇよ。』

『貴方こそ。私は彼と話しているんです。邪魔しないでくれますか?。』

『あ?。何だと?。』

『アルトさん。』

『え?。あ…はい。』


 先輩の言葉を無視してアルト君と向き直す。


『ごめんなさい。先程の会話を聞いてしまいました。私に一目惚れして、気持ちを伝える為にこの手紙を書いてくれたこと。勇気を出して伝えようとしてくれたのに盗み聞きのような形になってしまって…本当にごめんなさい。』

『あ…良いんです。ちゃんと伝えたかったのも事実ですが、レティアさんに僕の気持ちを伝えられたことには…かわりありませんから。』

『立てますか?。』

『あ…はい。』


 レティアもあまり身長は高い方ではない。

 けど、アルト君はそんな私と同じくらいか、少し低い。

 

『貴方の気持ち凄く嬉しいです。ですが、ごめんなさい。私には既に心に決めた殿方がいるのです。なので、貴方の気持ちには応えられません。本当に…ごめんなさい。』

『……………はぃ。僕なんかの気持ちに返事をくれて…ありがとうございます。』

『アルトさん。私が言えたことではありませんが、貴方は自分の気持ちを…想いを真っ直ぐ相手に伝えられる勇気を持った素晴らしい人です。貴方の想いは手紙からでもその真剣さが伝わってきました。だから、自分を低く思わないで下さい。貴方はとての強い方です。もし、貴方が嫌ではなければ…友人としてこれから仲良くしてくれませんか?。』

『友人?。』

『はい。お友達です。同級生ですし、仲良くしたいと思っていました。』

『僕なんかで…。』

『なんかじゃないです。アルトさんだからお友達になりたいと思ったんです。』

『………はい。僕もレティアさんの友達になりたい。』

『ふふ。そうですか…。これから宜しくお願いしますね。』

『あ、は、はい。此方こそ。』

『良い雰囲気のところ悪いがよ?。レティア。俺を無視したこと、ただで済むと思ってはいねぇよな?。』

『はぁ…私は貴方に用事はありません。名前も知りませんし。先輩であることも先程知ったばかりです。』

『はぁん?。話しに聞いてたより随分と生意気じゃねぇか?。』

『アルトさん。ここは任せて逃げて下さい。』

『え?。駄目だ!。友達をおいて逃げるなんて出来ないよ!。』


 見ると身体も足も小刻みに震えている。

 先程まで暴力を振るわれていた相手。

 傷は治ったけど心の傷までは消えた訳ではない。けど、彼は逃げなかった。

 私という友達を見捨てることを拒否した。

 本当に強い人です。

 けど…。


『お願いします。私は大丈夫ですから。』


 彼を見つめる。


『………分かった。助けを呼んでくる。待ってて。』


 そう言うと彼は走っていった。


『また無視ねぇ。良い度胸じゃねぇかぁ!。』


 大きな壁のような身体が私の前に立ちはだかる。

 腕を顔の横につけられ壁際に押し込められた。


『近くで見ると余計にそそるな。』

『気持ち悪いです。離れてくれませんか?。』


 先輩の視線が私の顔から身体へと流れる。

 舌舐りをし、逃がさないと言わんばかりに密着する。

 触れるか触れないかの距離で舐め回すように私を観察している。


『はぁ…マジで良い女だな。なぁ、俺の女になれよ?。満足させてやるから。』

『結構です。気持ち悪いです。あと、息が臭いです。』

『くくく。気の強い女は嫌いじゃねぇ。そういう女を自分の色に染めるのが楽しいんだぜ?。』


 そういえば…あまりにも普段の日常が幸せだったから忘れていたけど、この世界ってエロゲの世界だったわ…。

 こういうキャラがいても不思議じゃないよね…。

 全然嬉しくないけど。


『どうした?。急に黙りで?。俺が怖くなったか?。』


 さて、どうしようかな?。

 正直、彼からは全く脅威を感じない。

 魔力を使えば筋力の差なんて覆せる。

 それにこんな暴力的な人に負ける程、柔な鍛え方はしていない。

 魔力が無くても負けはしない。

 寧ろ、どうやって手加減しましょうか…考える余裕すらある。

 下手をすれば大怪我を負わせてしまう可能性もあるし…どうしよう…。


『ひひひ。マジで良いわ。お前。』


 彼の身を案じ悩んでいる私の反応を怯えていると勘違いしたようで、気持ち悪い笑みを浮かべた彼は私の顎を指先で持ち上げる。

 はぁ…汚い手で触らないで欲しいわ。

 うん。決めた。一発で気絶させよう。

 こう。無防備な顎下にパンチ一発で。


 せ~の。


『このっ『ぐぶふっ!?。』。』


 え?。手をグーにして力を込めた途端。

 彼が真横に吹っ飛んだ。

 ええ~。何が起きたのぉ?。


『なぁ、先輩。そんなダセェこと止めようぜ?。』


 あ…。…マジかぁ…。

 突然現れた青年。この人…いや、コイツが彼を殴ったんだ。

 まさか、こんなことで接点が生まれるなんて思ってなかった。


『あがぁ…ぐ…てめぇ………いきなり何しやがる!?。』

『あ?。それはこっちの台詞だろ。怯えてる女の子に何しようとしてんの?。』


 怯えてないよぉ~。


『てかさ。てめぇの汚ねぇ手でレティアに触れんじゃねぇよ!。』


 わぁ~。初対面なのに呼び捨てだぁ~。

 あっ…それは吹き飛んだ先輩もか。


『ぐぼっ!?。』


 あ…顔面に蹴りが…痛そう…。


『おい。今後二度とレティアに近づくんじゃねぇ。分かったか?。』

『何を言ってぐぶっ!?。ぎゃあああああぁぁぁぁぁ!?!?!?。』


 だ、男性の大事なところに蹴りがぁ~。


『分かったか?。』

『分かった。分かった。もう近づかねぇ。だからもう止め。』

『おう。分かってくれたなら良かったぜ。と、いうことでトドメだ!。』

『がはっ!?。な、なんで………。』

『お前が俺のダチに手を出したからだ。これだけは、どんなに謝ろうが許さねぇ。』


 顔面に蹴りが…。完全に気絶しちゃった。

 泡吹いて倒れている。

 はぁ…まさか、こんな出会い方だったなんて、ゲームの時には語られてなかったなぁ。


『レティアさん。大丈夫?。』

『え?。あっ、うん。アルトさん。はい。何ともありません。それより、彼はアルトさんが?。』

『うん。事情を説明したら全力で走り出しちゃったんだ。ははは…解決したのかな?。これ?。』


 ここまで走ってきたのか、まだ少し呼吸の乱れているアルトさん。

 そうか。アルトさんが呼んだから彼がここに来たのね。


『よっ!。こうして話すのは初めてだな。』


 うぅ…話し掛けてきたぁ。


『ええ。そうね。ああ。あの。取り敢えず、助けてくれてありがとうございます。ヤマトさん。』

『ははは、良いってことよ。てかレティア…俺の名前知ってんのか?。あ、呼び捨てはマズかったか?。』

『いいえ。構いませんよ。助けてくれたお礼…とまでは言いませんが、それくらいなら。』

『おう。こっちからも礼を言うぜ。俺のダチを助けてくれてありがとな。』

『それこそ礼を言われることではありません。私もお友達を助けただけですから。』

『そうか。なら良いや。お互い様ってことで、よっと。』


 ヤマトさんが気を失った先輩を担ぐ。


『彼をどうするのです?。』

『こんなところで放置も邪魔だろうし保健室に連れてくわ。アルト。行こうぜ。』

『あ、う、うん。じゃあね。レティアさん。』

『はい。アルトさん。また。』

『うん!。』


 アルトさんに小さく手を振る。

 アルトさんの様子に笑みを浮かべたヤマトさんは軽く私を見た。

 その瞬間、ドクンッと大きく胸が…心臓が跳ねた。


『え?。な、何…今の!?。』


 全身が熱くなるような感覚。

 何故か彼から目が離せない。

 これって、まるで…。

 

『じゃあな。レティア。お前はこんな連中が放っておかないくらい美人なんだから気を付けろよ。』


 彼の言葉。彼の視線。そして、名前を呼ばれること。

 その全てに反応するように胸の鼓動が痛いくらいに速くなる。

 まるで好きな人に出会った時のようなドキドキする苦しい感覚。

 呼吸も速く、全身の血液が沸騰しているみたいに身体中に熱が籠る。

 思わず胸を押さえた。


『も、もしかして…これ…って…。』


 そうだ。

 ゲームのレティアは今の私のようにゼルドたちとの特訓などをしていなかった。

 やっていたのは、魔法の練習や料理、作法の練習だけだ。

 もし、ゲームのレティアが今のような状況になったら自分から現状を打開する術を持っていなかった筈。

 壁際に押し込まれ、自分よりも大きな屈強な男性に迫られる。

 力じゃ勝てず、かといって魔法もそこまで強くない。


 あのゲームにはやり込み要素の一つにRPGモードがあった。

 ゲーム開始は高等科の2年生から。

 その時点でレティアの魔法のレベルは5。

 この世界にはレベルは無いけど、仮にあった場合、今の私よりもかなり低い。出来ることも限られる。

 しかも、レティアはバリバリの後方支援タイプのキャラだった。

 魔力で身体を強化することも出来ない。


 レティアと彼の出会いが今だったら?。

 そして、レティアは彼に助けられたとしたら?。


 この世界はエロゲの世界。

 ジャンルは恋愛シュミレーションゲームだ。


 そして、【レティア】という登場人物はヒロイン。

 物語の中心じゃない。中心なのは彼なんだ。


 意思とは関係ない。強制的に惹き寄せられる感覚。

 この時点で本物のレティアの心に恋の蕾が生まれた?。

 私とは別の私の心が動いている?。

 これが………運命なの?。

 ジン…さん…。

 

 不安な気持ちを抱えながら去っていく彼の後ろ姿をただ眺めていた。


 主人公…ヤクモ・ヤマト。

投稿は不定期です。

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